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才能に愛されし者  作者: きんめ
第三章 人の美しさ、人の醜さ
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安らぎの揺り籠

 門を通過し街の中へ足を踏み入れたミラは、通りの真ん中で周囲に乱立している建物を眺めていた。

 

 ミラの故郷の建物は殆どが木で造られている。

 だが街の建築職人達が使用している建材の多くは煉瓦や鉄といったものであり、ミラには見慣れないものであった。



「堅いわね……」



 建物の壁を触り、呟くミラ。

 建物の壁は煉瓦で造られており、煉瓦はミラにとって未知の建材であった。


 その後もミラは周囲をきょろきょろと見回しながら街の中を歩いていく。

 そんなミラに訝しげな視線を送る者もいるのだが、殆どの者はすぐにミラから視線を外す。

 


「こんな果実もあるんだ……」



 ミラは露店の前で立ち止まり、まじまじと売り物である果実を眺める。

 そんなミラの姿を視界に捉えた店主は、背伸びをして果実を眺めているミラに声をかけた。



「嬢ちゃん、一つ食ってみるか?」


「えっ、いいの?」



 店主から声をかけられたミラが驚きの声を上げた。

 ミラは故郷の森の外――外の世界の常識には疎いが、物を貰うには対価となる貨幣が必要なことくらいは知っていた。

 だが店主の物言いから察するに、ミラは貨幣を払わなくてもいいようなのだ。



「食いたいんだろう? そんなに物欲しげな顔をされてちゃ、やらねぇわけにはいかねぇだろ」



 言いながら、店主が果実の皮を剥いてミラに渡す。

 果実を渡されたミラは、店主の様子を見ながら恐る恐るといった感じで果実に口を付けた。



「…………美味しい」


「ハッハッ! それは良かった!」



 ミラの口から漏れた言葉を聞いた店主がはつらつとした笑みを浮かべた。

 ミラは店主から渡された果実を小さな口で黙々と食べる。

 

 果実を食べ終えたミラは、店主に向かって頭を下げた。



「……ありがとう。……また来てもいい?」


「おうっ! 嬢ちゃんみたいな子は大歓迎だぜ!」



 店主の返答に、ミラは花の咲いたような笑みを浮かべた。


 フードから覗いたミラの笑顔を見た店主の動きが止まる。

 その様子は、先ほどの門番の男と同じものであった。




 ◆◇◆



 

 ―――時は過ぎ、いつの間にか空には夕焼けが浮かんでいる。

 ずっと街の中を歩いていたミラは疲れを感じながらも、とある建物の中へ足を踏み入れた。



「安らぎの揺り籠へようこそ!」



 ミラがその建物の中へ入ると、穏やかな笑みを浮かべている恰幅のいい女性が声を上げた。

 女性はミラの背格好を見ると、途端にその表情を変え、慈悲を含んだ眼差しをミラに送る。



「お嬢ちゃん、迷子かい……?」


「違うわよっ! ()の人達から聞いたんだけど、ここがこの村一番の宿屋で合ってる?」


「あぁ、そうだよ。ここが()で一番の宿屋、“安らぎの揺り籠”さ!」



 所々話が食い違っているが、双方そのことに気付かず話が進んでいく。



「……此処に泊まりたいんだけど、これで足りる?」



 ミラは腰に付けている小さな革袋に手を入れ、その中から金貨を三枚ほど取り出す。

 それを見た女性は、慌てて金貨を手で覆い隠した。


 金貨を隠した女性は小さな声でミラに話しかける。



「お嬢ちゃん、こんな所で金貨を見せびらかすんじゃないよ」



 外の世界の常識に疎いミラだが、その疎さがあからさまに露呈した。

 貨幣のグレードは下から鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨となっており、金貨の価値は上から二番目である。


 価値ある金貨を幼い女の子が持っていればどうなるか。

 その後のことを想像することは容易いだろう。

 

 金貨の価値とその扱い方を説明されたミラは素直に頷く。

 


「……分かった」


「……そうかい? 本当に気を付けなよ?」



 ミラが無知なことを薄々と感じている女性は心配そうな視線をミラに送るが、当の本人はその視線に全く気付いていなかった。

 そんなミラの様子を見て馬鹿馬鹿しくなったのか、女性も気持ちを切り替え、“安らぎの揺り籠”で働いている従業員としてミラに対応する。



「えーと、宿泊希望だったね? 一日なら銀貨一枚、三日なら銀貨三枚、五日なら銀貨五枚! この値段の中には、当然食事代も含まれてるよっ!」


「―――じゃあ、これで泊まれるだけ泊まらせて」



 革袋の中をガサゴソと漁ったミラは、掴めるだけの銀貨を掴んで女性へ手渡す。

 ミラの手は小さく、掴めることができる銀貨の量も知れているのだが、それでも銀貨の量は十枚を超えていた。


 銀貨を受け取った女性はミラの無知さにため息を吐きつつも、久々に訪れた上客に心を弾ませた。





 

 

 

 ミラが露店を去った後――


「おい、酒場のキャサリンを口説きに行くんじゃなかったのか?」


「うるせぇ! 俺はこれから幼女一筋だッ!」


 また一人、この世界に変態紳士が誕生した。

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