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カオスエンドワールド  作者: 真名瀬 照
序章
11/20

予期せぬ再会


 ――――――――不二は晴れたり世界晴れ。


 富士は晴れたり、天戸開けり――――――――。




 ――――声なき声が聞こえた気がした。

それはほんの一瞬で、意味も分からなければ理解する時間もなかった。


 何も見えない暗闇を、曖昧な意識で揺蕩っている。


 ここはどこだろう? そもそも死んでいるのか生きているのか・・・・・・それすらも分からないまま、ぬるま湯のような温もりに身を任せている。


 だというのに不思議と安心できてしまっていて起き上がる気力すら湧いてこない。どうにかして起きなければならない気がするのに、全く以って起きたくない。いや、そもそも起きられるのかどうか。


 それでも朧気(おぼろげ)な頭でどうにかしなければと思うのは、何かしなければならないことがあったからか。だが夢の中を揺蕩っているような意識ではどうにも思考が定まらない。


 何か、何か大事なことを忘れている気がする。でもそれが何か分からない。


 夢と現の狭間で、俺は――――――――、




 薄暗がりの部屋の中、白い壁の一部が開き中から人間一人入りそうなカプセルが出て来た。そのカプセルの内部は何かの液体で満たされていて中には一人の少年が横たわっている。それはまるで棺桶のようだった。死んでしまった愛しい者の肉体を永遠に留めておく為の偏愛の棺。しかしこれは死者の肉体を保存しておく為のものではない。これは――――、


 カプセルの栓が自動的に抜け密閉されていた内部に音をたてて空気が流れ込む。そして内部を満たしていた液体が徐々に排出され、中に横たわる眠りの君が露わになる。そして、


「――――っかはッ!」


 背に走った衝撃に身体を仰け反らせて叩き起こされた少年は、今まで飲んでいただろう液体を吐きだして咳き込んだ。そして起き上がり、辺りを見渡す。


 ここは――――どこだ?

思い出そうとするが(もや)がかかったみたいに記憶が曖昧になっていてどうにも上手く思い出せない。身体は妙に重く、気を抜くと意識がまた途切れそうになる。


 何とか意識を保ちながら落ち着くのを待つ。そして数十秒。意識が安定しだした少年が次に感じたのは、強烈な寒気だった。


「・・・・・・っ」


 思わず肩を抱き寄せ、そこで初めて彼は自身の体温が異様に低いことに気が付いた。まるで冷凍庫で氷漬けにでもされていたかのように。


 何か着るものは・・・・・・辺りを見回すが身体を温められそうなものは何もない。

どうすれば、そう困り果てていると彼の視界に扉が映りこんだ。ここ以外の部屋なら何かあるかも。そう考えて震える足で冷たい床の感触を感じながら扉の前に立つ。


 そして開けようとしてドアノブがないことに気づく。これでどうやって開ければいいんだ。

出れないのかと扉に触れてみる。すると横へスライドして自動で扉が開いた。どうやらセンサーで感知して開くようになっていたらしい。


 開いたことに安堵しながら扉を潜る。そして彼が入室したのをセンサーが感知して背後で扉が閉まり、自動で室内に明かりが点いた。


 そこは衣装室だった。沢山の服がハンガーにかけられ所狭しと並んでいる。まるでちょっとした服屋のようだった。女ものから子供服、果てはスーツや民族衣装のようなものまであった。少々躊躇ったものの後で返せば良いよなと、その中から彼は自分が着られそうなものを選んで着替える。


 長袖のTシャツにジーンズとスニーカー、それから白のフード付きのパーカーを羽織る。帽子やアクセサリーなどの貴金属類もあったが彼はそういった装飾品を身に着ける趣味はなかった。


 着替え終えて、ふと自分の身体が温まっていることに気づく。部屋の中が温かい。どうやら人が室内に入ると自動的に暖房が付くようになっているらしい。


 まるでこうなることが分かっていたような部屋の作りに少しばかり少年は疑問を抱いた。しかしここで考えても仕方ないと入室した方とは逆側の扉から部屋を出る。


 暖かな衣装室から一歩踏み出すとそこは明かりもない暗闇だった。初めは戸惑った勇輝だったが少し時間が経つと目が慣れたのか周りが見えてきた。どうやら通路のようだと彼は自分のいる場所を認識する。


 とにかく人を探そう。そう決めて適当に道を進んでいると彼の頭の片隅にふとこの建物に人はいないのだろうかと疑問が浮かんだ。人がいるなら足元が見える程度は明かりが点いていても良いのではないか、と。


 しかし全く明かりが点いていないということはここには今は人が誰もいないのだろうか? だとするなら何故――――いや、とにかく今は事情を聴けそうな人を探そう。人がいないと言ってもここが何かの施設である以上警備員くらいいるはずだ。そう考えて彼は暗い通路を歩き続ける。


 とはいえ目が慣れて多少見えるようになったと言えど完全に見えるようになった訳ではなく、薄ぼんやりと辺りが見える程度しか視認出来ない為壁に手を付きながら歩く他なかった。そうやって足元に注意しつつ壁の感触を頼りに歩きながら、今だ曖昧なままはっきりしない記憶を彼は確認していく。


