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カオスエンドワールド  作者: 真名瀬 照
序章
15/20

悪夢の再来


 確かこっちに――――。


 桃色の髪の少女の去っていった方向を頼りに勇輝は後を追う。伊吹がいるのならきっと彼女もここにいるのだろうとは彼は考えてはいた。しかし彼女までもあの怪物の方へむかって行くとは思いもしなかった。


 彼女の性格上伊吹を助けにむかったとは考えにくい。けれど今は非常時、生きるか死ぬかの瀬戸際で協力出来ないほどあの二人が物分かりが悪いとは勇輝には思えなかった。ならきっとああだこうだ言いながらも手を組んで逃げる算段をたてているはずと。


 だが当然彼らの状況を知りもしない勇輝は二人が死地でなお手を結ぶどころか殺し合っているなど思いもしていなかった。それ故に希望論的な考えを抱いたまま今だに怪物から逃げているであろう伊吹達を探していた。


「――――ッ!? 何ッ!?」


 身体の芯を揺さぶるような破砕音と共に地面が揺れ、その直後に辺り一帯が土煙に呑み込まれた。視界が土気色一色に埋め尽くされる中、勇輝は直観的に状況を理解した。


 ビルだ――――すぐ近くで廃ビルが崩落したんだ。


 原因は分からない。しかし確かに何かがぶつかって脆くなった廃ビルを崩壊させるに至ったのだと彼は予想した。そして同時にこうも思った、もしかして伊吹達が近くにいるんじゃないのか? と。


 徐々に視界が鮮明になる。まだ土煙漂っているものの動けないほどではなくなっていた。勇輝は確かめる為崩れた廃ビルの方へと足をむけた。


 崩落現場は今だ土煙がちらほらと立ち込めており崩れた廃ビルは言わずもがな、他の経年劣化で脆くなった周囲の建造物を巻き込んで崩れたらしく辺り一面コンクリートの瓦礫の山だった。


 勇輝は辺りを見回す。もし感が正しければこの近くに伊吹達が――――そう考え人影を探す。だが目に入るのは散乱する瓦礫ばかり、人の影の形すらない。


 もしかしてここにはいないのか? そう思いかけた時だった。

ふと視界の端に何かが映った。それは瓦礫に埋もれているようで、一部分だけが顔を覗かせていた。それは肌色の物体で――――、


(――――手だ!! 人の手だ!!)


 ここにもう人はいないのだろうと思っていたがまさか違ったのかと勇輝は慌てた。いや、もしくは伊吹かダリエラのどちらかという可能性もあった。どちらにせよこのままにしておく訳にはいかないと、彼は駆け寄ろうとして――――足が止まった。


 それは本能的なものだった。これ以上近づいてはいけない。そう彼の生物としての直観が警鐘を鳴らした。


 何故――――分からない。

 どうして――――分からない。

 あれは人じゃないのか――――分からない。


 本能が打ち鳴らす警鐘の意味を理解できず、何も分からないまま足だけが行くなとその場に止まり続ける。困惑する勇輝に、だがすぐにその答えは姿を現した。


 廃ビルの崩落に巻き込まれ下敷きとなって飛び出した手が、力強く瓦礫を掴んだ。

そして瓦礫を持ち上げるように下から姿を現したのは――――未来の道島勇輝の顔をした、怪物だった。


「――――――――」


 勇輝は息が止まった。最悪だと。

伊吹のおかげであの怪物から逃げられたというのにまた出会ってしまうなんて、そんな余りにも遅すぎる後悔に塗れながらどうすべきか思考を巡らす。


 あの時は伊吹が現れたおかげで助かった。しかし今はその頼りになる友人もいなければ助けになってくれそうな人間すらいない。今この場にいるのはあの怪物と何の手段も持ち合わせていない自分だけ。


 ならばこれから起こることは簡単だ。先ほどまでの続き。またあの怪物になぶられるように追われる茶番が始まる。そう覚悟した勇輝は、すぐに顔を青ざめさせた。いや、違うと。


 彼に気づき双眸をぎらつかせ歪に口元を歪め嗤う怪物のその顔は、明確に告げていた――――“せっかく見逃してやったのに自分から食われに来たのか”と。


 もはや怪物の脳裏にはまた現れた彼を見逃すことも(なぶ)って遊ぶことも選択肢になかった。殺すと。一切の遊びもなしにお前を殺すとその目が雄弁に告げていた。


 嗚呼、駄目だ。終わった。

汗が吹き出し、唇が震える。逃げなくちゃいけない。けれど絶対に逃げられないという現実が彼の心を容赦なく(むしば)みその場に身体を縫い付ける。


 恐怖で動けない無抵抗の獲物に、一歩、一歩と歩み寄り、愉悦に浸り獰悪な狂笑を浮かべる怪物。そしてもはや据え膳に等しい獲物の前に立ち、その手にした鋼の牙を振り上げ――――、


