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二十六話 届かない声

 村人たちは農具の鎌など武器を握りしめ雅の後に続いて一花と暁斗を遮る壁の様に並ぶ。

「ついにこんな時間から村を襲うようになったか」

 沢山の村人を従えて暁斗と向き合う雅の姿は、まさに勇者の名が相応し凛々しさがあった。


 でも違う。暁斗はなにもしていない。今までのことは証言してあげられないけれど、今回の事件は違う妖魔の仕業だと現場を目撃していた一花は胸を張って証言できる。


「違います。村を襲ったのは暁ちゃんじゃありません!」

 他のこの場から逃げ出した村人たちだって、違う妖魔が襲ってきたと証言してくれるはずだ。一花はそう思っていたのだが。


「仲間の妖魔まで連れて来て、なんて恐ろしい」

「なっ、暁ちゃんはそんなことしてません!」

「今すぐにでも始末してしまいたいところだが、村長からは生け捕りにするようにとの命令だ。とりあえず動きを封じて捕まえよう」


 誰も一花の言葉に耳を傾けようとはしない。

 暁斗は舌打ちをすると自分を捕まえようとする村人たちに攻撃しようとしていたが、見過ごすわけにはいかない。

 今ここで村人を傷つけたりしたら、もう彼は無実ではいられないから。


「暁ちゃん、だめ!」

 一花の声に暁斗の動きが止まった。

「皆さん、聞いてください。彼はなにもしてません! 今だって村を襲った妖魔からわたしを助けてくれただけです!」

 一花の方を向いた村人たちが、なんだこの娘はと噂する。


「あの子は……この前、小五郎の代わりに妖魔に攫われてた娘じゃないのか?」

「無事に戻ってきたのか……いや、この娘も妖魔の仲間にされたに違いない」

 村人たちの一花を見る目が、不気味なモノ恐ろしいモノを見る目付きに変わる。


「違う。彼女はそこの妖魔に術を掛けられているだけだ。仲間ではない」

 雅はそう言って攻撃的な村人の視線から一花を庇ってくれたようだったけれど、村人にとってはそんな理由どうでもいいのだ。

「操られてるなら、事情はどうあれ彼女も妖魔の仲間じゃないか」

「恐ろしいっ」

「暴れないうちに始末してしまいましょう」


 小娘ならば皆で袋叩きにすればどうにかできると、大の男たちが鎌を構えて一花の方に近づいてくる。


「っ――」


 くやしいけれど、今自分の声を聞いて信じてくれる者はいないのだと理解した。

 そして、どんなに無実だと叫んでも、誰にも信じてもらえなかった暁斗の気持ちも。

 皆、自分と自分の大切な人だけを守るため、疑心暗鬼になっているのだ。


「やめなさい。彼女はっ」

「ソイツはオレの仲間じゃない!」


 雅もなにか言おうとしていたが、それよりも暁斗の声の方が大きく響いた。

「なんの役にも立たないそんな女、仲間にするわけないだろ」

「ほう……では、認めるのかい? ここ最近の事件も、今日村を襲ったのも、全て自分一人でやったことだと」

 雅が村人たちに聞こえるように大きな声で問う。この状況でそんなの卑怯だ。


「違う! 暁ちゃんはなにもやってない!」

「あの娘、妖魔を庇うなんて正気の沙汰じゃない。やはり、操られているのか」

「そうだねぇ……可哀相だけれど、言う事を聞いてくれない悪い子は捕えるしかないか」

 雅がわざとらしい憂い顔で指示を出すと、村の男が二人掛かりで一花の両腕を掴む。


「やめろ! そいつは仲間じゃないって言ってるだろ!」

「妖魔の言葉なんて信用できない」

「……そいつは仲間じゃない……全部、オレ一人でやったことだ!」

「っ!?」


「それは、今までの事件も全て、キミがやったということだね。暁斗」

「――だよ」

(なんで……やめて、暁ちゃん)


「なんだい、聞こえないな」

「そうだよ! 全部、全部、オレ一人でやったことだ。ソイツは関係ない。だから、その女に手を出すな!」


(バカ。バカバカバカ!!)


 一花は泣きそうになって顔を顰めた。

 ここでそんなことを宣言しちゃったら、無実を証明しようとしていた計画が台無しだ。

 そしてなにより、暁斗は一花を庇って言ったのだと伝わってきて胸が締め付けられる。


「よし、罪を認めた」

 雅は腰に携えている退魔の刀に手を伸ばし、すぐにでも斬りかかりそうな勢いだったが、村長の元へ連れて行くというのが依頼だったことを思い出し寸での所で手を止める。

「連れて行け」

 雅に顎で指示された村人たちは、二人掛かりで暁斗を捕縛し連行してゆく。


「やめてっ、暁ちゃんはなにもやってない!」

「おい、嬢ちゃん暴れんな」

「……その娘も妖魔とは別の場所へ入れておくんだ。操られている術を、ボクが解いてあげなくてはいけないからね」


 雅の指示で一花も暁斗とは逆方向へと引き摺られてゆく。

 一花は足をバタつかせ、精いっぱい抵抗した。

「暁ちゃん、逃げて! 暁ちゃんはなにもやってないのにっ!」

 暴れる一花とは違い、大人しく連行されてゆく暁斗は、一度だけ立ち止まると顔だけ一花の方へ向けた。


「もう、いいよ……オマエも、オレの言う事なんて信じなくて」

「なんで、そんなこと」

 暁斗はもうなにも言ってくれなかった。静かに一花とは真逆の道を歩き、どんどんその背中が遠くなってゆく。


「わたしはっ、こんなことのために、あたなに会いに来たんじゃない!」


 こんなの違う。望んだ未来じゃない。

(それとも、もう未来は変えられないってこと?)

 どんなにあがこうとも、これが、今の自分と暁斗に与えられた定めなのだろうか。


「いやだよ、暁ちゃん。こんなのやだ……」

 一花の頬をたくさんの涙が伝う。

 自分が死ぬと聞かされた時だって涙は流さなかったのに。


 自分次第で未来はきっと変えられるんだって信じてた。

 信じたかった……けれど、そんな最後の希望さえ、たった今打ち砕かれた気がした。


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