彼の器
美しい花が咲き誇る広大な大地。
その大地の一角で、一人の幼女が紫色の長髪をいじりながら、自室で魔法の練習をしている少年を観察していた。
その少年は数多の才能に好かれ、幼女が作った器さえも壊してしまったという前世を持っているイレギュラーな存在。
今世では、ルナ・ウィンデールという名前を授かっている。
「はぁ……」
思わずため息が出る。
何よ……何なのよ!。
俺にとっての運命の女神って何なのよ!?
しかもカッコよすぎない!?
……ふぅ。
ちょっと興奮しすぎたわね。
最初は信じられなかった。
だって私が作ったはずの器が壊れたのよ?
女神であるこの私が作った器が!
でも、本当に壊れていた。
そう、あの時―――
「ふふふーん、ふふーん」
私はいつものように器を作っていた。
「……ん?」
突然、空間が歪みだす。
その歪みの中から出てきたのは――粉々に砕け散った器と、魂を持った才能達だった。
「なにそれっ!!」
才能達が器を見て、私は大声で叫んだ。
私が女神になって以来、こんな大声を出したのは初めてかもしれない。
「それに、その魂は……」
……才能達が言うには、私の作った器のせいでこの魂の持ち主は死んでしまったらしい。
なんの冗談かと思ってこの魂の持ち主の一生を覗いてみれば、地球にいる全ての才能達が彼に才能の種あげちゃってるじゃない!
これはもう、私の作った器のせいじゃなくて才能の種を渡し過ぎたあんた達のせいよ!
……なんて思ってた時もありました。
はい。
すいませんでした。
私の作った器が小さくて脆かったせいです。
才能達が私の頭をぺちぺち叩く。
えーと、それで……?
彼を転生させろ?
それはさすがに……。
えっ?
彼を転生させないならもう他の全ての人間に才能の種は渡さない?
待って、そんなことしたら人間滅びるよ?
問題ないって……。
あなた達には何の影響もないかもしれないけど、私にとっては大問題なんです!
はぁ……。
わかりました。
転生させます。
……それで。
今度は絶対に壊れない器を作れ?
当たり前です!
私にもプライドってものがありますから!!
それで作ってみたはいいものの……。
才能達にダメだしされました。
私は十分大きいと思うんだけど。
……なに?
私達も才能の種をあげるけど、転生した後の世界の才能達も絶対彼に才能の種をあげるからそんなんじゃまた壊れるって?
わかりました。
もうどうにでもなれ!
―――って感じで、新しく器作って転生させたの。
で、私にとっての想定外が二つ。
まず一つは彼が前世の記憶を持ったまま転生してしまったこと。
理由は多分、才能達が彼の魂に何か細工してたのね。
そしてもう一つ。
こっちが大本命。
……カッコいい。
赤ん坊の時は当たり前だけど、すっごい可愛かった。
問題はここから。
彼、成長していくにつれて自分の目を疑うくらいカッコよくなっていくの。
両親のいいところだけをくっつけた感じ。
才能達も絶対手を加えてる。
彼が教会に来た時、私は無理やり彼の意識を神界に引っ張った。
じゃないと会えないもの。
ちょっと悪戯してやろうと思い、彼の姿に変身する。
予想していた通り彼は鋭いツッコミを入れてくれた。
でも少し気になることがある。
彼の周りに才能達が引っ付いているのだ。
ここ、神界。
なんでいるの?
私が呼んだのルナだけだよ?
才能達もなぜ神界にこれたのかわからないらしい。
まあ、そんな些細なことは置いておいて。
それから私は前世で彼の身に起こったことを説明し、謝罪した。
彼は最初は怒っていたけど最後には苦笑しながらも許してくれた。
どうしてここまで少年がこんなにも才能達に愛されているのか、分かった気がした。
彼には万物を惹きつける魅力があるのだ。
私も今、彼に惹かれているのだろう。
もうどうしようもない、本能的に惹かれているのだから。
私は彼に加護を与えた。
ちょっとしたサービスも加えて。
あの加護は人間には癖が強すぎるものだ。
その気になれば悪魔にもなれる。
でも彼は決してそうならない。
私はそう信じている。
「あーあ。ルナってば何かに集中すると周りが見えなくなるんだから……」
美しい花畑の中で幼女は少年を見つめながら呟いた。
「ん?」
城の中の自室でくつろいでいた俺は身体強化を維持しながら探知を発動させる。
何か、ものすごい馬鹿にされたような視線を向けられた気がしたんだが……。
気のせいみたいだ。
俺は馬車の中で気絶した後、自分の部屋のベッドで目を覚ました。
起きた時、すぐ横にはリーラが椅子に座っており、俺が気絶した原因を教えてくれた。
「魔力切れです」
魔力切れとは、その名の通り魔力がを使い切ってしまい体内の魔力がなくなってしまうことだ。
魔力を使い切ってしまうと一時的にだが気を失ってしまうらしい。
俺は探知に魔力を使いすぎて気を失ったということだ。
でも仕方ないと思う。
子供はおもちゃをもらった時、我を忘れて、周囲の声も届かないくらい夢中になって遊ぶ。
それと一緒だ。
魔法というおもちゃを見つけた俺は、思わず夢中になってしまった。
だから魔力を使い切ってしまうまで遊んでしまった。
そういうことだ。
今は魔力を使いこなせるように訓練をしている。
常に魔力を意識することで自分の体の一部のように使えるようにしたいのだ。
そうすれば瞬時に魔法を使えることができる。
この世界は何があるかわからない。
備えておいて損はないと思う。
ゆっくりと魔力を高めていく。
体の中で渦巻く魔力を濃密に、綿密に練っていく。
自分の体が自分の体でないように思えてくる。
それほどの万能感が俺を包む。
「これが今の限界か……」
だんだん意識が遠のいていく。
魔力切れだ。
俺はまだ長時間魔法を発動させておくことができないようだ。
……まあ仕方ない。
まだ五歳だからな。
リーラも魔法を使い続けていれば魔力量は多くなると言っていたし、毎日こうやって訓練してれば一日中身体強化を使っていたとしても魔力切れになることはないだろう。
「本当にストイックですね」
どうやらリーラが部屋に入ってきたようだ。
だが俺はもう意識が途切れる寸前だ。
「それにしても……」
俺はリーラの言葉を最後まで聞けずに意識を失った。
リーラはベッドの上で意識を失っているルナを着替えさせ、寝かせる。
部屋を出てリーラが向かったのは国王が仕事をするための執務室だ。
大理石で作られている長い廊下を歩き、豪華な扉の前で立ち止まる。
そしてノックもしないで扉を開けて中へ入っていく。
部屋の中には国王のショーンと王妃のフーリがソファーに座っていた。
「あの魔力……とんでもない逸材だな」
ショーンが珈琲の入ったカップを置き、呟く。
「私とあなたの子よ? 当然じゃない!」
「それでもあの年であの魔力の濃さは異常だわ……」
興奮した様子のフーリの言葉にリーラが反応する。
リーラはショーンとフーリの古くからの友人である。
リーラは公衆の面前ではきちんとしたメイドなのだが今は違う。
誰よりもに信頼されており、唯一この二人とため口で話し合うことのできる人間なのだ。
「フーリも感じたでしょう、あの尋常ではない魔力を」
「まだ私の方が魔法に関しては上だし、大丈夫よ。それにルナは決して自分の力に酔って暴君にはならないわ」
「私もそう思っている」
フーリの言葉にショーンが同意する。
(はぁ……この親バカが……)
リーラは心の中で呟いた。