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カオスエンドワールド  作者: 真名瀬 照
序章
13/20

怪物


 勇輝は顔を上げた。一体何が起こったのかと。


 伊吹に言われた通り彼は近くの部屋に逃げ込んだ。そのすぐ後に鉄と鉄がぶつかり合うような音が連続して響いたと思った次の瞬間には黒い何かが壁を引き裂いて通り過ぎて行った。とっさに床に伏せていなければきっと今頃上下真っ二つに切り裂かれていただろうと勇輝の背筋が凍った。そして顔を上げた彼が見たものは、まるで猛獣が暴れまわった後のようなずたぼろな部屋の姿だった。


 これは、怪物(アレ)がやったのか?


 そうとしか考えられなかった。こんな所業を人間が出来る訳がない。

例え鍛え上げられた筋骨隆々の男でも薄壁数枚を拳でぶち抜く程度が関の山だろう。それなのにまるで爆心地跡のような有様の室内を見て同じ人間の仕業と思うのは無理がある。ましてやあの細身の伊吹ならなおさら――――、


「――――そうだ、伊吹は・・・・・・!?」


 慌てて廊下へ飛び出す。

もしあの怪物の餌食になっていたら。思い描く最悪を思い浮かべて彼は顔を青くする。だが彼の予想は外れた。廊下には怪物の姿もなければ怪我を負った伊吹の姿も、友人の骸も転がってはいなかった。


 そこには誰もいなかった。

さっきまで確かにそこにいて暴れていたはずの怪物の姿も友人の姿も見当たらない。もしかしたら伊吹は逃げ回っているのか? そう考えて彼は探しにいこうとしたかもしれない。本来ならば。


 ――――大きな穴があった。

壁に塞がれて行き止まりになっていたはずの壁が周囲の外壁ごと諸共に消し飛んで大きな穴が空いていた。それは一目で怪物の仕業だと理解できるもので、その事実が指し示すのはただの人間であった國津伊吹(くについぶき)という少年が怪物と対峙した結果、“跡形も残らなかった”という残酷な結果に他ならない。


 そんな、伊吹・・・・・・!


 あまりのショックに呆然自失となり、勇輝は膝から崩れ落ちた。

いかに普段完璧超人といえど伊吹という少年は人間には変わりなく、であればあの怪物の一撃をどうにか出来る訳がなくこの結末は誰が見ても妥当という他ない。


 しかし彼は一つだけ分からないことがあった。それは死んでいるであろう伊吹の姿が見当たらないだけでなく、勇輝をも狙っていたはずの怪物の姿までもが消えているということ。もし今だ勇輝を狙っているのだとすればどこか近くに姿を隠しているのかもしれない。だがそもそもここには隠れるような場所など皆無に等しいし、何よりこれほどまでに隙だらけの彼を襲わないのはどう考えてもおかしかった。


 なら立ち去ったのか? もう一匹いたはずの絶好の獲物を前にして? それこそありえない話だ。だが、だがもし、伊吹があの怪物相手に何か取引をしていたとしたら? 自らの身と引き換えに友人の命は見逃すよう上手く言い含めていたとしたら、怪物の姿が見当たらないのも頷ける。けれどもしそうなら、本当に、伊吹は――――。


 そんな想像が脳裏をよぎり、勇輝は拳を握りしめた。

思い返せば彼が持っていた武器は軍刀が一本だけだった。そんなもので人間があの怪物をどうにか出来るはずもなかったのだ。絶体絶命の危機に陥った時、絶対的な存在の出現に勇輝は心底安堵した。だからこそ見逃した。何故軍服などに身を包んでいるのかを。


 それはきっと彼を安心させる為の偽装だったのだろう。はなからあの怪物を相手取って無事で済むはずがないと理解していたからこそ、撃退でも逃避でもなく、一人を犠牲にして一人の命を生かすという選択肢を伊吹は選んだのだろう。そして怪物を説得させるだけの何かを彼は持っていた。なら後は絶対に反対するだろう友人をどうにかすればいいだけの話であり、故に伊吹は軍服を着込むことで窮地に現れた救世主を演出し安心感を与えた。そして本心を見透かされないよう口数少なく部屋に隠れているよう告げ、怪物と交渉した。


 結果、交渉は成立したのだろう。

そして約束通り伊吹は怪物の餌食となり、勇輝の命は見逃され、怪物はこの場を去った。


 当然、これは一つの憶測でしかない。しかし今現在自分が生き延びているのが何よりの証拠ではないのかと彼は奥歯を噛みしめた。


 そんなことってあるか・・・・・・。自分の命と引き換えにだなんて、そんな・・・・・・!


