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カオスエンドワールド  作者: 真名瀬 照
序章
12/20

人ならざるもの達の闘争


 廃ビルの上階、割れた窓から月明かりが差し込む廊下にて、二つの影が対峙する。


 一つは軍刀を携えた黒衣(くろご)の軍人。


 一つは狂笑を浮かべる得体の知れぬ怪物。


 無言で睨みあう両者を、照らす月光はただ静かに対峙する者達を窓辺から覗いている。そしてもう一人、その側で呆気にとられている少年がいた。


 黒衣(くろご)の軍人――――その(はい)で立ち尽くす勇輝は理解できずにいた。自分の窮地に現れた友人が、怪物と睨みあっている状況に。


 どうして伊吹が・・・・・・?


 その疑問に対し彼の脳が勝手に思考を始める。


 最後に伊吹と話したのはいつだ? 電話・・・・・・そう、電話だ。

電話で転校生(かのじょ)を探して研究施設にむかえと一方的に告げられて、そこで通話は切れた。それからは一切の連絡を彼はとっていない。けれど伊吹のことだからきっと研究施設に避難してるに違いないとそう考えて・・・・・・。


 なら今ここにいる伊吹は研究施設のどこかに避難していて、はぐれたアリスと合流し事情を知って助けに来てくれたとか? なら説明も――――いや待て。そもそもここは廃墟のはずだ。なら研究施設に避難してるはずの伊吹やあの怪物がここにいるのはおかしい。どう考えてもここは廃墟で、あの清潔感ある研究施設とは似ても似つかない訳で――――あれ?


 混乱する勇輝。だがそんな彼を気に掛ける素振りもなく、伊吹は肩越しにちらりと視線をよこし、


「――――死にたくなければ隠れていろ」


 ただ静かに、そう一言だけ告げた。

それは一切の情を含んでいなかった。ただ死期の近い患者に余命宣告する医師のようにただ淡々と冷ややかに現実だけを突き付けるもの。だからこそ勇輝はそこに違和感を覚えた。何とも言い難い、異常の臭いを。


 眼前に立つ友人の背に声をかけようとして、止めた。

聞きたいことはあった。無謀を犯そうとする友人を引き留めたり、一緒に逃げようとか、大丈夫なのかとかそういった心配の言葉を言おうとして勇輝は飲み込んだ。“こんな分かりきった蛮勇を伊吹が犯すだろうか”と。


 もし彼が平凡な学生であったなら、人智を超えた怪物に襲われている友人を見ても見て見ぬふりをするか一人だけ逃げるだろう。もし仮にその友人を助けるだけの勇敢さがあったのなら助けようと怪物の前に立ち塞がったかもしれない。そして二人諸共に怪物の餌食になっていただろう。


 しかし彼は違う。こと國津伊吹(くについぶき)という少年は勝算のない賭けなどやらない。もし賭けをやるのなら相手を徹底的に調べ上げ、策を練り、失敗した場合の保険を用意した上で事に当たるのだ。


 故に今こうして怪物と反目しあっているのも全て彼の計算の内なのである。そして彼の友人である勇輝だからこそ、その事実を理解し声をかけるのを止めたのだ。


 ならここにいては彼の邪魔になるだけだ。そう考え勇輝は素直に近くの部屋の中へと逃げ込む。だが怪物にとっては人畜無害な獲物が一匹増えただけにしか見えない訳であり、当然その隙をついてくることは勇輝にも容易に想像できた。だが怪物は微動だにしなかった。彼が隠れる間も、全く。


 獲物が一匹眼前から消えてもなお、怪物はその顔に狂気をまとわせ嗤っている。

何故ならもう既に怪物の眼は“狙うべき獲物を変えている”からだ。いつでも狩れるような無能な羊より狩りごたえのありそうな熊の方が()った時の達成感はひとしおだろう。当然、その分危険は増すだろう。だがこの怪物にとっては危険などあってないようなものだった。


 故に“小物”から“大物”へと乗り換えた怪物の眼にはもう既に國津伊吹(くについぶき)という少年しか眼中になかった。


 浅からぬ因縁のある獲物一匹に狙いを定め、熱い眼差しを怪物が送る。一方それとは対照的にただ冷ややかに、氷のような冷たさで睨み、刃物めいた鋭利な殺意を研ぎ澄ませる伊吹。


 両者共に同じ、しかして互いに意味の違う殺意を飛ばしあい、剣山の上にいるかのような張り詰めた空気感で場を満たしていく。そしてそんな空気に中てられて怪物が一人静かに気を高ぶらせていた。


 嗚呼、良い空気だ。嗚呼、良い殺気だ。またお前と廻り逢うなんて嬉しい限りだ。なんて良い夜なんだ。堪らなく興奮する。またあの日の続きが出来るかと思うと、嬉しくて嬉しくて、俺ァもう――――、