 名前と年齢は――――道島勇輝(どうじまゆうき)、十七歳。

 ここはどこ――――分からない。

 何故ここにいる――――分からない。

 今まで何をしていた――――分からない。


 名前と年齢はどうにか思い出せたものの、その他一切が靄の中に隠れて不明なまま。

忘れてしまったのか、それとも何か他の要因で記憶を失ったのか。どちらにせよ分からないことだらけだった。しかし状況から察するにどうやら自分はここで眠っていたらしいということだけは何となく理解していた。当然、何故眠っていたのかは彼にも分からなかった。


 色々なことが不明瞭なまま、彼は建物内を探索していく。

資料室、管理室、休憩室やトイレといったところまで見つけた場所を覗いていく。しかし警備員どころか人の気配さえない。おまけにどこも長年放置されているのか腐食が進んでいたり植物が壁や床を貫通して生えていたりと管理などろくにされていなかった。


(もしかしてここは、廃墟なのか・・・・・・?)


 見て回ってようやく自分のいる場所がどういう場所なのかを彼は理解した。しかし理解出来たら出来たで当然ながら疑問は湧く。中でも一番気になったのは何故自分はこんな場所で寝ていたのかということだった。


 見て回った限りここは廃墟だ。そんな場所で一体自分はどうして眠っていたのか全く理解できない。廃墟に来る理由もなければそもそも廃墟がある場所自体を知らなかったはずだった。にも拘わらず今はどこかも分からない廃墟にいておまけにそこで眠っていたと。まるで自宅のベッドで眠るように。


 それに気になるのは廃墟にも関わらず、自分が寝ていたあの部屋は電気も通っていれば人が手入れしていたと一発で分かるほど清潔だったし、何より腐食や経年劣化の痕跡が見当たらなかった。けれど廃墟ということは当の昔にここは何らかの理由で放棄された訳で、腐食した部分を破って植物が生えてくるほどの年月が経っているはずだ。それなのにあの部屋だけをまるで宝物を大事に扱うように誰かが手入れしていたとはとても彼には考えられなかった。


 ・・・・・・いや、もしかして自分なのか? あの部屋を手入れしていたのは。

だとすると辻褄が合うには合った。だが当然彼には廃墟に通い詰める理由もなければあの部屋を大事に手入れする理由などなかった。なら一体何故・・・・・・?


 考えても答えは出ない。

自分自身の記憶さえ定まらないまま暗闇に包まれた廃墟の中をさまよっていると目の前に扉が現れる。勇輝が分厚い扉を開けると階段が上へと続いていた。非常階段のようだった。しかも階段が上にしか続いていないのを見るにどうやら今彼がさまよっていたのは廃墟内の最下層だったらしかった。


 ここを上れば外に出られるはずだ。そうすればここがどこかも分かるかも知れないし、何より、人がいるかもしれない。そう思い上ろうとした時だった。


 ――――――――ギィィ。


 音が響いた。

それは床に何か鋭利な金属を擦るような音だった。一定の間隔で鳴りながら、靴音と共に反響し、近づいてくる。


 勇輝は酷い既視感に襲われた。悪い夢を再び見ているような、そんな感覚。


 これと同じことを前にもどこかで味わったような・・・・・・いや、ようなじゃない。覚えがある。この建物、この感覚――――これは――――、


「――――っ!!」


 気づけば勇輝は全力で階段を駆け上がっていた。


 そうだ、これが初めてじゃない。全部思い出した。俺と彼女は“アレ”に襲われて、それで――――。


 言い得ぬ恐怖が背筋を凍らせる。

とにかく外だ、外に逃げよう! そう決めてF1と書かれた扉を半ば力任せに開けた。一階はどうやら吹き抜けのロビーのようでガラス張りの窓から月明りが照らしていた。どうやら今は夜らしい。だがそんな景観に魅入っている場合ではない。今重要なのはここから一刻も早く離れることだ。


 勇輝は辺りを見渡す。そして探していたものはすぐに見つかった。


(あった! 出口だ!)


 外へと通じる建物の玄関口へ駆け寄っていく。

一緒にいたはずの少女のことも気がかりではあったがアレを連れたまま探すことなど出来ないし、何より死んでしまっては元も子もない。だからこそ現状彼が取れる最善策はこの場から離れることだけだった。しかし、


「うっ・・・・・・!?」


 出口はもう目前というところまで迫った時だった。玄関口を塞ぐようにそれは降って来た。


 西洋作りの分厚な直剣を手にし、革鎧を身にまとい、獰悪に口元を歪める恐怖の狩人が彼の前に立ち塞がり逃がさないと行く手を阻む。それは先ほどまで見ていた悪夢そのもので、射貫くような眼光で獲物を凝視し嗤う怪物が、恐怖劇の再開だと狂笑を以て告げていた。


 恐怖と驚愕に顔を歪めながら勇輝は後ずさる。一体どうやって?

