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十一話 王子様が可愛くありません

「で?」

 凸凹した岩の壁に囲まれた薄暗い洞窟の中。

 暁斗の術で作ったいくつかの鬼火がぼんやりと一花を照らし、彼はこちらを見てくる。

 相変わらず感情の薄い子供らしくない表情だが、僅かに呆れたと言いたげな感情が半眼になった目から伝わってきて少しだけ居たたまれない。


「でって言われても」

「なんで寝床まで普通についてくるの? なに企んでるの?」

「ここが寝床なんだ……」


 住み心地が悪そう……という考えが表情に出てしまったのか、暁斗が不機嫌そうな顔になったので、一花は慌てて言い繕う。

「だ、大丈夫だよ! わたしが今暮らしてる家も隙間風がびゅうびゅうだし、狭いし雨漏りするし。だから洞窟暮らしになっても耐えられるっていうか、嫁げば都的な」

「一花さん、それを言うなら住めば都ですよ」

 昴にツッコミを入れられながらも、一花は将来の嫁ぎ先がここでも耐える自信があるとアピールしたつもりだったのだが。


「なんで一緒にここに住む気になってるの」

 子供らしくない静かな声音。

 怒鳴られるより強い拒絶の意思を感じて居心地が悪い――が。

 一花はそんなことを気にしている繊細な神経など未来の世界に置いてきた。

「もちろん住む気でいるよ」

 だって暁斗が雅に退治されないよう、四六時中護衛する気満々だ。


「……は? ふざけてる?」

「まさか、大真面目だよ!」

 やっぱり険悪な雰囲気の中睨まれると、ちょっぴり身が竦む。だって見た目子供とはいえ、村中を怯えさせる妖魔を怒らせたらやっぱり怖いし。それでもここで引く気はなかった。


「なにが目的か知らないけど、直ちにここから消えろよ」

「いやです。それに、わたしいきなり来たから一文無しだし、宿も取れないし」

「バカじゃないの。なんで自分から、人喰いって言われてるオレの寝床に泊まりにきて……ああ、そうか。分かった」

 暁斗の顔から呆れの表情がすっと消え全てを見透かしたかのように冷たい目を細める。

 一花を威嚇するように。


「お姉さん、退魔師? バカな女ぶって、オレを油断させて寝込みを襲って殺す気だ。隙でも突かなきゃ、人間ごときにオレを退治するのは不可能だしね」

 ふんっと人を小ばかにするような態度をされた。

(か、可愛くない~!)

 子供のくせに大人びた態度をしてくるのも可愛くない。

 本当にこんな可愛げのない子が自分の運命の王子様なのかと納得がいかない。

(わたしだって、人を襲う妖魔の彼氏なんて本当は欲しくないんだから~!)

 けれどここで投げ出すことはできない。したくない。


「退治なんてしないよ」

 一呼吸置いて冷静な態度を保ちつつ暁斗と向き合う。

 薄暗い中で絡ませた視線は、一花を少しも信用する気はないのだと、射抜くように攻撃的なものだった。


「わたしは、あなたを倒すためにここにいるんじゃない」

「そんな口先の言葉、信じるとでも?」

「聞いて。わたしは、あなたを良い妖魔に教育し直すためにここにいるって決めたの!」

「はぁ!?」

 運命の王子様が極悪非道の妖魔だなんて冗談じゃない。ここは、子供のうちにその性根を正して自分好みの爽やか好青年に育ててしまえばいいのだ。などと、やけくそ気味の一花は思った。


「悪い事ばかりしてると、そのうち勇者風情の退魔師にやられちゃうんだよ。だから、良い妖魔になって退治されないよう更生しよう! そして欲を言えば、笑顔の似合う爽やか紳士な好青年にっ」

「お姉さん、頭大丈夫? だいたい、オレが簡単にやられるわけないし」

「それがやられちゃうんだってば」

 やられないでくれてたら、わたしはこんな面倒なことに巻き込まれてないんだよ。とは言えない約束なので、勢いで言い掛けた言葉をなんとか堪える。


 この世界に飛ばされている時、マーブル模様の渦の中。時空の狭間で昴が言っていたのだ。

 人の身で過去に戻り影響を与える行為は禁じられているのだと。

 ただし今回は元々の運命を取り戻すという名目で、辛うじて許されることを願いつつ昴は協力するのだと。

 そんな中、自分が未来から来て、この先で起こることを知っているなんて暴露はご法度。

 歯痒いけれど、一花に許されるのは過去の住人たちが本来の道に戻れるよう、その行動を起こす道しるべとなるような手助けのみだと。


(どこまでが手助けで許される範囲か、めちゃくちゃ微妙だけどね)


「なにを企んでるのか知らないけど、これ以上騒ぐつもりなら」

「ま、待って。村の人から聞いたよ。あなたは退魔師と村を守ってくれていた妖魔だって。なのにどうして人を裏切ったの? どうして人殺しなんて」

 いきなり触れていい話題ではないかもしれない。けれど今は一秒だって無駄にしている余裕はないし、勇気を出して踏み込んだ。


 今度こそ声を荒げるかと思ったが、暁斗は怒鳴ることもなく少しだけ見せていた感情をまた消してしまった。

 なにも感じない、伝える意思もない。そういった覇気のない瞳。

 一花を拒絶し心を閉ざしているのが分かる。

「聞きたい事はそれだけ? 答える義理はない。失せろ人間」


(そうだよね。いきなり初対面で心を開いてくれるわけないよね)

 分厚い氷の壁でもありそうな一花と暁斗の心の距離に、一瞬は怖気づきそうにもなった。

 だが気弱な自分を奮い立たせる。

 この冷たい空気を読んでいる場合じゃない。今は空気の読めない自分でいなくては。


「じゃあ、義理をつくれば話してくれるよね」

「は?」

「話す義理はないって言われちゃったから、これから恩着せがましくも、あなたに義理を感じさせるようにがんばるから」

「……オマエ、やっぱ正真正銘のバカ?」

 子供らしくないクールな反応が返ってきたけれどめげない。


「義理ができたら、人間を裏切った理由を教えてね。そしてどうやって罪を償うべきか、退治される以外の道を二人で一緒に考えよう」

 バカじゃないの。なに企んでるの。頭おかしんじゃない。

 暁斗は冷たい言葉を連呼する。完全に一花は警戒されている。

 でも、まだ諦めない。後悔しないように。自分に残された最後のチャンスを精いっぱい生きるって決めたから。


「とにかく。今日からここでお世話になります。一花です。よろしくね」


 笑顔で手を差し出したら、暁斗は毒気を抜かれた顔をしてから、うんざりと一花に背を向けたのだった。




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