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カオスエンドワールド  作者: 真名瀬 照
序章
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プロローグ#191817

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 ――――瓦礫の街。


 建造物を押しのけるように生い茂る樹木の数々が文明が滅びて爾後(じご)の年月を感じさせる。


 そんな街の一角、

一人の少年を囲むように影が三つ――――。


 血色(けっしょく)にも似た二挺拳銃で十字を切る赤色(せきしょく)の悪魔――――、


 大日本帝国時代の軍服に身を包む黒衣(くろご)の軍人――――、


 皮鎧姿の首無し狩人(バンデット)――――。


 そこに至る経緯も思惑も互いに違う者同士。されど同じく純粋な殺意で編み上げられたトライアングル。


 牙を剥き、牽制しあう敵愾心(てきがいしん)の牢獄に、何の因果か少年は囚われていた。


 恐ろしいと逃げ出した月影が、隠れた雲間から覗き見て恐々と戦場を照らし出す。


 渦中の少年は悔恨を抱く。何故こうなったのか、と。


 彼は争いを止めようとしただけだった。

見知った顔が訳の分からない闘争に巻き込まれている、だから助けなければ、と。だがそれが大きな間違いだった。


 元々何か得体の知れない事件に巻き込まれたのは自分であり、友人はそれを助けようとして巻き込んでしまったのだと彼は思っていた。


 けれどことここに至って少年は理解した。

“巻き込まれたのは自分の方”で彼らは“巻き込んだ側”なのだということを。そして友人は自分を“助けた”のではなく“ただ邪魔だったから退かした”に過ぎないのだと。


 故にこの場に少年の味方は存在しない。

いるのはただ彼を眼中にすらいれていない怪物か、彼すらも獲物と捉え舌なめずる怪物かの二者のみだ。


 友人だったはずの“二人”は既に敵対者のみしか見えておらず彼のことはそこらに転がる瓦礫かただそこにあるだけの置物程度にしか認識していなかった。


 その一人、赤色(せきしょく)の悪魔は睨む――――殲滅すべき敵共に銃口をむけて――――。

かつて祈った殉教者(きょうだい)達に“悪魔”と罵られた少女には、今はもうかつての純真さ(よわさ)は欠片もない。


 内に逆巻くは憤怒。

捧げた祈りを嚇怒(かくど)に、過去の慨嘆(がいたん)を憎悪に変え、たなびく長髪を紅蓮に染める。


 レッグホルスターから抜き放たれた二挺拳銃。

リアサイト越しに覗く今紫(いまむらさき)眸子(ぼうし)の奥からは盛る殺意が溢れ出し、目元を酷く歪ませる。


 その形相はうら若き乙女の顔ではなく、修羅や般若、あるいは餓えた獣に例えた方が得心がいくだろう。


 首元から下がる三日月の紋章入りドッグタグが鈍く光を反射する。それはその悪魔が“どこに属する者か”を明白に指し示すものだった。


 そしてその真反対、ダリエラと対になる存在が“もう一人”この場にはいた。


 ――――性別、武器、抱く大望や果ては(こも)る殺意すらも彼女とは対照的で、片や悪魔が活火山なら、彼はさしずめ氷山だ。けれど彼のその根幹は陽に属していた。


 日出(ひい)ずる国に生まれ日を負いし軍人はしかして黒く、それはさながら(からす)のようで――――。


 軍刀を携えた黒衣(くろご)頭目(とうもく)冷眼(れいがん)する。

摂氏(せっし)零度以下、絶対零度の漆黒の炯眼(けいがん)が、(わず)かな隙も見逃さないと怨敵を凝視していた。


 異性ならば誰もが見惚れるだろう絶世の美男。しかし見たものの血の気と熱を奪い去る程の鋭利さを持った双眸(そうぼう)が彼の性質(たち)をよく表している。


 眉目秀麗(びもくしゅうれい)、しかして獰悪(どうあく)

一種のカリスマ性と呼べる魅力を併せ持つ彼だが、けれどそれは人の持ち得る才というより人外のもの――――悪鬼羅刹(あっきらせつ)が美しい姿で人間を(たぶら)かし近寄って来た者を捉え食らう魅了に似ている。


 故に黒衣(くろご)(からす)本質は修羅である。

どれだけ美しかろうと人間に見えようと根本は激烈な殺戮者ということに他ならない。


 悪は殺す、皆殺す。誰一人、塵一つとて残しておくものか。何故ならばこの世に存在してはならないものだから――――その絶殺の意思こそが彼を怪物足らしめる要因だった。


 しかし彼らも狼狽える少年の良き友人であったこともある。少年と悪魔、少年と鴉。そしてそれは例に漏れず二人も同様だった。けれどそれは泡沫の“夢の中”での話であり、昔のことだ。


