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二十九話 お伽村の秘密

「で、逃げ出してきたはいいけど、オラはやっぱり雅様が人間に化けてる妖魔だとは信じがたい」

 人目につかないように移動して、村の外れの林に入った三人は草陰に隠れて作戦会議を開いていた。


「こんなに小さな村に目を付けて、乗っ取ろうとする意味も分からないしなぁ。昔こそ龍神の加護により栄えてたって話だけど、今ではこの寂びれようだし」

 確かに人間を襲いたいだけならば、こんな回りくどいやり方をする必要はない。次から次へと人のいる村や町に狙いを定め襲っては逃げるのを繰り返せばいいだけだ。


「けれどこの村には、一つだけ他の村にはない秘密があるではありませんか」

 わしゃわしゃと髪を掻き毟りながら頭を悩ませる小五郎に助け舟をだすように、ぽんっと手を合わせて千世が発言する。

「秘密?」

 一花と一緒に小五郎まで首を傾けてしまったので、千世は小さく咳払いをすると彼の代わりに説明を始めた。


「私は清子様から聞いたのですが、そんなに大きな村ではないお伽村に、退魔師を必ず一人は住まわせているのには理由があるからです」

 希少な退魔師は国に重宝されるので、本来ならばこんな小さな村に必ず一人はいるようにと預けたりしない。

「ああ、そうか。この村には爺ちゃんが封印した妖魔が眠ってるんだ」

 そこで小五郎もようやくピンときたようだった。


「それはこの村のどこに?」

 そんな重大なことを忘れていたのかというツッコミは飲み込んで、一花は小五郎に尋ねた。

「今はオラの屋敷の庭にある大きな木の中に眠っているんだ。もうずっと前だけど、この村に今回のような事件が起きた事があるらしくて」


「書物によると若い娘たちが夜な夜な襲われ、灰にされるというものでした」

「そこで国から配属されたオラの爺ちゃんがこの村に訪れたんだが、その妖魔というのが中々凶暴な化け物だったみたいで、爺ちゃんの使い魔と刺し違えたうえまだ完全には葬れなかったらしい」


 そこで今の自分では倒せないと判断した小五郎の祖父は、せめてこれ以上被害を出さないようにとこの村を何百年も見守っていた聖樹と呼ばれる木に力を借り、妖魔をそこへ封印したのだという。


「村人たちの混乱を防ぐため爺ちゃんは村長と爺ちゃんの上司たちなど一部にだけ真実を伝え、村人たちには妖魔を倒したと伝える事にしたんだ」

「けれど封印がなにものかに解かれるわけにはいきませんから。ぼっちゃまのおじい様はお伽村に留まることにした。そしてこの村を代々守ることを村長に誓い、妖魔を封じた大樹のある小高い丘の上に屋敷を構えたのです」


「それって……今回の犯人はその木に封印されていた妖魔の可能性が」

 一花の言葉に千世は首を横に振る。

「その可能性は、低いです」

「どうして?」


「オラの爺ちゃんは国で一番と称えられていた退魔師なんだ。そう簡単に解ける封印を施したりしない」

 そうはいっても可能性はゼロじゃないはずだが。

「封印を解く方法は二つしかない。そのうちの一つは、あの大樹を消滅させることだが」

 小五郎の祖父の術により炎を放ってもあの木だけは燃えないし、斧で伐ろうとしたら小野が先に破壊されるらしい。


「じゃあ、二つ目の方法は?」

「生贄の命、それも特別なものじゃなくてはいけないんだ。家の血筋で尚且つ爺ちゃん以上の力を持つ人間の命」


「清子さんの命をその妖魔に取られたとは考えられないの?」

「オラの爺ちゃんは数百年に一度と言われる程の天才退魔師だった。姉さんも強い退魔師だったけど、封印を解くには力不足だ」

「私も清子様から聞いたことがありましたが、封印が解けたなら、あの聖樹は真っ二つに割れてしまうそうです。けれどそんな変化もない以上、封印は解けていないでしょう」


「そうなの……」

 あと少しでなにか掴めそうなのに、もやもやして手が届かないような心境だ。


「けれどその推理は真相に近いかもしれませんよぉー!」

 頭上から突如聞こえてきた声の主が、ぴょこっと一花の頭のてっぺんに着地する。

 もう姿を確認するまでもなく、乗せ慣れた重さでそれが誰か分かってしまった。


「昴ちゃん!」

「一花さんったら、ひどいですっ!!」

「いてて、なになに急に」

 突如現れたかと思えば、一花の頭上でぴょんぴょこと昴が暴れている。


「いつぼくに助けを求めてくれるのかと待っていたのにっ、ずっと待ってたのに! いつまで経っても呼んでくれないし。いつの間にか小五郎さんたちと仲良しになってるし。ぼく、ぼく本当にお邪魔虫なんですかぁ、用済みですかぁ」


 どうやらピンチの時に一花が「助けて昴ちゃん」と縋ってくるのを待っていたようだ。そして颯爽と助けに入るつもりだったのだろう。


「そんなことないよ。わたしはただこれ以上昴ちゃんを巻き込みたくなくて」

「今さら変な気を使わないでください」

「えぇ!? だって、さっきは昴ちゃん色々後悔してるみたいだったし」

 掌に乗せると、宝石みたいな瞳を潤ませている昴がいた。


「それは、ぼくの覚悟の至らぬところで、でも、あなたと離れて気付きました。やっぱりぼくはあなたをほうっておけないんです。離れていても気になってそわそわしてしまいます。でも、あなたはぼくなんかが心配しなくてもやっていけるぐらい十分強い人で、だから、だから……ぼくはあなたを信じることに決めました!」


「昴ちゃん」

「あなたが今やっている自分の行いを後悔しないと決めているなら、ぼくはそれを信じて付いて行きます。その先に、あなたの笑顔があると信じて」


 不覚にもヒヨコの言葉に胸を打たれた。

 じ~んと心が震えてなんだか泣いてしまいそうな気持ちになるけど、一花はその涙をぐっと堪えて顔を上げる。


「よし、わたしを信じてついてきて!」

「はい! どこまでも!」

「あらあら、お二人ともなんだかお似合いです」

「うん、一花さんのほうが男勝りな気もするけど」

「そんな、そんな。そうですかねぇ~。えへへ」

 二人の言葉を否定しようとしたが、昴はなんだか満更でもなさそうに頬を赤らめている。

「ちょっと、さすがにヒヨコとお似合いはないでしょう!」


 複雑な想い半分、照れ隠し半分で掌の上の昴を握りしめると、昴は赤から青い顔になって「きゅぴっ」と唸った。


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