 目の前の現実に絶望し、目から涙が溢れそうになる。

もし一人の犠牲で済んだなら、それは君ではなく俺が犠牲になるべきだった――――そんな後悔が口をついて出そうになった時だった。


「――――?」


 音がした。どこか遠くで、音が。


 何だ・・・・・・? 勇輝は耳を澄ます。今度は何が起きたんだと。

もうすでに目の前の現実に彼の心は折れていた。だがそれとは別に条件反射的に彼の身体が音の正体を確かめようとする。そしてその音を耳にした瞬間、彼が目の色を変えた。


 それは金属がこすれ合う擦過音にも似た甲高い音だった。それが何度も何度も不規則な感覚で遠くから響いてくる。それはこすり合わせているというより、鉄と鉄をぶつけ合わせるような音で――――、


「――――!! 伊吹っ!!」


 まだ彼は生きている。生きてあの怪物から逃れようとしている。そう確信した瞬間、勇輝は駆けだしていた。


 どうやって、どういう魔法を使ってあの怪物の毒牙を(かわ)したのかは分からない。けれどそんなことは彼にはどうでも良かった。生きているのなら助けなくては、ただそれだけの思いが彼の足を動かした。




 ――――――――剣光(けんこう)(はし)る。


 曲線を描き流れるような太刀筋で襲い来る黒死の刃を防ぎ、捌き、(ことごと)く撃ち落としていく。それは命がけの戦場でありながらも見惚れてしまいそうなほどに洗練(せんれん)された技の冴えで、埒外(らちがい)膂力(りょりょく)を誇る怪物相手に一歩も引けを取らず応戦する。


 凛とした炯眼(けいがん)は摂氏零度以下で一切の遊びを挟むことなく攻防の隙を見極め()く。

まるで凍てついた機械のようにただ粛々と繰り出される黒衣(くろご)(からす)邀撃(ようげき)に、堪らず怪物が地面を強打した。


 怪力で以て砕かれた地面の残骸と共に土煙が宙を舞う。それは視界を奪う為の簡易的な煙幕。伊吹の視界が土気色一色で塗りつぶされる。だがその程度でこの男は動じない。何より戦場では動じて冷静さを失った者から死んでいくのが常だからだ。故に戦場の掟に従い何が起きても対処出来るよう意識を研ぎ澄ませる。


 煙幕の中では生身の人間の行動は制限される。視界の悪さや味方の位置把握がし辛くなり誤射などの危険性が高まる為でもあるが、何より闇雲に動くことで相手に位置を知らせてしまい不意を突かれる可能性があるからだ。故に対人戦闘においては煙幕に巻き込まれた側は冷静な対処を求められる。


 が、ことこの怪物に対してはそんな常識は通用しない。

視界の悪さなどものともせず飛び散った岩塊から岩塊へと目にも止まらぬ速さで飛び移る。高速移動によるかく乱。奇襲狙いと容易く分かるほど直接的な行動だった。だが分かったとしても高速で縦横無尽に飛びまわる標的を目視でとらえ続けるのは至難の技だ。加えて土気色一色の視界ではもはや目で追うのは不可能。故に目的が分かっていながら怪物の暴挙を許してしまう。


「――――小癪(こしゃく)


 だが当然そんな目に見えた行動を許すはずもなく、彼は軍刀を脇に構え、一閃。

次の岩塊へと怪物が飛び移った瞬間、岩塊ごと怪物を両断する。たった一薙ぎで土煙が振り払われ悪化していた視界が正常に戻る。けれど、


「・・・・・・!」


 そこにあるはずの死体がなかった。上下を別たれたはずの怪物の死体が。だが姿を見失った訳ではない。“増えた”のだ。斬ったはずの怪物が増えている。それも一匹二匹ではない。彼の視界の殆どが埋め尽くされるほどの“怪物の群れ”が散らばった岩盤にへばり付き歪に嗤い視線をむけていた。


 怪物達が一斉に羽を広げ、伸長(しんちょう)。蝙蝠に似た黒死の羽が数の暴力を伴って伊吹を襲う。死神の鎌にも似た鋭利さで迫る圧倒的物量は、もはや死神の鎌というよりプレス機に近い。勿論、その一つ一つが凶悪な刃物であり飲み込まれれば挽肉より細かく刻まれるだろう。


 だがいかな強者(つわもの)であろうとたった一人で万の軍勢を相手取れないように物量での力業を覆せる手段というのはそれほど多くはない。分散させるか相手を上回る物量で呑みこむか、はたまた爆弾などの高威力の一撃で以て諸共に滅ぼすか。考えうる対処法はそれぐらいだ。最も、力量差が万の軍勢より遥かに超越しているなら話はまた変わってくる。


 しかし彼と怪物との力量差は僅差といってもいいほどだった。同等の力関係ならば数を揃えた方が有利なのは自明の理であり、それを自力かつ出鱈目に実現して見せた怪物が上手だった。殺到する黒死の羽の群れの前に、もはや為すすべなどありはしない。そう――――“並みの強者(つわもの)”なら。


 ――――殺到する黒死の羽の群れに自ら突撃した。それは傍から見れば自殺行為だった。自暴自棄になって死にに行ったのだと。だが違う。やけくそになって命を捨てに行った訳ではない。圧倒的な死を前にしてもなお、彼の眼から氷のような冷静さが失われることはなかった。冷静に、そこに活路を見出したからこそ突撃を選んだのだ。