先程まで怪物は確かに地下にいたはずだった。にも拘わらず彼よりも早く先回りして彼の前に立ち塞がった。だがそれだけではない。怪物が立っているのは建物の外、つまりは勇輝がいる建物内ではなく建物の外側から降って来たということで、それはどう考えても瞬間移動でも使ったとしか考えられないことだった。


 外に立つ怪物が勇輝にむけてにじり寄る。

駄目だ、ここからは出られない。そう見切りをつけて逃げるように引き返す。


 どこへ逃げる?

地下に戻る? いや、駄目だ。暗すぎて逃げるどころの話ではない。ならここにある遮蔽物を使って上手く躱して外へ逃げるか? 無理だ、人間など及びもつかない速度で動き回る怪物を足で撒けるとも思えない。なら――――。


 覚悟を決め、ロビーにある階段を勇輝は駆け上がる。

上階に上がるということは今以上に逃げ場をなくす行為だと理解していた。しかし隠れるものもろくにないこの場所で逃げ続けても捕まるのは目に見えていた。ならリスクを承知で遮蔽物のありそうな上階で何とかやつを撒いて隙を見て降りてくる選択肢以外他になかった。


 当然その選択は成功する可能性より捕まる可能性の方が断然高かった。だがロビーに留まる選択と比べれば成功する希望はあった。最も、100%捕まるか9割の確率で捕まるかの違いではあるのだが・・・・・・。少なくとも、今の彼にはその可能性にかける他なかった。


 階段を駆け上がりながら勇輝は肩越しにちらりと下を見る。

こちらを見上げて愉快そうに口元を歪めながら怪物がゆっくりと後を追う。どうやら今すぐに距離を詰める気はないようだった。ならば今のうちにと彼は階段を上った。


(――――駄目だ、ここだと見つかる・・・・・・!)


 二階は単純な構造で学校の校舎のように一本道でいくつかの部屋が横付けされている作りだった。彼女と逃げ回ったあの場所より分かりやすい作りではあったが今はその単純さが仇となっていた。


 ここが駄目ならと再び彼は階段を駆け上がる。


 三階は――――駄目だ、同じだ。再び階段を上る。


 四階、五階、六階と、勇輝は階段を上る、上る、上る――――だが、


(そんな・・・・・・もしかして全部同じ構造なのか・・・・・・!?)


 勇輝が見た各階の作りはどれも単純な一本道構造で逃げ隠れする余地など全くと言っていいほどありはしなかった。それでも諦めきれず9階まで上ったものの他の階と違いはなく、選択を間違えたのだと彼に無慈悲に告げていた。


 これ以上は上れない。今彼がいる場所が最上階だ。通路は一本道の上行き止まり。逃げ場もない。あと出来ることといえばどこかの部屋に入って隠れられそうな場所に身を隠し見つからないように祈るだけ。要は詰みだった。今この瞬間、道島勇輝はどうしようもないほど詰んだのだ。


 顔を青ざめ折れかけた彼の心を手折るように、こつ、こつ、と背後から靴音が響く。


 はっとなり、振り返る。今しがた階段を上ってやってきた怪物と目が合った。

追いつめられた獲物を見やり獰悪な狂笑を浮かべる怪物の姿に、勇輝の心は完全に折れた。もう逃げられない。終わった。


 変えようのない現実に立ち尽くすことしか出来ない勇輝に、怪物が一歩、また一歩と距離を縮めていく。


 何もできない。変えることができない。俺はここで――――きっと死ぬ。


 避けようのない未来予測を前に彼は後悔を思い返す。

それはあの時一緒に逃げた少女に対する懺悔のような言葉だった。


 ごめん、アリス。折角君に助けてもらったのに・・・・・・ここで終わりみたいだ・・・・・・。願わくば、君だけでも――――そう祈るように、眼前に迫る恐怖から、少年は目を瞑った。


 ――――けれど、彼の終わりは訪れなかった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」


 恐る恐る、目を開く。

獲物を狩ろうと近づいていた狩猟奴は足を止めていた。一体何故? そう疑問に思った少年はすぐに気づく。違う、“あれはこちらを見ていない”。


 そう、30メートルほどの距離で止まっていた怪物は少年など見てはいなかった。

その顔は嗤っていた。しかし獲物に対しての狂笑ではなく、笑みを浮かべてこそいるがそれはどちらかといえば自身の敵となる存在へむけるような鋭い敵意の籠った眼差し――――。


 何が起こったんだ・・・・・・? 突然訪れた予想外の反応に彼は戸惑っていた。


 ――――その時だった。背後からすっと、彼の脇を誰かが通り過ぎた。


 それは黒かった。闇夜よりもなお黒い漆黒が、怪物の前へと躍り出て、対峙した。


 大日本帝国の軍服に身を包み、軍刀を携えた黒衣(くろご)の軍人。それはさながら(からす)のようで――――。


 勇輝を(かば)うようにその軍人は怪物の前へと立ち塞がり、今も怯むことなく睨みあっている。


 彼に軍人の知り合いなどいなかった。少なくとも今だ朧気な記憶の中においてもそれは同じことだった。だが、少年はその後ろ姿に少なからず覚えがあった。それは――――、


「――――――――伊吹・・・・・・?」


 それは勇輝の良く知っている、友人であるはずの――――國津伊吹(くについぶき)であった。

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