 今は互いに敵同士。

悪魔も、鴉も、誰一人少年の味方ではない。しかしこれこそが本来の“彼ら”の在り方だった。故に銃口をむけるのも刃を突き付けるのも自然なこと。そこに何ら不自然さはない。しかしだからこそ、その中に“一匹”どうしようもなく違和感を放つ異物が混じっていた。


 ――――まず頭がない。


 人間として、いや、生物として絶対にあるべきものがそいつには欠けていた。

だというのに、(まと)った皮鎧を首元から溢れた血で汚し、毅然(きぜん)として立ち続けていた。


 肩に眼の腕章、片手には西洋の分厚な直剣が握られ、背からは蝙蝠の羽に似た六枚の黒い大鎌が生え揃いただでさえ異質な存在感を何倍にも増している。それはさながら死んだはずの狩人の遺体が得体の知れないものに操られ今も動き回っているかのようだ。けれど実際は死体などではない。


 ――――首無し騎士(デュラハン)


 見たものに死を告げる末期(まつご)の予言者――――馬車と(ひつぎ)(たずさ)(きた)今際(いまわ)の死神。

終わりという名の恐怖をばら撒く怪物は、ただ存在するだけで人々を恐怖へと(おち)れる。


 人心(おとし)める恐怖の申し子は、しかしてその装いは騎士というより狩人だ。逃げる者をどこまでも追いかけ狩猟する、一度捉えたら死ぬまで離さない狂犬のような獰猛(どうもう)さを持つハンター。だがその性質は“騎士でもなければ狩人ですらない”。


 一言で表すならば、そう――――“蛮族”。


 偶然目にした者の命を略奪する追い剥ぎ(バンデット)

ただ奪い、ただ殺し、ただ(おか)す。本能的に、気まぐれに、凶事を成して狂喜する。それこそが首無し騎士の本質だった。


 悪魔――――(からす)――――首無し騎士(デュラハン)


 怪物達が織りなす狂気と殺意の恐怖劇。

死ぬるが先か正気を失うが先か、どちらにせよこんな猛獣の檻に閉じ込められてしまっては選択肢などないも同然だ。


 首無し騎士(デュラハン)の首の切断面からぶくぶくと沸騰するように血が歪に沸き立つと、形を成して人の頭部が再生する。


 さて、今宵(こよい)(にえ)如何(いか)ほどか――――そんな獲物を吟味(ぎんみ)するような狂気を浮かべた顔は、今も子羊のように震える少年の、“大人になった顔”そのものだった。


 冗談じゃない。彼は泡立った。成長した自分の顔がそこにあるのだから。

どういう理屈で、意図でそうなったかは彼には分からない。ただ一つはっきりしているのは目の前に未来の自分がいるということと、それがもたらす不気味さと気味の悪さがこの上なく不快だということだった。


 一刻も早く逃げ出したい。少年は強く渇望した。けれどそれは絶対に不可能なことだ。何故ならこの場にいる怪物達が“合図”を求めているからだ。他ならぬ、殺し合いの開始を告げる狼煙を。そしてその合図とは“少年そのもの”を指していた。


 とどのつまり、“少年がほんの(わず)かでも動けばそれが始まりの合図となる”ということに他ならなかった。


 当然始まってしまえば一秒とかからず彼はそこらに転がるコンクリート片と同じく命を散らすだろう。それを感覚的に理解しているからこそ少年は動けなかった。


 少年が助かる望みは皆無だ。けれど好き好んで命を手放す人間などいないように、ただ息を殺して終わりを望む。だが怪物達に変わりはない。互いに殺意を突き付けあい、時が止まったかのようにただ開演の時を待っている。


 永遠に続くと錯覚しそうな長い静寂に――――けれど幕引きは無常にもやってくる。


 ――――ぎょろり、と狂気が動いた。


 それは痺れを切らしてなのか、はたまた震えることすら許されず立ち(すく)む獲物にむけた舌舐めずりか・・・・・・首無し騎士の双眸(そうぼう)が、少年を捉えた。


 口元を獰悪(どうあく)に歪ませ(わら)う狩人に、少年は無意識に――――後ずさる。


 彼が気付いた時にはもう手遅れだった。

上がった足が後ろへと動いてゆく。そして足裏が地面に接するまでのコンマ零点数秒程の猶予(ゆうよ)を、彼はスローモーションに感じた。


 遺言を残すには短すぎて、後悔する暇すらなくて、ただやってしまったという焦りに(まみ)れながら――――足が、地に、着いた――――――――。


 ――――瞬きの間もなかった。


 引き金が引かれ、剣光が(はし)り、刃の群れが殺到する。

そして少年だった肉塊(にくかい)は、銃弾に穿(うが)たれ、白刃に別たれ、凶刃に刺し貫かれて、宙を細切れに舞った。


 ――――あぁ、どうして・・・・・・?


 それは何に対しての(とい)だったのか。

意識を失うほんの数秒、自身を切り捨てた者達の狂乱を目にしながら、遺言を(こぼ)した。


 そして少年は、その短い生涯に幕を閉じた――――。

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