 極限の死線を動じることなく、冷徹に、冷ややかに黒死の羽の間隙(かんげき)を縫い、疾風の如く駆け抜ける。いかに数を揃えようとも身体を滑り込ませる空間が完全にない訳ではなかった。だが当然ながらそれは一つのミスも許されない賭けのようなものであり、とても正気の沙汰で選択出来る行為ではない。だがこの男は息一つ、顔色一つ変えずに博打に打って出た。


 例え強者つわものが見ても命を落とすと判断するだろう。だが國津伊吹(くについぶき)という少年は常人ではない。故に彼は思う、“この程度の修羅場は容易く潜り抜けられる”と。


 その言葉通り、伊吹はかすり傷一つ負わずに黒死の羽の群れの中を駆け巡り、一匹、また一匹と怪物達を刀の()びに変えていく。視界を埋め尽くすほど無数にいた怪物達は瞬きの間にその母数を急激に減らされていた。


 このまま押し切る。攻勢を逆転した勢いに任せ殲滅しようと伊吹が軍刀を振るい、また一匹斬り殺した時だった。


 怪物達の身体が風船のように膨れ上がり――――そして、


「――――っ!!」


 木っ端みじんに爆発した――――。


 幾ら國津伊吹(くについぶき)という少年が強かろうと避ける隙間もない面制圧爆破はどうすることも出来ない。爆発の直撃を受け、彼は遥か上空へとその身を吹き飛ばされる。


 だがしかし伊吹は何事もなかったかのように空中で身を回転させ姿勢を制御し体制を立て直す。人間など容易く殺す爆風。されどどういう訳か彼には微塵も効いていないようだった。依然変わりなく摂氏零度以下の眼光で敵を探す。


 怪物は先の爆発で一匹残らず自爆したはずだった。けれど伊吹は否と警戒を緩めない。“この程度で死ぬはずがない”と。それはこの怪物と対峙したことが以前にもあるが故の経験則から来る確信だった。やつは必ず仕掛けて来る、と――――、


「――――――――! ・・・・・・ッ!!」


 宙を舞う伊吹の背後斜め上空――――そこに捉えた怪物はぎらついた狩猟者の眼で彼を凝視し、狂笑を以て得物を振りかざした。

完全な死角からの強襲。それを間一髪のところで防いだものの人ならざる怪力を前に伊吹は地上へと叩き落される。


 怪物は口元を歪めた。チャンスだ。土煙が上がる中怪物が追撃を試みる。しかし、


「甘い――――!」


 土煙の中へ飛び込んだ怪物を待っていたのは、白刃。

行動を読み切り既に迎撃態勢にあった伊吹の迅速の居合が怪物の胴を捉え、別った。


 両断された怪物の身体は、下半身は伊吹の側で倒れ、上半身は勢いを殺すことも出来ずに吹き飛び、数十メートルほど転がった。うつ伏せに地に伏し血溜りを作る怪物の上半身を伊吹は静かに見つめる。


 勝負は決した。今度こそ起き上がらない。ピクリともしない怪物の亡骸に勝利を確信し――――伊吹は軍刀を構える。いつまでその“白々しい芝居”を続ける気だ、と。


 怪物の骸は沈黙を続ける。だが例え戦いなれていない新兵でも流石にもう引っ掛かりはしないだろう。“死んだふり”などは。


 この怪物がこの程度で死ぬなどありえない。それはこの戦いにおいても死んでいるはずの場面で復活を果たすという手品をこの怪物は幾度も使っており、これだけ多用されれば誰でも慣れるというもの。にも拘わらずまた繰り返すのならばそれはもう芝居というより子供の悪戯程度にしかならない。


 それになにより、あれだけ彼に斬り殺されてなお派手に暴れておきながら今更斬られた程度で死んだなどとは誰も思うまい。故にいつまでも臭い芝居を続ける三文役者へと伊吹は無言の戦意を飛ばす。さっさと来い、と。


 ――――がばっ、と怪物の半身が腕の力のみを頼りに急に起き上がった。そして腕を足替わりにして好敵手へと疾走する。それは腕力だけとは思えぬ速度で伊吹を引いてそのまま引きずるように走りつつける。当然彼も離脱を試みる。しかし怪物の膂力が以前の比ではないほど跳ね上がっていて脱出するのも容易じゃない。


 そんな彼に追い打つように怪物の背から蝙蝠に似た六枚羽が生え揃い、問答無用で攻撃を開始する。苦しいながらも何とか凌ぐ伊吹だが依然凄まじい速度とその重量から逃れられずいいように引き摺り回される。


 まるで暴走列車のように爆走する怪物の骸の首元から、何かが食い破るように飛び出した。それは人の顔だった。だが人間ではない。顔こそ人間に見えるが首は蛇のようにぐねぐねと伸び、舌は蜥蜴(とかげ)のように長く舌先が二股に割れている。何より、先ほどまで腕を足替わりに走っていたが今は背に生えた四枚の羽を足替わりに使い這い回る。それはまるで蜘蛛(くも)のような動きであり、どこを見ても人間などとは呼べない。


 まさに化け物、まさに怪物。そう形容するのが妥当な醜悪な姿の恐怖の申し子は、獰悪な狂笑を浮かべ、これからだと告げていた――――。

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