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才能に愛されし者  作者: きんめ
第三章 人の美しさ、人の醜さ
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異常事態

 シュララマの街から然程離れていない森の中で、ミラは物言わぬ骸と化したゴブリンから魔石を取り出していた。



「うぇっ……吐きそう……」



 ゴブリンの死体から漂ってくる悪臭に、ミラは鼻を抑える。

 ゴブリンという魔物は生前もかなりの悪臭を放っていたのだが、解体して魔石を取り出そうとすると更なる悪臭がゴブリンの臓物から放たれるのだ。

 穏やかな自然の中で育ってきたミラにとって、ゴブリンの悪臭は衝撃的なものだった。


 因みにイザベラは風魔法を使って自分の周囲に風の断層を作っていて、自分がいる場所に悪臭の被害が及ばぬよう工夫していた。


 

「よいしょっ……」



 何体目かは分からないが、またゴブリンの魔石を取り出したミラ。

 ゴブリンの魔石は小さいながらも、塵も積もれば山となるという言葉があるように、数が多ければそれなりの有用性はある。


 例えば、街の至る所にある街頭の作製にはゴブリンの魔石が使われている。

 どの部分に使われているのかというと、一番重要な部分である光源の部分だ。

 魔石には魔力が蓄積されており、その蓄積された魔力を使って街頭は光を放っているのである。

 作製方法は魔道具ギルドが秘匿している為明らかになっていないが、ゴブリンの魔石が一役買っているのは確かな事実だ。


 

 一方イザベラは、必死にゴブリンの死体から魔石を取り出すミラの姿を微笑ましそうに眺めていた。

 

 ゴブリンの討伐、そしてゴブリンの死体から魔石を取り出すという作業は、冒険者なら誰でも行ったことのある作業だ。

 それこそ、今や天下に名の轟くSランク冒険者のイザベラもゴブリンの死体から魔石を取り出したことがある。

 きっと当時のイザベラも、今のミラのようにゴブリンの死体から放たれる悪臭に顔を顰めて解体を行ったことがあったのだろう。

 


「ふふっ、何だか感慨深いわね」



 穏やかな表情でミラのことを見守るイザベラの面持ちは、我が子の成長を見守る親のようだった。




 ◆◇◆




「こ、これは……」



 冒険者ギルドの中で、受付嬢が驚愕の声を漏らした。

 受付嬢の前には百を超えるゴブリンの魔石が無造作に置かれている。

 当然、ミラがゴブリンの死体から取り出してきた魔石だ。



「もしかして……この魔石はすべてあの森で?」


「もしかしなくても、あの森で斃したゴブリンから取り出した魔石よ」



 ミラの言葉を聞いた受付嬢が頭を抱える。


 ミラの報告通りならば、街から然程離れていない森の中に百を超えるゴブリンがいたということになるのだ。

 ギルドの見立てでは、森に巣食っているゴブリンの数は多くても二十。

 だが実際には百以上。

 誰がどう見ても異常事態であった。



「お怪我はありませんか?」


「大丈夫よ。全部弓で斃したから」



 受付嬢は背後に控えているイザベラに視線を送る。


 今のミラの対応をしている受付嬢はミラの冒険者登録の場に立ち会った受付嬢であり、イザベラがSランク冒険者だということも心得ていた。

 (ただ)、イザベラ本人からの頼みにより同僚などにはイザベラの正体を明かしていないのだが。


 受付嬢の視線を感じたイザベラは、受付嬢に向けて頷きを返す。

 即ち、ミラの言っていることは本当だと。



「……そうですか。すみませんが、少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


「あたしはいいけど……」


「私も問題ないわ」


「ありがとうございます。では、私の後に付いてきてください」




 ◇◆◇




 冒険者ギルドの長の部屋の中では、一人の男が書類の処理に追われていた。



「チッ、どうして俺がこんな雑務を……」



 男の体は巨大な筋肉に覆われており、その筋肉はどこからどう見ても書類仕事の為に鍛えた上げた筋肉ではない。

 寧ろ、魔物を殲滅するが為に鍛えた筋肉だと言われた方が納得できる程だ。


 事実、この男は叩き上げの冒険者である。

 Aランク冒険者、「ベリア・ベルアンガス」の名を知らない者はそう多くはないだろう。


 そんなベリアが何故シュララマの冒険者ギルドの長をやっているのか。

 理由は冒険者ギルド本部からの依頼である。

 本来なら断ることもできる依頼だったのだが、ベリアは個人的に冒険者ギルド本部の長に借りがあり、断ることができなかったのだ。



(あー、戦いてぇなぁ……)



 ペンを回しながら、天井を眺めるベリア。

 そんなベリアの耳に、扉をノックする音が聞こえてきた。


 

「すみません、異常事態です」



 若干の焦りを含む受付嬢の声に、ベリアは辟易とした表情になる。

 唯でさえ忙しいのに、面倒ごとを持ってこられても困るといった思いだったのだろう。


 大きな溜め息を吐いたベリアが「入っていいぞ」と声をかけると、受付嬢の後に続いて二人の人物が部屋の中に入ってきた。



(ッッ!? この女……とんでもねぇな)



 部屋に入ってきた片方の女性の立ち居振る舞いに、ベリアの背筋に汗が流れた。

 その佇まいから感じられる圧倒的な強者の匂い。

 恐らく自分よりも強いであろう女性を前に、いつの間にかベリアの口角は上がっていた。



「カーラ、俺の退屈を紛らわせる為の相手を連れてきてくれたのか?」


「違います」



 ベリアの口から漏れた言葉を、受付嬢は一刀両断した。

 


「ギルド長、シュララマから西へ十キロ程先に森があることはご存知でしょうか?」


「まぁ、それぐらいはな」


「先日、その森にゴブリンが巣食っているという情報が入り、冒険者ギルドはその森に巣食っているゴブリンの討伐依頼を張り出しました。そして先程、その依頼が達成されたのですが……」


「……何だ?」


「森に巣食っていたゴブリンの数が百を超えていたのです」


「なっ!? あんな森の中に百を超えるゴブリンだと!? ……成程、そこにいる女が殺ったのか」



 ベリアは鋭い目付きでイザベラのことを見たのだが、ベリアの意識外からその声は上がった。



「あたしよ」


「あ?」



 声を上げたのは、イザベラの腰の辺りまでしか身長がない幼女――ミラだった。

 





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