歩きスマホとぶつかりおじさん
俺は地下鉄の駅のホームにいた。
目的地までの電車を待っている間、スマホでニュースを見ていると、こんなニュースが目に入ってきた。
“【駅で女性にぶつかり怪我をさせた男逮捕】
警視庁は24日、駅で歩きスマホをしていた女性に体当たりして全治三週間の怪我を負わせた容疑で、会社員の男(51)を逮捕した。
男は容疑を認めており、「昔、歩きスマホをしている別の女性にぶつかられたことがあり不満に思っていた。それから歩きスマホの女性を狙って体当たりするようになった」と話しているという”
俺は思った。
(うわ……こういう“ぶつかりおじさん”って本当にいるんだ……
まぁ歩きスマホやってるほうも悪いけど、自分から狙って体当たりに行くとか頭おかしいだろ。いい歳して何やってんだ……
それにしても、この文面だと体当たりしただけに見えるけど、全治三週間ってことはただの体当たりじゃなくて、階段から突き飛ばしたりしたのかな)
そんなことを考えていると、電車が来るのと共に、近くの階段から沢山の人がぞろぞろ降りてきた。
この場所にいると混み合いそうなので、俺はホームの中ほどに移動する……
と、前から歩きスマホをしている男がこちらにやって来た。
俺はそれをよけて通ったが、よけたと思ったら、その影からもう一人、やはり歩きスマホをしている女が現れた。
危うくぶつかりそうになったが、俺は巧みなフットワークでこれを回避!
しかし次の瞬間、近くの角からまた別の、やはり歩きスマホをしている太った男が現れた。今度こそぶつかるかと思われたが、俺をこれをもターンして回避!
安心したところでまたその影から、小学生くらいの男の子がスマホを見ながら小走りで駆けてきたが、俺はこれをも体をひねって回避!
そこでちょうど電車が停まり、近くのドアが開いたので、俺はそこから中に滑り込んで、空いている席に座った。
俺は思った。
(すげぇ!!歩きスマホを四回連続で回避したぞ!
今のって地味に凄くないか!?もしかしたら、今のが俺の人生の絶頂だったかも知れない!)
しかし、さっきの駅にいた人は誰も俺の偉業に気づかなかっただろう。せっかくだからこの感動を共有したいと思い、俺はSNSに投稿することにした。
そして文面を考える。
『さっき、歩きスマホを四回連続で回避した。凄くない?』
(これでいいか……よし、投稿)
どんな反応が来るか楽しみだ。「すっごーい!」とか「たのしー!」とか言ってくる人が出るかと思った、が……
二駅過ぎたところでまた画面を開いてみると、いいねが一つ付いているだけで、後は何の反応もなかった。
(ええ……何で?)
しかし、改めて自分が書いた文面を見てみると、これは書き方が悪いように思えてきた。だいたい、これだと何が起こったのか状況が分かりにくい。
(もっと細かく説明したほうがいいな)
そこで俺は先ほどの文章を削除して、新たに書き直してみた。
『さっき駅で、歩きスマホをしてる人が四人連続で前からやって来てぶつかりそうになったけど、全て回避した。凄くない?』
(これでいいか)
しかし、今度は投稿する前にもう一度見直してみると、状況が分かりやすくなった代わりに、説明がくどくて勢いが失われたような気がする。もっとパッと見で分かりやすい内容にしたほうがいいのではないか?
そこで俺はまた書き直してみた。
『さっき駅で、歩きスマホしてる奴が四人連続でぶつかってきたけど、全て回避した。凄くない?』
(これでいいか)
実際にはぶつかっていないわけだから、「ぶつかってきた」というのは正確な言い方ではないかも知れないが、ここはインパクト重視で行こう。
しかし、改めてこの文面を見直してみると、やはりまだ何かが足りないような気がする。すごいと言えばすごいが、反応を貰うほどではないような……
そうだ。どうせ正確性を重視しないなら、フィクションも入れておいたほうがいいな。炎上の定番の、女叩き要素でも入れてみるか。
そこで俺はまた書き直してみた。
『さっき駅で、歩きスマホしてる女が四人連続でぶつかってきたけど、全て回避したわ(笑)
凄くない?』
(これでいいか)
実際には、女は四人のうち一人だけだったのでこれは嘘だが、こういう書き方をすれば女叩きを誘発できるだろう。これなら炎上しそうだ。
(よし、投稿、と)
しかし、投稿する前にもう一度見直してみると、やはり何か物足りないような気がする。
これなら女叩きを誘発できるかも知れないが、女叩きだけを呼んでも炎上には足りないだろう。どうせなら、もっと別の客層も呼べるような内容を……
そこで俺はまた書き直してみた。
『さっき駅で、歩きスマホしてる女が四人連続でぶつかってきたけど、全て回避したわ(笑)
ついでにムカついたから最後の奴は後ろから蹴り入れといた(笑)
その後すぐ電車乗って逃げたけどな(笑)』
(よっしゃこれで炎上間違いなしや!投稿!!)
と思ったところで、車内のアナウンスが目的地の名を告げた。
「次は〜新日暮里〜〜新日暮里〜〜」
(あっ……もう着いたのか)
そこで俺は電車を降り、そして我に返って思った。
(何やってんだ俺は。考えてみたら、別に炎上して知名度を売るようなビジネスをやってるわけでもないし、仮にやってたとしてもこんな炎上をしたら益より害のほうが大きいだろ。
通報されるかも知れないし、何か厄介事に巻き込まれるかも知れない……
いや、そもそも考えてみたら、たかが歩きスマホを回避したぐらいでなんであんなに浮かれてたんだろう。あーバカバカしい。やめた)
それで、結局投稿はやめにした。
しかし、たまたまアナウンスに気をそらされて我に返ったものの、さっきはとにかく派手なことをやって注目を集め、良くも悪くも人々の反応を得たいと思ってしまったこともまた事実だ。
もしかしたら、あのニュースの“ぶつかりおじさん”も、周囲に一目置かれたいと思って過激な行為に及んでしまったのかも知れない。などと思った。
ダシにされた女性のほうはいい迷惑だろうが。