傷だらけの少女
俺は父様にあの少女を引き取りたい理由を説明した。
「あの子は、噂の被害者の一人でしょう。あのやせ細った体を見て、そう思いました。そしてあの子が望むというのであれば、俺はあの子を助けてあげたい」
あの子がもし噂の被害者だったとしたら、もう帰る場所はないだろう。
俺にはまだ力がない。
だけど、手の届く範囲にいる人だけでも助けてあげたい。
「ルナ……」
父様は俺の意見を聞き、小さく俺の名前を呼ぶ。
「恐らくルナは私の考えている事と同じことを考えているんだろうな」
父様が優しい顔で俺に語りかける。
「国王とて、全ての民に目を向け、助けることはできない。だがそれでも、手の届くところにいる者だけでも助けてやりたい。私はそう考えている」
父様は俺の座っているソファーに腰を掛け、俺の頭を優しく撫でる。
「私の考えは少数派だ。この国の貴族も、手が届くのに己の地位守りたさで民をないがしろにしている貴族が大半だ」
父様もいろいろ苦労しているようだ。
「ルナにはまだわからないかもしれないが、私の意思を継いでくれて嬉しく思う」
そっと包み込むように、父様は俺を抱きしめた。
その後も、父様と色々なことを話した。
リーラが厳しすぎるという内容を話したら、父様も「よくわかる」と言って俺を慰めてくれた。
そしてしばらくすると、扉がガチャっと開きリーラが入ってきた。
リーラにはあの少女の世話を頼んでいた。
まだ五歳といえ、俺が女の子の世話をするわけにはいかないだろう。
「あの少女は相当体を酷使していたようです。鞭のようなもので打たれた後もありました」
リーラの報告を俺と父様は黙って聞く。
「おそらく精神も不安定でしょう。あの年の子供には考えられないような生活を送ってきたものだと思われます。なぜ生きているのか不思議なくらいです」
そうか……。
危機一髪だったってことか。
「ルナ、よくやった」
「はい」
本当に良かった。
もし、俺があの視線を無視してたら……あの子は死んでいただろう。
父様はその視線に気づき、少女を保護した俺の事を褒めてくれている。
当たり前のことをしたまでだが、ここは素直に褒め言葉を受け取っておこう。
「これより先は私に全て任せなさい」
父様はそう言い、俺を部屋から退出するよう促す。
俺が動けるのはもうここまでだ。
あとは父様に任せよう。
俺は部屋から出ようとし扉を開けようとすると、すごい勢いで反対側から扉が開けられた。
開けられた扉の奥には、テロムク伯爵が額に汗をかきながら立っていた。
「王子殿下、この度は本当にありがとうございました」
テロムク伯爵が俺に礼を言う。
いったい何のことだ?
「王子殿下のご活躍によりようやく……」
「テロムクッ!」
父様はテロムク伯爵の言葉を強く遮る。
「テロムク、ルナにはまだ早い」
「も、申し訳ございません!」
テロムク伯爵が今度は頭を下げる。
あぁ……そういうことか。
多分、俺があの少女を保護したことで裏組織の尻尾が掴めたのだろう。
そして、ようやく裏組織の粛正に動ける。
確かに、五歳の俺にはまだ俺には早い問題だ。
「何のことかわかりませんが、失礼します」
俺はすっとぼけて部屋を出た。
部屋を出た俺は、リーラに案内されて傷だらけだった少女が眠っている部屋に向かった。
リーラが部屋の鍵を開ける。
部屋の中には、あの少女がベットで寝ていた。
リーラが体を拭いてあげたのだろう。
保護した時より体が綺麗になっている。
「……ぅう」
だが、少女はうなされている。
きっと何か恐ろしい夢を見ているんだろう。
俺はベットの横に腰掛け、少女の手を優しく握る。
小さく柔らかい手。
だが腕には紫色の痣が何個もある。
体にも同じような痣があるのだろう。
俺は眠っている少女に語りかける。
「遅くなってすまなかった」
先ずは少女に謝罪する。
吞気に散策していなければもっと早く助けられたはずなのだ。
「苦しかっただろう、辛かっただろう、けどもう大丈夫だ。俺がお前を守ってやる」
そう言うと、少女の俺を握る手が強くなった。
心なしか少女の顔色も良くなった気がする。
「ご立派です」
リーラが俺のことを称える。
「私からも、あなたに謝罪を」
そう言ってリーラは少女に向かって美しい礼をした。
……来ないでッ!
怖い男の人達があたしのことを追いかけてくる。
あと少しで、追い付かれてしまう。
またあの真っ暗なところで働かなきゃいけないんだ……。
誰か……助けて……。
あたしがそう願うと、真っ暗だった空から一筋の光が差した。
真っ暗な世界を照らすその光はどんどん大きくなっていき―――
『もう大丈夫だ』
どこからか、そんな声が聞こえる。
『俺がお前を守ってやる』
―――真っ暗だった世界を明るく照らした。
あの声を聞くと、自然と体がポカポカ温かくなってくる。
心地良い、安心できる声だ。
あたしは眩しい光の下でそっと目を閉じた。
ふんわりと、何か柔らかいものに全身を包まれたあたしはゆっくりと目を開ける。
先ず、見覚えのない天井が視界に入る。
「ここは……」
体を起こそうとするけど、痛くて起き上がれない。
「起きたか?」
誰かがあたしに声をかける。
声のした方を向くと、美しい銀色の髪を腰まで伸ばした綺麗な女の子が座っていた。
同じくらいの年の子かな?
あたしはその綺麗な女の子に見惚れてしまった。
「ん? 寝ぼけているのか?」
この子の声……どこかで聞いたような気がする……。
「おい?」
「わっ!」
綺麗な顔が近づいてきたので思わず声を上げてしまった。
「なんだ、起きてるじゃないか」
そう言うと、女の子の顔が離れていく。
ふと、自分の手を誰かに握られていることに気が付いた。
その手を辿っていくと、その手は綺麗な女の子の手だった。
握られている方の手に力が入る。
「ええと……その……」
言葉が何も出てこない。
「ああ、悪かった」
女の子はあたしに謝り、手を放してしまった。
なんでかわからないけど、女の子の手が離れた瞬間、あの恐ろしい光景が頭の中をよぎった。
「離さないで!」
あたしは必死に女の子に頼み込む。
女の子は一瞬キョトンとした顔をして、またあたしの手を握ってくれた。
ああ……暖かい。
「まだ疲れているだろう。ゆっくりと休みなさい」
そう言って女の子があたしの手を強く握る。
……気持ちいい。
この子に手を握ってもらうと、なんだか安心する。
あたしは眠気に逆らえ切れず、またゆっくりと目を閉じた。