「――――――――オラァアアアッ!!」


 瞬間、雄叫びと共に赤色(せきしょく)の閃光が怪物の顔面に飛来した。

否、それは閃光などではない。赤色の長髪をたなびかせ音速を超える速度で飛び蹴りを見舞った赤色(せきしょく)の悪魔の姿だった。


 吹き飛ぶ怪物。着地したダリエラが残像を残して急加速し、転がった怪物の胴体を蹴り飛ばして追撃を加える。その容赦のなさに――――何より見知った友人の人間離れした動きに勇輝は言葉を失った。あれは本当にダリエラなのかと。


 彼が知っているダリエラという少女は口が悪くて素行不良で、けれど成績は優秀で確かに身体能力に秀でていた。しかしそれはあくまで人間という生物の範疇においてのことだ。人外の怪物相手にそれを圧倒するほどの力などありはしなかった。少なくとも勇輝はそんな話は聞いた覚えがないし知りもしなかった。


 二度吹き飛ばされてようやく体制を立て直した怪物が今だ怒りに燃える赤色(せきしょく)の悪魔を凝視し薄ら(わら)う。

先ほどの蹴りで肋骨が数本砕け内臓がいくつか破裂していた。しかしそんなことはどうでもいいと怪物は狂喜する。殺し甲斐があり過ぎる。ただそれだけのことがこの怪物にとって何よりこの戦場を特別なものへと変貌させる。


 怪物は興奮していた。これ以上ないほどに。

こんないい夜はないと達してしまいそうなくらいに酔いしれていた。


 だからこそ気づかない――――――――頭上に迫る、黒衣(くろご)の影に。


 廃ビルの屋上から“(カラス)”が跳んだ。

大外套(おおがいとう)の翼がはためき、絶対零度の炯眼(けいがん)が敵を捉え落下する。それはさながら断頭台――――罪人を処刑する為の、いかなる罪をも裁くギロチンの刃。黒衣(くろご)(カラス)は軍刀を抜き放ち、裁きの一刀を振り下ろす。


 怪物が気付く。が、もう遅い。

振り下ろされた刃が怪物の首を再び別つ。頭部が宙を舞い、身体が司令塔を失ってぐらりと揺れた――――だが当然死んでなどいない。宙を飛ぶ怪物の頭部が狂笑を上げる。と同時に倒れると思われた怪物の身体が片足で踏ん張り身体を支えた。


 もう首を断つのも断たれるのも飽きただろう? そう怪物の顔が物語り、怪物の背から六枚の羽が一斉に生え揃う。


「――――――――!!」


 伸長(しんちょう)。六枚の黒死の羽が一斉に生え伸び、行き着く暇も与えないと二人まとめて襲う。


 周囲の廃ビルを切り刻みながら黒死の羽が暴れ回る。それはもはや黒い嵐。生命の生存を一切許さない黒死の暴風がその場にいた全員を一切の別なく呑み込んで離さない。だがそんな死の嵐の中を伊吹とダリエラはこともなく対処し躱し続ける。この二人にとってこの程度のことは危機にすらなりえない。


 だが当然、この場にいるもう一人は違う。人ならざる者の闘争に巻き込まれてしまった勇輝は逃げることも出来ずにただ地に伏して終わりを待つしかない。黒死の刃舞い荒れる暴風の中で何もできない勇輝が死なずにいられるのは奇跡に等しかった。


 勇輝は地に伏したまま二人の友人に目を向けた。だが彼らが勇輝を気遣うようすはない。まるで“最初から目に入っていなかったように”。


 ダリエラが発砲する。デザートイーグルが放つ.50AE弾が黒死の嵐の中を跳弾して予測不能な軌道を描き怪物へと牙を剥く。だが怪物はそんなものは遊び程度にもならないと軽々と弾き、黒死の羽を彼女にむけて伸長(しんちょう)する。


 だがダリエラは馬鹿の一つ覚えと言いたげに首を傾けるだけで躱す。彼女の顔のすぐ横を通り過ぎる黒死の羽――――だが彼女はその羽で遮られた視界の端で動くそれを捉え、表情を硬くした。


「――――ッチィ!!」


 瞬間、彼女がいた場所を閃光となった白刃が(はし)った。それは怪物ではなくもう一人の人ならざる者の強襲。黒死の羽を避けたことで出来た死角を利用して伊吹が仕掛けた同士討ちの一刀。否、もとよりこの場に味方はいない。隙を見せた者が優先して襲われるのは自明の理だった。


 苦渋の表情で歯噛みするダリエラが不意の刃を避けて伊吹に銃口をむけた。そして発砲。当然、反撃の意図を持った銃撃ではなく体制を立て直す隙を作る為の苦し紛れの発砲。そんなものが通じるはずもなく、難なく銃弾を弾いた伊吹が大勢を崩したダリエラに肉薄した――――そして、


「――――っ!! 止めろッ――――!!」


 決定的な好機を前に刃を振るおうとした伊吹にむかって、黒死の嵐の中を断末魔にも似た叫びが木霊(こだま)した。それは怪物でも、ダリエラでも、当然伊吹でもない。殺し合う友人達にむけた道島勇輝の悲痛な叫びだった。


