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1話 .*・❈ 。. 記憶

「いやはや、お嬢様、何事もなくご回復なさって良かったです」


ベッドの傍ら、小さな腰掛けに大きな腰を乗せた男の人が、ふうと息をつきながら言った。川に落ちて高熱を出した私を診てくれたお医者様のようだ。

うん、まだ少し頭がふわふわしているけれど気分は悪くない。

彼は私が元気そうなのを確認すると、軽く挨拶をして部屋を出て行った。きっと両親へ報告しに行くのだろう。



「姉上、大丈夫ですか?」


話しかけてくるのは一つ下の弟、オベド・アルディス。「乙女ゲーム」『巡る星々に祈って』、略して『メグイノ』の「攻略対象」だ。

そして私はアグネス・アルディス、「悪役令嬢」だ。



……。


今朝までの私なら聞かされてもきっと怪訝そうに顔をしかめるだけの、数々の言葉たち。それを、今の私は知っている。



「転生、かぁ」


思わずそんな言葉が口から滑り出ていた。


「へ?」


オベドがきょとんとして首を傾げる。


「なんでもないわ、大丈夫。それよりお水をもってきてくれないかな」


ちょっと、一人になりたかった。

彼がぱたぱたと走っていくのを見届けると、そのまま思考に沈む。



私はアグネスだ。と同時に、雲井くもい流往るい、という名の平凡な女子高生だ。だった。今の私の中には、二人分の記憶があった。

その記憶によればこれはおそらく「転生」、そしてここは前世でお気に入りだった乙女ゲーム『メグイノ』の世界、若しくはそれと瓜二つの世界。


平凡な日常の記憶は、あるところで途切れている。ても、その前後がモヤがかかったように曖昧で、思い出せない。


……それはもういいか。

そんなことより、今はこれからのことを考えないと。



起き上がると、転ばないように気をつけながら壁際の姿見の前まで歩いた。


まだ幼さの残る、心持ちやつれた美少女の姿が映る。

天然パーマの髪は黄みの強い明るいブロンドで、瞳は黄緑色。厳密には、黄緑色ベースで、角度によっては所々(ところどころ)黄色に見えて、時々小さな銀色のハイライトがちらつく、という複雑なもの。ゲームの立ち絵の細やかな塗りが、そのままに再現されている。

弟も同じような色合いだけれど、私の方が少し瞳の色が明るい。

美少女ではあるも、吊り目に困り眉という一部の人の地雷を踏みそうな顔つきをしている。




アグネスは最終的に、死ぬ。若しくは身分を剥奪されて辺境の町へ追放される。それは、婚約者と親密になっていくヒロインに嫉妬し、いじめて、そのために様々なトラブルを起こしたから。


後者はありえない。どうしてかといえば、ほぼ確実に、ひどく苦しんで死ぬのが落ちだから。私は、呑気にスローライフをしようなどと思える程お気楽ではないから。

人は、田舎や平民暮しに夢を見すぎだ。貴族が良いものだとは思わないけど、平民はもっと嫌。暴漢がいるかも知れない。人攫い、奴隷商がいるかも知れない。貴族の若い女、格好の的だろう。そうでなくても、当たり前のように下品な言葉をかけらたり、無遠慮に触られたりするだろう。少なくともこの世界の貴族はそうそう下品なことは言わないし、軽々しく触ったりしない。

この世界には魔法はあるけれど、万能じゃない。アグネスの魔法は到底優秀だとは言えないものだし、それで身を守りきれるとは思えない。

だから、追放だけは絶対にありえない。



死に方は複数ある。それぞれ、処刑、変死、そして、婚約者手ずからもたらされる死。

変死は流石に怖いから、出来ることなら避けたい。処刑は公開処刑だろうし、ヤジを飛ばされたりしそうだし……。そう、答えは一つ。



アグネスの婚約者、前世の私の推しキャラ、エリック・ディオン様───その手による死。それが、最上の結末なのだ。

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