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十二話 ちっちゃなナイト

「きゃあ!?」

 一花の悲鳴が洞窟を出てすぐの森にこだました。

 その声に驚いた小鳥たちが澄み切った朝の空に飛び立ってゆく。


「さっきからなんの騒ぎ……うるさくて、耳障り」

 不機嫌な顔をした暁斗が、奮闘している一花の姿をみてぎょっとした表情になる。


「なにを……持ってるの?」

 にゅるにゅる。にゅるにゅる。

 一花の両手からは、黒光りするぬめった感触の細長い生き物が、逃げ出そうと体をくねらせ暴れていた。

「あっ! (あき)ちゃん、おはよう!」

「暁ちゃんって呼ぶな」

 不服そうに眉を顰めた暁斗の反応はスルーして、一花は手に持った謎の生物を笑顔で掲げて見せる。


「暁ちゃんに食べてもらおうと思って。そこの川で泳いでた魚(?)捕まえたんだけどね、きゃあ!?」

 つるつると滑る食材と朝から格闘中なのだ。

「……それ、魚なの?」

 先程まで一緒だった昴といえば、この生物の動きが気持ち悪いと涙目になったまま、近くの木の枝に逃げこちらに近づいて来ようともしない。


「川で泳いでたんだから魚じゃない? 待っててね。今、なんとか美味しい朝食を」

「……いらない」

「え~……やっぱり、若い子には魚より肉?」

「ぴぃ!?」

 木の上にとまる昴に視線を移したら、昴は涙目で怯えた。

 ほんの冗談なのに……


「なにもいらない」

「良い子は早寝早起きして、ごはんもしっかり三食とらなくちゃ」

 

「……はぁ。あのねぇ、妖魔は夜に本領を発揮するものだし。早寝早起きとかバカなの?」

 暁斗はそれだけ言うと、洞窟の中へ戻ってしまった。

「えぇ、じゃあこの朝食、わたしが独り占めしちゃっていいの?」

 うねうねと手の中で暴れるそれを見つめながら、一花は溜息を零す。

(ちぇ……美味しいご飯でお腹一杯になって、人間を食べないようになればいいのに)



◆◆◆◆◆



 結局その後、昴がその魚は気持ち悪くて食べれないとごねた為、魚を川に戻して洞窟近くの森で横に倒れていた木に腰を下ろし、昴と一緒に野いちごを食べながら一息つくことにした。


「ねえ、どう思う?」

「どうと言うのは? 野いちごの感想でしたら、とっても美味」

「違うよ。暁ちゃんのこと」

 ヒヨコ容姿なのに、リスみたいに頬を膨らませて野いちごを頬張る昴を膝に乗せながら、一花は思案の真っ最中だった。


「なんとか人間を襲う理由を教えてもらえないかなって」

「どうでしょうねぇ」

 野いちごに夢中の昴は、一応の相槌を打ちつつも食べ続けるばかりだ。

「う~ん……あ、そうだ!」

「わぁ、ななな、なんですか!?」

 急に立ち上がった一花の膝から昴が転げ落ちたけれど、ケガはないようなので気にしないことにする。


「こんな回りくどいことしないで、雅さんにこの村から出てってもらえばいいんじゃない?」

「また突然ですね」

「だって勇さんのご先祖様が暁ちゃんを倒したばっかりに、わたしの未来はなくなってしまうんだもの。雅さんがこの村から出てってくれれば、運命は元通りなんじゃないかな」

「それは、どうなんでしょうかね。根本的な解決にはなるのでしょうか」

 なにか言いたげだった昴の様子には気付かず、そうと決まれば雅を探そうと一花はずんずん森の中を歩き出す。


「一花さん、待ってくださいよぅ」

 小さな羽を忙しなく動かしながら昴が後をついてくる。

 雅がいそうな場所といったら、やはり今はお伽村の中だが……。

 急ぎ足で歩きながらふとあることに気が付いた。昴が追い付き一花の左肩にとまった所で足を止める。


「どうかしました?」

 急に勢いをなくした一花に昴が首を傾げた。

「ここ、どこだっけ? お伽村ってどっち?」

「…………」

 さわさわと木々がざわめく音と、遠くの方から聞こえてくる小鳥の囀りだけが耳に届く。

 二人の間を包む無言と言う名の静寂が、どちらも現在地を把握できていない状況だと伝えていた。


「……まあ、いっか。とりあえず前に進もう」

「だだ、だめですよぅ。遭難した時は、無暗に動いちゃいけないって人間界の常識じゃないんですか?」

「でもここでじっとしてても意味ないし」

「誰かが助けに来てくれるまでじっとここで待つべきですよぅ!」

「助けに、ねぇ。来ないと思うな、永遠に」

 だってここは親しい知り合いもいない過去の世界。一花の姿がないからといって、誰も心配しないし探しにもこないだろう。


「そそそ、そんなぁ。どうしたらいいですかぁ」

「もう、天使のくせに、迷子ぐらいで慌てないの。大丈夫……数日は持つよ、非常食もあることだし」

「ななな、なんでぼくを見て非常食言うですかぁ!?」

「ん~、別に~。このぽっこりお腹には、さっきの野いちごがたくさん詰まってるのかなって」

「びえぇぇぇん、ぼく天に帰りますぅ」

 掌にのっけて膨れたお腹を指で撫でたら、震えあがった昴が泣き出した。


「冗談だってば、泣き虫なんだから……可愛過ぎて、もっと意地悪したくなっちゃう」

「変態、変態! 意地悪が好きなんてダメ人間です~」

「変態とは失敬な。ちょっと昴ちゃんの泣き顔みるのにきゅんとして、くせになっちゃってるだけだもん」

「それが変態なんですぅ! 自覚なしですか! 一花さんは天然ドSですか!」


 昴とのそんなじゃれあい(?)に癒されていたところ、静かな足音が近づいてくる気配がして一花は口を閉じた。

「一花さん、いざとなったらぼくが時間稼ぎをするので逃げる準備を」

 昴は一花の頭に乗っかると静かに辺りを見渡し警戒する。

 今まで泣きべそを掻いていたくせに、急に大人びた声でこんなことを言うなんて、なんだか一丁前だ。


 ちっちゃなナイトだけど、この世界では唯一の味方なんだと実感する。でも、守ってくれようとするその姿に、ちょっぴりじんときて心強いなと思ったのは、昴には秘密だ。

「……ありがとう。でもね、気持ちは嬉しいけど、逃げる時は一緒だよ。昴ちゃんがいなくなったら、わたしが困る」

「一花しゃん、わぁっ」

 一花は昴を守るようにワンピースのポケットの中に隠すと、ぐっと拳を握りしめ向こうから近づいてくる気配に目を凝らした。






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