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十八話 覚めない悪夢と穏やかな朝

 誰かの呻き声が薄闇の中から聞こえてくる。

 暁斗は嫌な予感に胸がざわつき、その声がする方へ走り続ける。

 これは夢なのだと心の奥底では分かっていたが、それでも声の元へ駆けつけたくて。


「清子!」

 青白い顔色で倒れていた娘を抱き起すと、彼女の血の臭いが鼻についた。


「ごめ、んなさい……ごめんなさい、暁斗」

 血濡れた彼女は朦朧とした意識で薄目を開き、絞り出すような声で謝ってくる。

 何度も、何度もだ。

 守ってやれなかったのは自分の方なのにと、そのたびに暁斗は胸を痛めた。


「誰が、オマエにこんなことをっ」

「私が、悪いのです……唆された、私が」

「もうしゃべるな、早く手当を」

「いいえ、もうだめよ」

「なに言ってるんだよ! ばあさんになるまで、現役でこの村守るだろ!」

「もう、だめよ。ごめんね……暁斗、どうかこの村を見捨てないで。私がいなくなっても、この村を、私の家族を守って……あいつ、から」

「アイツって誰だよ。おい、清子!」


 それが彼女の最後の言葉だった。

 風に攫われるように、清子の身体は灰になって消えてしまった。


「なにをやっているんだ、暁斗……」

 寝癖をつけた小五郎が、姉の灰となって消える瞬間を目撃し、青ざめ立ち尽くしている。


「オラの姉さんになにをしたんだ!」

「違う、オレじゃない。犯人はおそらく、まだ近くに」

「裏切ったんだな、オラの姉さんを! よくも!」

「違う!」

 違うんだ。犯人は別にいる。何度も何度も訴えたのに、誰も耳を傾けてはくれなかった。


 裏切り者。

 化け物。

 恐ろしい妖魔め。


 清子と一緒にいる時は、いつも頼ってきた村人たちの誰一人、暁斗の言葉を信じてくれることはなかった。

 都合のいい時だけ利用して、心の底では自分は誰からも信用されていなかったのだと思い知らされた気分だった。


 何度も村を捨ててやろうと思った。でもその度に、同じこの夢を見る。

 そして夢の中の清子が、この村から背を向ける事を許してくれない。


 ――暁斗、どうかこの村を見捨てないで。私がいなくなっても、この村を、私の家族たちを守って。


 その言葉が暁斗をこの村に縛り付ける。

「もう、疲れた。なにもかも。誰も、オレのことなんて」


『信じるよ』


 どこからか声がする。何も知らないくせに、信じるなんて軽々しく言うな。

「嘘だ。オマエだって腹の底では、オレが妖魔だからと疑ってるんだろ!」


『わたしは、暁ちゃんの味方だよ』


 嘘だ。信じちゃいけない。そう思うのに。あの人の手を振り払えなかったのはなぜだろう。



◆◆◆◆◆



 二人で真犯人を捕まえようと決めた翌日。

 昴と一緒に朝食の焼き魚を用意した一花は、起きてこない暁斗を起こすため洞窟の奥にある彼の寝床へ足を踏み入れた。

 暁斗の作った鬼火が暗闇をぼんやり照らしているのを頼りに近づくと、眉間に皺を寄せた暁斗がうなされていることに気付く。


「うそ、だ……信じる、もの、か」

 目の端に光るものが見えた。

「泣いているの?」

 村娘たちを灰にした濡れ衣を着せられている暁斗は、誰にも信じてもらえない中で、自分も誰かを信じる事をやめてしまったのかもしれない。

 そう思うと一花の胸まで苦しくなってきて、早く真犯人を捕まえなくてはと思う。


「あなたは、わたしが守るから」

 退治なんて絶対させない。たとえ勇者様に刃向うことになってもだ。


「……ん」

 一花に何度か頭を撫でられた暁斗は、目を覚ましハッと人の気配に気づいたようで、勢いよく起き上がると警戒心を剥き出しにした目つきでこちらを睨みつけてくる。

「今、なにしようとしてたの」

 いつ命を狙われてもおかしくない状況で、まだ自分の事も信用してくれてないのだろうと察した一花は、空気の読めない笑顔で答えた。


「寝顔が可愛かったから、ちゅうしようとしてた」

「は?」

 拍子抜けした表情を見せた後、僅かに頬を赤らめた暁斗が口元を押え、軽蔑のような眼差しを送ってくる。

(ちょっと場を和ませようとしただけなのに、そんなに嫌がらなくても……)


「やだな、本気で警戒しないでよ。軽い冗談だよ」

「オマエならやりかねない気がする」

「ひどい。暁ちゃんの中のわたしって、そんなに節操なしなの!?」


「はいはいはい~、そこまでです。ごはんの時間ですよ~」

 二人の間に昴が飛び込んできたので、一花たちは言い合いを止め朝食を食べる事にした。

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