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3話 .*・❈ 。. おろかもの



ゲームのストーリーが始まる十七歳までは後五年。

入学まではあと二年。

私が死ぬまで、後六年。




私は、記憶が戻る前に既に彼に会っていた。その時に婚約もなされている。そしてそれ以降、大体、三、四日に一度の頻度で会いに行っていた。


今日も会いに行く。前の訪問から五日も経ってしまったし、川に落ちたことも伝わっているかも知れないから、顔を出さない訳にはいかない。



この世界では各領の統治者の屋敷につき一つの転移陣が設けられているけれど、それは王家から配給されたもので、私用で使っていいようなものではない。

だから私はいつも、民間で利用されている有料の施設に頼る。屋敷から馬車で数分の、賑わう中央街に建つ施設 「アルゲント・ホール」 。大仰なドームを掲げた建物、その中に転移陣はある。貴族だからと優先されるから、先に並んでいた人々には本当に申し訳ない。


……記憶が戻る前にはこんなことは頭を掠かすめもしなかった。それを思うと、記憶が戻って良かったのかも知れない。


転移先はディオン領にある同様の施設「スタン・ホール」で、そこから馬車でディオン家の屋敷へ向かう。




その日エリック様は庭で剣のお稽古をしていた。私が来たのはちょうど彼が一休みしていた時で、疲れているのかこちらに気づく様子は無い。


「エリックさまぁ〜、お会いしとうございましたぁ!」


甘ったるい声色でその名を呼びながら、ぎゅう、と抱きつく。


……良い匂い。

だめ、何を堪能しているの。



彼は少し驚いてこちらを見たけれど、すぐにまた顔を背けてしまった。


「稽古中だ。離れてくれ」


形の良い眉を少し寄せて、困ったように言う。


「そう……わかりましたわ。私、あなたのお稽古が終わるまでまっていますわ!」


返事はない。

名残惜しそうな視線を送ってから、そっと引き下がった。



稽古が終わる。彼は、汗と土で汚れた稽古着からきれいな服に着替えて戻って来た。


「エリックさま、この五日間お会いできなくて私とってもさびしかったわ」

五日間くらい会えなかったから何なの、と言いたくなる所だけど、以前のアグネスなら確実にこう言っていた。


「ねぇ、エリックさま。お庭を案内してくださる?私、今日はお花がみたいわ」

未だ細いながらも柔靭な腕に、甘えるように、ぶら下がるように抱きついてみる。

さりげなく、振り払われた。

なんて冷たいの。

「ごめん」の一言もなく、顔を向けることもなく、ごく自然にするりと振り払われた。普通に振り払ってしまえば傍からひどい男だと思われてしまう、その可能性を踏まえたのだろう。

エリック様はちゃんと考えて行動出来る人で、それは私が彼を推していた大きな理由のひとつだった。


悲しい?辛い?いいえ。塩対応は好きだから、むしろもっとやって欲しい。


彼は、花壇に向かって歩き出した。


「私ね、三日前に川に落ちてしまったの。それで熱を出したから来られなかったの」

既に誰かから聞いているのか、単に興味がないのか、軽く頷いただけで驚いた素振りもない。

「貴方に会えないまま死んでしまうのではないかと、とても不安でしたわ。頭が痛くて、のどもひりひりと痛んで、めまいがして。ああ、とても辛かったわ!」

単なる風邪なのに、なんて大袈裟なのだろう。同情を、関心を買おうと必死なのだろう。そう思わせるように意識して言葉を選ぶ。

好かれてはいけないのだから。

躊躇も未練も無しにさくりと殺せるような、愚鈍で下らない人間でないといけない。



彼が足を止めた。

甘く華やかな香りが鼻腔をくすぐる。


「すてきね!なんて立派な花たちなのかしら」

走り出て、花壇の前でくるりと回る。


振り向くと、彼は微妙な表情をしていた。もしかして、不自然だった?今のは、少し芝居がかっていたかもしれない。気をつけないとな。


あっ。もしかして勝手に走り出たのが不味かった?これは間違えたかもしれない。本人にそう思われるのは良い、でも周りから見たら、どう?婚約者をほっぽり出して走り出る妻、恥になってしまうのでは?


いや、大丈夫、大丈夫よ私、気にするな!

やってしまったことは、もうどうしようもない。


「ねえ、私、次は」


馬が見たい。そう言いかけたけれど、その言葉は遮られてしまった。


「俺は、そろそろ稽古に戻りたい。それはまた今度にしてくれませんか」


うぅん、してくれませんか、という言い方が柔らかすぎるから50点……。じゃなくて、そういえばそうだった。流石にこれ以上邪魔する訳にはいかないな。

「ざんねんですわ……でも、あなたがそうおっしゃるなら、その通りにしますわ!」

とても切なげな表情を作り、両手を顎の下で組み、上目遣いで、ひどく悲しそうな声で言った。我ながら、演技派だと思う。



馬車に乗り込む。彼は見送りには来なかった。

侍女の一人が、不安気な顔で私を覗き込んでいる。大丈夫、心配しないでも泣き出したりはしないから。

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