 ――――――――首をはねた。


 獰悪な狂笑を浮かべたまま――――自身の首を。


 首筋に刃を付きつけ、見せつけるように刃物で切り裂いていく。ゆっくりと味わうように。


 そして完全に切り取った頭部を掴んだ手が腕ごと力なく垂れ、手から滑り落ちるように床へと乱雑に落下した。ごとりと、頭が落ちて転がった。


 狂気の沙汰だった。

敵対者と対峙して自らの首をはねるなど誰がするだろうか。それも“嬉しすぎてつい”などという理由で。


 切断部から血が溢れだし、革鎧を汚していく。頭脳を失った肉体はもう既に死後硬直が始まっているのか直立したままを保っていた。


 これから行われたであろう闘争は、しかし一方的な自殺という結末を以て幕を閉じた。


 だがそんな怪物の狂態を目の当たりにしても伊吹は顔色一つ変えず、その冷淡な殺意を立ち尽くす骸にむけていた。まるで“茶番だ”とでも言いたげに。


 死後硬直は一般的に死後2~3時間で顎、頸、肩、上肢、下肢、手指、足指の順で硬直が発現し、約6~8時間で全身の関節が硬直。そして死後約12時間程で硬直が最高潮となり24時間ほどその状態が持続する。


 体格や性差、老若の違いで多少なりとも変わりはするものの“死んだ直後に硬直が始まるなどということは起こりえない”。


 当然そのことを伊吹は一般教養として知っていた。

死んだ直後の骸がすぐに硬直する訳がないという常識を。故に彼に対して死んだと思わせる為の子供騙しのブラフなど通用しない。そんなものはこの少年に限って言えば三文芝居(さんもんしばい)でしかないのだ。


 ――――伊吹が軍刀を抜く。


 抜き放たれた白刃が月光を鈍く反射する。だがただ抜いただけ。伊吹は軍刀を構えもせず今だ臭い芝居をする怨敵を冷ややかに睨んだ。いつまで続ける気だと。瞬間、


「ハハハハ八八ノヽノヽノヽノヽノ\ノ\――――ッ!!」


 床に転がっていた怪物の頭部が狂笑を上げた。


 静寂を破り、死者の狂気が響き渡る中――――伊吹が刃を返す。それを合図に怪物の狂笑がぴたりと止み、再び静寂が場を支配する。


 両者は不動を保ったまま指一本動かさない。

伊吹はもちろんのこと、さっきまで高笑いを上げていた怪物さえも今は静寂の中でただ意識を研ぎ澄ませる。


 張り詰めた空気に動じず、反目し合い、互いに気をうかがう。

いつ爆発してもおかしくない一触即発の粉塵に満ちた火薬庫の中、先に火蓋(ひぶた)を切ったのは――――――――怪物だった。


 火花が散る――――――――瞬きすら許されない刹那、互いの刃が交わる。


 30メートルほどあった距離などいとも容易く(ぜろ)へと変わり、互いの殺意が交差する。身が凍るような静寂は一気に過熱され鉄と鉄がぶつかり合う音が空間を激しく揺さぶった。


 伊吹、怪物共に一歩も引かず、敵の急所目掛け更に追撃を加える。


 怪物の一撃は重く、ただ一振りするだけで壁面に猛獣の爪痕のように傷跡が刻まれ、床が砕け破片が散る。それを一切の容赦も加減もなく何度も振りかざす。当然そんな人間離れした力技を以て振るわれた斬撃など凡人には避けようもない。しかし当の伊吹は違った。


 人智を超えた力で以て振るわれる斬撃をいとも容易く捌き、あまつさえ生じた隙に鋭く白刃を滑り込ませる。


 力では圧倒的に怪物が勝っているものの、それを卓越した技量で完全に封殺して見せる伊吹。もはやどちらが化け物か分からないまま、互いに刃を重ねていく。


 十、二十、三十と瞬きの間に刃の応酬が繰り広げられる。


 怪物がその剛剣(ごうけん)で以て振りかざし、それを伊吹が柔剣(じゅうけん)で以て斬り返す。

一秒にも満たない速度で飛び交う白刃のやり取りはまさに剣戟の嵐そのもの。人間離れした討ち合いの最中、伊吹が怪物を一刀を以て強引に吹き飛ばした。


 キリがない。そう判断し一旦距離を取ろうとしての判断だった。が、返ってそれが災いした。


 背中から羽が生えた――――――――漆黒より暗い黒色(こくしょく)蝙蝠(こうもり)に似た六枚羽。しかしそれは羽ではなく全てが刃。触れようものならその切れ味を以て命を刈り取るだろう黒死の刃。


 その六枚の羽全てが伸長(しんちょう)し壁を裂きながら伊吹を襲った――――。


 腐食が進み草木が生い茂る廃墟のビル群の中、外壁諸共吹き飛ばされた黒衣(くろご)の軍人は、同じく宙を舞う怪物を睨みつける。


 C-4でも爆発させたかのような白煙(はくえん)の中、瓦礫と共に二人は落下する。依然動じることなく薄氷のような殺意を眼に宿し怨敵を凝視する伊吹にむけて、怪物は慣性の導くままに――――手にした刃で以て、牙をむいた。

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