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三十二話 予想外の救世主

 自分で作戦を立てておいて今さらだけれど、この作戦は一花にとって危険だらけだ。

 雅と面と向かって対決することもだが、今お伽村の村人たちは血眼になって一花のことを探している。


「はぁ~、昴ちゃん。恋を掴むのって命懸けなんだね」

 村人たちの喧騒を遠くの方で聞きながら一花が溜息を零す。

「いえ、ここまで命懸けで挑まなければ掴めない方は珍しいかと」

「……これでわたしと暁ちゃんの間になにも芽生えなかったら笑っちゃうね」

「笑っちゃいます。でも……もしも暁斗さんが一花さんを裏切って泣かせたりしたら、ぼくが天から舞い戻りますよ! ドロップキックをお見舞いします!」


「わ~、迫力なさそう」

「ひ、ひどい!」

 暢気にそんなやり取りをしながら、一花と昴は木陰に隠れて辺りの様子を窺っていた。

 まずはわざと村人たちの前に出て襲われる瞬間を雅に見せ、彼がどう動くのかを試すのだ。


「一花さん、あそこにいるの雅さんです!」

 目を凝らすと少し遠くでなにか怒鳴りながら歩いてくる雅の姿が確認できた。

「いいか、女を攻撃するな! 見つけたら、ボクに報告するんだ!」


「必死ですね。やはり、一花さんを生け捕りにしなければ困る事情があるみたいです」

「よし、行こう!」

 大きく深呼吸をしてアキレス腱を伸ばし準備体操を済ませると、一花は鎌や木刀を持ってうろつく村人の前に飛び出した。


「おいっ、見つけたぞ!」

「きゃー、見つかっちゃったー」

 わざとらしく声を上げて走り出す。


「待て、殺すなよ!」

 それを聞きつけた雅もこちらに向かってくる。だが。

「わわっ!?」

 木刀を握りしめた男が横殴りにそれを振るってきたので咄嗟にしゃがんで避ける。


「覚悟しろよ、化け物めー!」

 やられる前にやれと声を揃え、今度は鎌を持った男がそれを振り落としてくる。

 咄嗟に転がって避けたが、地面にめり込んだ鎌を見てゾッとした。

 男が地面から鎌を引き抜こうと手こずっている間に、体勢を立て直し逃げようとしたのだが。


「くっ……こんな、時に」

 なんて間が悪いんだと思った。それとも時を遡るという罪を犯した自分への罰なのか、一花は例の記憶が錯乱する発作を起こし、その場に蹲る。


「どうしたですか!?」

「だ、大丈夫。はぁ、すぐに治まるから」

 根性で治めてみせる、と自分の心にカツを入れる。

「一花さん、まさか……時空を越えた後遺症が出ているんじゃ」

 苦痛を表情に出さないよう我慢したつもりだったが、昴に見抜かれてしまった。

 もう隠し通すことは無理かもしれない。


「そう、みたい。記憶が混乱することが最近たまにあって。でも、わたしこんなところで負けたりしないよ」

 自分にも運命にも絶対に。

「一花さん……それが何度目の発作か分かりませんが、もう何度も起きているのなら、そろそろあなたの記憶が壊れてしまう可能性が」


「分かってる。覚悟しとく」

 だが暁斗を助けるまでは、どうかもってと自分に言い聞かせる。

 その時。


「一花さっ、危ない!!」

 まだよろけて足取りの覚束ない一花を追って先程とは違う男が、木の棒を横殴りに振り回してきた。そんな一花を守ろうと昴が前に飛び出して。


「あ~れ~」


「昴ちゃん!」

 そのまま遠くの方までホームラン球のごとく吹っ飛ばされ見えなくなる。

 予想以上に村人が群がってくるのでなんとか気合で発作を振り払った一花は、再び走り出した。

 昴が飛ばされた辺りに向おうと決めて。



◆◆◆◆◆



「はぁ、はぁ……」

 逃げて撒いても村人たちに見つかり、息を絶え絶え丘を登り一花は小五郎の屋敷の前まで来ていた。


 ここが一番人気もなく安全かもしれない。

 佳世はもしもの時のために、安全な場所に避難するようにと小五郎にも言ってもらい、村にある彼女の友人宅へ行っているはずだ。


「昴ちゃ~ん」

 呼んでみたがどこまで遠くに飛ばされたのか、昴の気配は感じなかった。

 その代わりと言っては難だが。


「みつけだぞー!」

「っ!?」

 弓矢が一花の頬すれすれに飛んできた。

 振り返ると槍を持った男が一人と、さらに遠くの方で一花に照準を合わせ、弓を引いている男の姿が見える。

 だが弓を構えていた男はすぐに雅に捕まり、その場で倒れた。

「な、なぜです、雅さま!」

 それを見て戸惑う村人たちもいる。


(もう少し、もう少しで作戦通り)

 数人でいいのだ。村人たちの前で雅の本性を暴き証人にできれば!

 だからここで足を竦ませてはいけない。

 一花は槍を向けてきた男の攻撃を避け再び走り出す。


「待てー!!」

「きゃあ!?」

 だが所詮は訓練もしたことのない女の足だ。ここまで随分逃げ回ったせいで縺れてちゃんと動いてくれない。

 逃げ切ることなく槍を持った男に腕を掴まれてしまった。


「悪く思うなよ。これも、村の皆を守るためなんだっ」

 一花の胸を貫こうと槍が振り上げられ、もう自力では逃げられないと悟る。

 だめもとで昴に助けを請おうともしたが。

(だめだ。昴ちゃんが今飛び出してきたら、わたしと一緒に串鳥にされちゃう)


「ぐはっ!」

 最後の悪あがきになにをしようか巡らせていると、大きな黒い影が槍を持った男を突き飛ばしていた。

 槍を持った男は打ち所が悪かったようで、そのまま気絶して起き上がらない。


「一花さん、怪我はないかい!」

「わ~お、昴ちゃんより予想外の救世主」


 突如現れた小五郎の姿に、今まで感じたことのない勇ましさのようなものを感じた。


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