少女の選択
少女が目を覚ました。
最初はボーっとしていて寝ぼけているのかと思ったけれど、顔を近づけると「わっ!」という声を出して驚いていた。
どうやら寝ぼけているわけではなさそうだ。
少女が俺に手を握られているのに気づき、恥ずかしそうにしているのを見て俺は手を離す。
すると少女は大きな声で「離さないで!」と言ってきた。
俺が再び手を握ると安心したような顔をしたのでまだ休んでいるように促すと、気持ちよさそうに寝息を立て始める。
「リーラ」
俺は常に近くにいるリーラに声を掛ける。
「何でしょうか」
「少し考えたいことがある。この子が起きたら部屋に連れてきてくれ」
そう言って俺は宛がわれている部屋に戻った。
部屋にあるベッドに寝転がる。
いったいどうやってあの子は逃げてきたのだろうか?
俺は思考を巡らせる。
可能性の一つに、何者かがあの子の逃亡に手を貸した、というものがある。
俺は、この考えが一番可能性が高いと思っている。
あの子が自力で脱出した可能性は俺の中では皆無だ。
リーラはあの子が生きているのが不思議なくらいだと言っていた。
そんな子が自力で逃げ出せるのだろうか?
答えは否だ。
今度は逃亡に手を貸した者について思考を巡らせる。
俺はこれについては二択だと思っている。
一つは、この街の裏組織と敵対している勢力。
これは、恐らく父様がこの街に来ているのを知っている勢力だ。
そうでなければ、このタイミングであの子を逃がすメリットが少なすぎる。
まあこのタイミングであの子を逃がしたのも相当な博打だが。
もう一つはあの子の両親だ。
そしてこの考えが正しくても、正しくなくても、あの子の両親はもう……。
もしこの考えが正しかったとして、あの子がいなくなって真っ先に疑われるのは両親だろう。
そうなれば、その両親の結末は考えるまでもない。
「はぁ……」
天井を眺めながら、ため息をつく。
この問題は間もなく解決するだろう。
父様が本気で動いているのだ。
逃げ切れる人間なんて存在しない。
部屋のドアがコンコンとノックされる。
「ルナ様」
この声はリーラだ。
窓の外を見ていると、もう日が昇っている。
どうやらそのまま寝てしまったようだ。
俺はリーラに少し待てと伝え、部屋のタンスの中にある服に着替えてドアを開ける。
ドアを開けると、リーラと少女が立っていた。
「待たせたな」
俺は二人を部屋の中に入れる。
少女は俺の向かいのソファーに座り、リーラは紅茶を入れる準備をする。
「あ、あの……」
蜂蜜色の髪と瞳の気の弱そうな少女は、何やらおどおどしている。
「どうした」
「助けてくれて、ありがとうございましゅ!」
おい……噛んでるぞ。
だが、俺はここで野暮なツッコミはしない。
スルーだ、スルー。
「何の問題もない、困っている人がいたら手を差し伸べるのは当然のことだろう?」
「う、うん……それで……」
……どうしてこんなにしどろもどろなんだ?
「わたし、アミ―っていいます!」
「俺はルナだ」
「ルナちゃんですね!」
……ん?
「待て、今なんて言った?」
「えっ? ルナちゃんって言ったけど……」
ルナちゃん……。
俺は頭を抱える。
リーラはそんな俺を見て、プルプルと震えている。
おい……お前、本当にメイドなんだよな?
「アミ―……いいか? 俺は男だ」
「ええー!! そんなに綺麗で長い髪なのに!?」
アミ―が大げさに驚く。
そうか、この長い髪が原因か。
「これは母様に伸ばせと言われているから伸ばしているだけだ」
母様は俺の長い髪を梳かすのが好きなのだ。
俺も母様に髪を梳かしてもらうのが好きなので、今まで一回も髪を切ったことがない。
「へぇ……そうなんだ! いいなぁ……」
アミ―がどこか昔を思い出すように目をつむる。
「わたしも……ママに髪、梳かしてもらってたんだ……」
アミ―はぽつぽつと、あの路地裏に行きつくまでの出来事を語ってくれた。
アミ―の両親は、八百屋を営んでいて家族三人でそこそこ幸せに暮らしていた。
ところがある日、武器を携帯した男達が店に押しかけてきてアミ―の両親とアミ―を拉致した。
アミ―は両親と引き離され、どこかわからない薄暗い場所で仕事をさせられていた。
毎日、毎日、何か重たい物を運ばされ涙が出そうになったが、泣いたり声を発したら鞭で打たれるという環境にいたため、涙を流すことも声を出すこともできなかった。
そして昨日、見たことのない女がアミ―の両親を連れてアミ―の目の前に現れた。
アミ―は久しぶりに両親と話せて嬉しかったが、両親はいつもと雰囲気が違ったらしい。
そして両親に抱きしめられ、気づいたらあの路地裏にいたと。
この話を語り終えたころ、アミ―は大号泣していた。
パパ、ママと、両親を呼び続けていた。
「アミ―」
俺はアミ―の名前を呼び、俺の方に体を向かせる。
そして俺は、アミ―を強く抱きしめた。
「アミ―、お前は覚えていないかもしれないが……」
俺はアミ―の目に強い眼差しを向けて、
「俺がお前を守ってやる」
アミ―は目を点にし、ギュッと、さらに強く俺に抱き着いた。
「……落ちましたね」
リーラの小さな呟きは、ルナの耳には届いていなかった。
アミ―が泣き止むのを待ってから、俺は本題に入る。
「アミ―、城でメイドとして働いてみないか?」
「最初は見習いからですが」
リーラが俺の言葉に捕捉を入れる。
「お、お城? メイド? どういうこと?」
アミ―は状況を呑み込めていないようだ。
「だから、城仕えのメイドにならないかってことだ」
「でも、お城で働けるメイドさんって頭のいい人しかいないんでしょ? わたしなんかじゃなれないよ……」
「なれる。しかもアミ―がなりたいと思うなら今すぐに、だ」
アミ―にはもう帰る場所がない。
だから帰る場所を用意してやりたい。
「で、でも……」
このままではいつまで経っても答えないだろう。
だから俺は、少し強引な手を使ってみることにした。
「いいか? やりたいか、やりたくないかの二択だ。それ以外の選択肢は存在しない」
少し強めの口調で言ってみる。
「や、やりたい! わたし、お城で働きたい!」
「わかった。リーラ、後はよろしく頼む」
言質は取れたので、後のことは全部リーラに丸投げする。
リーラこそ城のメイド長。
メイドの中のトップなのだ。
「かしこまりました。アミ―、これからはビシバシとメイドの真髄の何たるかを叩き込みます。覚悟しておきなさい」
俺はアミ―の悲惨な今後を想像し、心の中で密かに謝るのだった。