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二十四話 わたしと彼の関係

 小五郎が立ち上がってくれたらきっと、事態は違う方向に動いてくれる。

 一花はそう期待したのだけれど、小五郎の表情は、なぜかまた曇ってしまった。


「そんな、そんな大それたことオラにできるわけない。やっぱり。一花さんはあの妖魔に惑わされているだけだ。あいつがオラの姉さんを奪った極悪非道な妖魔なんだ!」

「お願い、決めつけないで」


「だって、あいつが姉さんを灰にしなければ、こんなことにはなってないのに!」

 大きな拳を地面に叩き付ける。今にも泣きだしてしまいそうに震える声音に、一花は同情しかけていたのだけれど。


「姉さんがいないと、オラは一人だ。姉さんがいないと、オラはなにもできない。姉さんがいないと、オラが退魔師として働くはめになる。姉さんがいないとっ……この村の平和がオラの細腕に全て。アイツさえいなくなれば、オラがこんな危険な役目を背負う羽目になんてならなかったのにー!」


「その腕のどこが細腕よ!」

 聞いていられない身勝手な言い分にしびれを切らし、細腕と言い張るガタイのいい肩を押してやったら、あっけなく大きな身体がひっくり返る。

 弱すぎる。その弱さは心の弱さの表れのようだった。


「そんなこと言って、暁ちゃんが犯人じゃなかったら、どう落とし前付けてくれるの?」

 一花は起き上がろうとした小五郎を押えて、彼をそのまま見下ろし啖呵をきった。

「お、落とし前!? あの、おおお、お命だけは、お助けくだせい」

「どうしよっかな~」

「ひぃぃ」

 昴と違って怯えた顔も可愛くない。


 その時、ふと小五郎の胸元に光る勾玉のペンダントが視界に入った。

 一花は思わず服の上から自分の勾玉を握りしめ確認する。

 祖母からの形見の品は、ちゃんと自分の胸元にあった。世界に一つしかないはずの代物だ。


「ねえ、その勾玉のペンダントって」

「こ、これは姉さんの形見で。オ、オラの家に伝わるものだ。代々、村の退魔師を引き継ぐものが受け継ぐことになってて、こんなものだって、オラ欲しくないのに~」

 一花は愕然とした。


 だって、つまり。それって……


(この人が、わたしのご先祖様ー!?)


 信じたくないが、このペンダントが動かぬ証拠だ。勾玉の石の中に特殊な加工で紋章が浮かび上がっているのだ。世界に一つしかないはずのそれが、今二つ揃っている理由などそれしか思いつかない。


 一花はわなわなと肩を震わせ深呼吸した後、もう一度小五郎の目を見た。

「……暁ちゃんが、本当の犯人じゃないって証明できたら」

「で、できたら?」

「お姉さんの時みたいに暁ちゃんの契約者になってほしいの」

「え?」


「もちろん、暁ちゃんが今後もこの村を守る事を望んでくれてたなら、だよ。あと、あなたにやる気があるならだけど。後継者として、お姉さんの意志を継いで、この村を守って」

「アイツの無実が証明されるわけっ」


 ダンッと音をたて、一花は小五郎の顔の横に手を着いた。

「ひぃっ、わわわ、分かった。責任を持って、暁斗の契約者としてこの村を守ってくー!」

「よし。嘘ついたら、ただじゃ済まないからね」

 笑顔で念を押すと、小五郎が強く頷くのを確認して、一花はようやく小五郎の上からどいた。

 その時だった。


「ぼっちゃま!」

 小屋の外から千世とは違う、少し年配の女性の声がする。

佳世(かよ)、来てくれたか」

 どうやら千世の母らしい使用人の登場だ。

 小五郎は自分を助けに来てくれたと思ったようで、ドアの前まで駆け寄ったが。


「村長たちがみえております。夕暮れ時を見計らい、村に妖魔が侵入してきたようでございます」

「な、なんだって!?」

 一花も驚いたけれど、小五郎も驚愕の面持ちだ。


「今、この村を困らせている妖魔って、うじゃうじゃいるの?」

 小声で尋ねると、小屋のドアを開けることなく立ち止まる小五郎も小声で答える。

「今はこの村を守る者が不在だし、土地を清める術も誰も補修してないから、最近妖魔たちが集まるようになってきて。下級妖魔ばかりだけども、このままじゃ……」


「ぼっちゃま。皆、貴方様が駆けつけてくださるのを待っているのですよ」

 これは行かなきゃいけない時だ。

 一花はドアの前で苦悩する小五郎の背を押してあげようと思った。けれど。


「い、行かない!」

 一花はぽかんと口を開ける。

 だって彼があまりにも勇ましい顔つきと声で、全てを見捨てる覚悟を決め込むから。


「オラは行かないぞ!」

 なにを堂々と仕事放棄してるんだと、ツッコミを入れたくなったけれど耐える。

「ですが、最近ではずっと小屋から姿も見せず、村の者たちもさすがに不審がっております。清子お嬢様のいない今、ぼっちゃまがしっかりとこの家を支えてくださらないと。村人たちの信頼も全てあの新しくきた退魔師に向いてしまいかねません」


 佳世の心配はもっともだ。

 でも小五郎はドアの前で地団駄を踏んでごねている。

「でも、だって、妖魔がいっぱいいる場所に行くなんて……怖いじゃないか!」


「ぼっちゃま。貴方だって清子お嬢様ほどではなくとも、幼い頃から退魔師の訓練を」

「行かないったら行かない。それに、オラだってなにもしてないわけじゃない。生贄を出したらどうだと助言もしたし、自ら女装して生贄になりかけた。随分と身体を張ってるんだ。これ以上はしない! 十分だ!」


 千世や佳世にはこの男がどう映っているのか知らないが、一花にはもうダメ男にしか見えない。


「ですがぼっちゃま。今日は月に一度の市の日。あの場所を襲われては村の被害が膨大に」

「大変。千世さんがさっき張り切って買い物に出掛けたの。もしかしたら、その市に千世さんも」

「なんだって!? 千世が!!」


 反射的に身体が動いたのか、小五郎は扉を開けて飛び出そうとした。

 一花もその後ろに続くつもりだったのに、小五郎がやっぱりだめだと立ち止まるものだから、彼の背に顔面をぶつけた。


「もう、行くの、行かないの?」

「行かないったら、行かない。だって……怖いんだから、仕方ないじゃないかぁ」

「もう、ダメ男。わたし、恥ずかしい!」

「なんで急に一花さんが照れるんだよ」

「照れて恥ずかしいんじゃないです!」

 こんな男が自分のご先祖様だということが恥ずかしいんだと、心の中で叫ぶ。


 そして誰のために千世が買い物に出掛けたと思ってるんだと言いたいところだけど、彼女が出掛けるようにしむけたのは自分にも責任があるわけで、そこはちょっと堂々と責める気にはなれなかった。


「もういい。わたしが行ってくるから、場所だけ教えて」

「えぇ、一花さんが。こ、怖くないのかい?」

「怖いよ! でも行く! 早く教えて!」

 本当は一花が行ったところで役立たずだし、小五郎がかっこよく現れて助けてあげたほうが千世は嬉しいに決まってるけれど仕方ない。

 千世になにかあっては後味が悪いし、ほうっておけないので、一花は小五郎に場所を聞くと小屋を飛び出す。


 ドアの外にいた佳世が驚いていたが、その横をすり抜け一花は走り出したのだった。


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