乱入者
闘技場を追い出されてしまった叶美たち、朱音の血闘は3時間後、時間がぽっかりと空いてしまった。
「そうですね、僕は鍛冶屋に行ってから会場に入りますがどうします?」
「えっと、どうしましょう彰人さん」
「俺に聞かれても分かんねぇよ」
彰人が困った様子で応える。
「そういえば何も決めてませんでしたね」
「でしたらもう会場に入ってはどうですか、試合は3時間後ですよ」
「うーん、そうですね、先に入っておきます、貴方の席も取っておきましょうか」
「お願いします、では」
青年は鍛冶屋と思われる方に歩いていった。
「じゃあ、私達も行きますか」
「ああ」
彰人と一緒に闘技場の正面入口へ向かった。あれから1時間、前の方の席を取った私達の元に青年がやってくる。
「お待たせしました」
「いえ、何を取ってきたのですか?」
青年がこれですと言いながら直径がバレーボール2つ分ぐらいの鉄の半球体を見せてくる。
「これは、何ですか」
「はい、盾です」
盾、盾と呼ぶには随分と……。
「ダッサイ盾だなぁ、装飾はおろかメッキすらしてねぇじゃねぇか、それだとただ切っただけの鉄だな」
「ちょっと彰人、言い方ってものが」
「お気になさらず、本当にただ切っただけですから」
青年がそう言うと彰人がしかしと続ける。
「その盾は丸すぎるぜ、もっと広げるように造らねぇと護れねぇぞ」
「心配には及びません、わざとですから」
青年が強く曲がった盾を撫でながらニヤついている。
「何か工夫があるんですか」
「内緒です、そのうち分かりますよ」
青年の顔には自信があるように見えた。
「そろそろ始まるみたいですよ」
観客席に囲まれた六角形の壁の内側、砂で敷き詰められたその会場に朱音と朱音が血闘を申し出た男が出てきた。
「赤ゲート、今年度最初のルーキー、早本朱音選手〜」
いつの間にか集まったギャラリーの拍手と歓声が会場いっぱいに広がる。
「青ゲート、圧倒的な強から付いた異名は(雷神)、力王山秀孝選手〜」
上着を脱いだその体は服の上から見たものとは全くの別物、先程までは細いとすら感じた体格が素人でも分かる程に強いと分かる、圧倒的な体格、滲み出るオーラ、本能的に勝てないと感じてしまう、さっきとは違う、客席ですらこうなのだから朱音はどのぐらいの重圧の中にいるのだろうか。
「ほう、そんなことが」
青年が何やら呟いている、どうやら生徒手帳を読んでいるようだ。
「ちょっと、何読んでるんですか、観ないんですか」
「ああいや、ルールを知らないので読んでいただけですよ、血闘、死亡又は気絶などにより続行不可能となった者の負け、降参や武器の寸止めも負けとみなす、武器の持ち込み可とする、魔法の使用を許可、乱入者は名を全て名乗って乗り込む、敗者は勝者の要求を全て受け入れなければならない、どんな手を使ってもその場に立ち続けた者が絶対の勝者とする、いやぁ、ちゃんと取り決めがあることは嬉しいですね」
「何を呑気なこと言ってるんですか」
青年に呆れ戦場に目を向けると力王山が雷を具現していた。
「雷、朱音と同じ」
力王山が雷を朱音に放つ、朱音は氷の具現で防御をして、すぐさま雷を放ち反撃する。
「やった、朱音の攻撃が当たった」
「防御もしっかり出来ているしこれは勝てるかもしれないぜ」
彰人が興奮気味に言う。
「これは良くない、試合ではありませんね、朱音選手をいじめるだけだ」
青年が顔を強ばらせて言う。
「え、どうしてですか、朱音はあんなにも戦えています」
「だからですよ」
青年は声を低くして続ける。
「力王山秀孝、(雷神)、そんな人相手に善戦出来るわけありません、それに観客が笑ってる」
言葉が出なかった。青年が今までと明らかに違う鋭い目付きと周りからクスクスと聞こえる小さな笑い声で全て理解した。
「朱音ッ」
思わず叫ぶと力王山が朱音に雷を放ったとこだった。
「え……」
力王山の雷が朱音の氷に当たっる刹那、雷が5つに分散し氷の盾を避けて朱音目掛けて進む。
「朱音、朱音ぇ、朱音ぇぇぇぇ」
雷をまともに受け、黒ずみ煙を上げた朱音は膝から崩れ落ち倒れる、力王山がトドメと言わんばかりに右手を掲げ雷を溜める。
「やめて、やめてよ、もう決着は着いたからやめてよ」
客席が飛び出そうとすると青年に腕を掴まれて止められる。
「ちょっと、離してよ、朱音が、朱音が死んじゃう」
泣きながら懇願するも青年は顔を伏せ離してくれない。
「朱音ちゃん、ダメだよ朱音ちゃん、まだ一緒に遊んでないじゃない、もっと遊びたいよ、もっと朱音ちゃんのこと知りたいよ」
泣き叫ぶが止めてくれない、力王山の右手が雷に覆われ、振り下ろそうとした時、一筋の炎が力王山に当たる。
「俺の名は旗本彰人、今から乱入させてもらう」
いつの間にか客席を飛び出した彰人が、手すりの上から炎を放ち宣言した。
「ほう、ルーキーがもう1人か今日は賑やかだな」
他人事のように力王山が呟く。
「朱音、大丈夫か」
手すりから飛び降り朱音に声をかける、しかし、朱音は気絶したのか動かない。
「力王山とか言ったな、今からこいつに変わって俺が相手だ、文句ねぇだろうなぁ」
「構わん、ルーキーの1人や2人遊んでやる」
力王山が居直る、彰人が腰を落とし半身に構える。
「彰人さん」
「貴方は辞めた方がいい」
青年に内心を見透かされたようなことを言われドキッとする、隙あらば自分も飛び出そうとしていたのだ。
「あ、貴方には関係ありません」
「貴方が言ってもイジメの時間が長くなるだけです」
青年の言葉に黙ってしまう。
「この場合最前の選択は1つです、黙って見ている、これが一番です」
「そんなこと出来るわけないじゃない」
「であればもう1つ、力王山に勝てる人間に頼むのはどうでしょう」
「勝てる、人間……」
いるのだろうか、果たしてあの力王山に勝てる人間が。
「話は変わりますがビジネスの話です」
「え、」
青年が笑顔で提案する。
「私に依頼しませんか、お金があればどんな依頼でも成し遂げます」