 その叫びに一瞬、黒い暴風の中、全員が静止した。あの怪物さえも止まって目を見開いていた。けれどそれは決して彼の友愛がその場にいた者の心を打ったからなどではない。それは驚きだった。ただ単純にこの場にいたもう一人の存在を誰もが忘れていたからに過ぎない。そして叫び声を上げた“この場にいるはずのない誰か”の存在を思い出し、驚愕に脳を揺さぶられたからに過ぎない。


 故に次の瞬間、怪物が声を上げた獲物へと弾かれるように駆けた。そのまま大人しくしていればいいものを、と。驚異的なスピードで彼に迫る死の狩人は――――だが驚異的な速度を以て、左右から迫った鴉と悪魔によって捉えられ、銃弾で頭に風穴を空けられ、白刃に首をはねられた。


 倒れた怪物の身体にダリエラがこれでもかというくらい銃弾を急所という急所に打ち込む。そして邪魔者はこれで排除したと二人が睨み合う。元々この二人は殺し合うほどの犬猿の仲だ。そんな彼らが戦場でどうなるかなど言わずもがな。さあ続きをしようと互いに武器を付きつけ――――、


「――――止めてって二人共!!」


 割って入るようにいがみ合う二人に勇輝が水を差した。当然、殺し合いの邪魔をされれば二人とて黙っているはずがなく、


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰だてめぇ・・・・・・?」


 だがしかし返ってきたのは心底分からないと言いたげなダリエラの視線だった。まるで本当に知りもしない赤の他人だとでも言いたげな顔に、勇輝は酷く違和感を覚えた。それは何だ? 新手の冗談か? と。だが彼が言葉を発するよりも先に伊吹が口を挿んだ。


「貴様には関係のないことだ。下がっていろ」


 冷淡に、かつ冷ややかに告げられた彼の言葉に、勇輝の中の違和感が更に増していく。果たして自分の知っている彼はここまで棘のある言葉を彼女以外に使っただろうか。疑問に思いつつも今すぐにでも殺し合いを再開しそうな二人に勇輝は忠告されてなお言葉を重ねる。


「か、関係ない訳ないでしょ!! どうして二人が――――」


「――――聞こえなかったか? 死にたくなければ引っ込んでいろと言ったんだ。三度目はない」


 勇輝の言葉を遮り、今度はより強く、一切の余地を与えない鋭利さで伊吹は忠告する。それは例え相手が“人畜無害の一般人”であったとしてもこれ以上踏み込むのなら容赦はしないという害意の込められた最終警告。心臓をも凍り付いてしまいそうなほど冷ややかな眼差しで訴える伊吹に、勇輝は尻込みした。ここまで明確な敵意を彼からむけられたのは勇輝にとってこれが初めてのことだった。


 そんな彼を見透かすようにダリエラが淡々と口を挿む。


「ビビってんなら黙って見てな。度胸もねえのに首突っこむと死ぬぜ? ま、死にてえって言うんなら止めはしねえけど、自殺志願なら家帰って首吊った方がまだ楽に死ねるぜ?」


「馬鹿言わないでよ!! 死ぬつもりなんてないし黙って見てるなんて――――」


 言葉はそこで途切れた。

睨み合う二人に黒い何かが瞬きする間もないほどの速度で伸びて来た。それは羽だった。首を切られ、赤色の悪魔に急所を全て撃ち抜かれてなお死なない怪物の六枚羽。それが伸長し、防御した二人ごと吹き飛ばした。そして――――、


「――――ぅっ!?」


 起き上がった首無しの怪物が近くにいる勇輝の腹を蹴り飛ばした。まるで安い退屈な見世物を見せられて悪態をつく客のように乱雑に。当然怪物の人間離れした膂力でけられれば勇輝などひとたまりもない。しかしどういう訳か勇輝はただ吹き飛ばされただけで大きな怪我はなかった。


 蹴られて痛む腹部を押さえながら勇輝は起き上がり、どう考えても加減したとしか考えられない怪物を見やる。どういうつもりだ、と。しかしその問いの答えは地面に転がり獰悪に歪める怪物の頭部を見てすぐに直観的に理解した。殺さなかったんじゃない。“利用する為に加減したんだ”と。


 はっとして勇輝は辺りを見回す。


 勇輝の右背後には伊吹、その逆側左の背後にはダリエラが立っていて眼光で互いを牽制し合う。そして正面には首無しの怪物が仁王立ちで逃げ場を塞ぐ。


 その中心に立つ無力な子羊はようやく悟る。この場にいる誰もが敵であり、味方はいないのだと。そしてまた彼自身も同様であり、例え抵抗するすべさえない人間だろうとこの場に残る以上は命の保証など誰もしてはくれないのだということを。それが例え友人であろうとなかろうと、この場にいる以上は奪うか奪われるかの二択でしかないのだと。


 逃げ場のなくなった勇輝は今度こそ絶望した。自身の無力と愚かさに。


 殺意で編み上げられたトライアングルの完成を以て、今、恐怖劇の幕が上がる。


 逃げ場のなくなった勇輝は今度こそ絶望した。自身の無力と愚かさに。


 それは彼にとっては二度目となる――――悪夢の再来だった。

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