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才能に愛されし者  作者: きんめ
第三章 人の美しさ、人の醜さ
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禁忌を犯した巫女

 女性の足元から伸びている蔓は、遥か遠くに切り立っている“竜の巣”と呼ばれている山に向かって一直線に伸びていく。

 その蔓の行方を目で追っていた幼女はふと正気に戻り、蔓を操っている女性に問いかけた。



「あの……貴女はいったい……」


「ん? 儂が何者か、気になるかぇ?」


「は、はい……」


「儂はのぉ――」



 そこで言葉を切り、間を作る女性。

 そして女性は腰に手を当て、幼女を見下しながら、高らかに告げた。



「――神じゃ!」


「…………」



 幼女の容赦ないジト目が女性に突き刺さる。

 女性は幼女の視線にいたたまれない気持ちになり、ガクッと腰を折った。


 幼女はそんな女性の姿を見て、少し後悔をしていた。

 数瞬前まで幼女はこの女性のことを、もしかしたら“伝説の森の賢者様”なのではないか? と疑っていたのだ。

 だが今の女性の様子を見るに、その予想は見当違いのものだったらしい。



「――ぅん? 何じゃ、“ドレイク”か」



 膝を折っていた女性が突然顔を上げ、何もない場所を見ながら話し始めた。

 幼女はそんな女性に訝しげな視線を送るが、女性は幼女の視線を無視して話し続ける。

 

 無視された幼女は女性から視線を外し“世界”を眺めることにした。

 だが、彼女は気が付いていただろうか。

 女性の視線の先に、遥か遠くに切り立っている“竜の巣”があることに……。



「―――ふむ。―――なるほどのぉ。―――分かったのじゃ」



 何度か相槌を打ち、話を切り上げた女性は幼女の様子を伺った。

 幼女は“世界”を眺めるのに夢中で、女性の視線に気が付いていない。


 

(この幼女……()()()に良う似ておる。もしかしたら……)


「ねぇ……貴女って、ずっと一人だったの?」



 女性が思考に耽る中、ポツリと幼女が呟いた。

 その声は何処か寂しそうであり、その背中からも侘しさが感じ取れる。


 女性は幼女が何かを抱えていることを感じ取ったのか、自然と表情が引き締まった。

 


「一人じゃよ。()()が崩壊して以来、儂はずっと一人じゃ」


「…………そう」



 長い沈黙が訪れる。

 この場に第三者が居れば、或いは短かったのかもしれない。

 だがしかし、この場に居るのは幼女と女性の二人だけである。


 沈黙を破ったのは――幼女だった。



「あたし、集落で独りぼっちなの。両親も、他の大人も、あたしを気味悪がって……」


「それはどうしてじゃ?」


「あたし、外の世界を見てみたいの。でもそれを言ったら、みんなあたしから離れていった……」


「ふむ……」



 女性は幼女の背中を眺めながら思考に耽る。


 幼女の種族――エルフは、非常に排他的で、非常に保守的な種族だ。

 そんな種族の中に産まれた幼女が“外の世界”を見たいと言えばどうなるか……。

 当然、異端者として認識されるだろう。

 故に、幼女は独りなのだ。


 

「――外の世界を……見たいかぇ?」



 女性が問うた。

 幼女は思わず、女性の方に振り返る。

 幼女が振り返ると、そこには真剣な眼差しで自分のことを見つめている女性の姿があった。



「それは―――」


「外の世界を、見たいかぇ?」



 女性が再度、問いを投げかける。

 幼女は女性の真剣な眼差しを受けて、「この人になら、自分の望み叶えてくれるかもしれない」と、覚悟を決めた。



「あたし、外の世界を見たい。外の世界に出て、色んなものを見て、色んな事を聞いて……」


「――良い。其方の覚悟は十二分に伝わった」



 女性は幼女の言葉を聞いて、表情を見て、その覚悟の大きさを感じ取った。

 その覚悟が何時迄も……死ぬまで色褪せないであろうことも。



「出立は――今からでも良いかのぉ?」

 

「い、今から!?」


「何じゃ、不服かぇ?」


「そういうわけじゃないけど……その、服とか、弓とか……」


「そんなものは此処から持って行けばよいのじゃ」



 女性がパチッと指を鳴らすと、床の一部がせり上がった。

 せり上がった床の中には数々の洋服や、短剣や弓などの武器なども入っている。

 


「折角じゃし、儂が選んでやるのじゃ」



 言いながら、女性がせり上がった床に右手を向ける。

 すると、数種類の洋服と数種類の武器がふわふわと浮いて、幼女の目の前にやってきた。



「その洋服と武器には魔法をかけてあるのじゃ。まぁ、効果のそのうち分かるじゃろう」



 洋服と武器を()()()()()に詰め込みながら、女性が言う。

 一方幼女は、女性が持っている摩訶不思議な革袋に目を奪われていた。



「その袋は……?」


「この袋は……何じゃったかのぉ。忘れてしもうた」



 荷物を詰め込み終わった女性がケラケラと笑う。


 女性と出会ったばかりの幼女なら、今の女性の態度に眉を顰めたろう。

 だが今の幼女の顔には――笑顔が浮かんでいた。



「――ありがとう」



 花の咲いたような笑みを浮かべて、幼女が言った。

 

 そんな幼女の笑顔を見て、女性が顔を背ける。

 それは誰がどう見ても照れ隠しであった。


 幼女もそんな女性の態度を見て、更に笑みを深くした。

 

 

「コホン。其方に一つ、使命を与えるのじゃ」



 わざとらしく咳払いをした女性は、幼女に使命を与えると言い、一つの“白い珠”を手渡した。

 女性から“白い珠”を受け取った幼女は、小首を傾げて女性に訊いた。



「……これは?」


「儂の――()()じゃ」


「…………へっ?」



 幼女の口から、間の抜けた声が漏れた。


 だが女性は幼女の吃驚の声を無視して、左腕を振るった。

 すると、“竜の巣”まで伸びていた蔓がものすごい勢いで女性のもとに戻ってきた。

 女性のもとに戻ってきた蔓の先端には、“一人の少年”が巻き付けられていた。


 女性は蔓から少年を降ろすと、両手を少年の胸に当てた。

 次の瞬間――少年の姿が変貌した。

 ―――“黒い珠”に。



「この“黒い珠”と“白い珠”を持って旅をせよ。それが其方に与える使命じゃ」


 

 黒い珠を幼女に渡した女性は、再び左腕を振るった。

 すると、虚空を漂っていた蔓が幼女に巻き付き、そのか細い身体を浮かす。



「道中、其方には危険が付き纏うじゃろう。人は醜い生き物じゃからな。じゃが同時に――人は美しくもある。それのことを忘れる出ないぞ――巫女ヘラよ」


「――っ!? あたしの……名前を……」



 幼女――ヘラが驚嘆の声を上げる。

 女性はそんなヘラの表情を見て、満足そうに笑みを浮かべた。



「儂を誰だと思うておる? 儂は――」



 そこで言葉を切り、間を作る女性。

 そして女性は腰に手を当て、ヘラを()()()ながら、高らかに告げた。

 


「――“偉大なる森の賢者”であるぞ」



 言いながら、女性が左腕を振るう。

 その動きに伴い、蔓はヘラに巻き付いたまま遥か遠方へと伸びていった。




 ◆◇◆




「ふむ……久々に、楽しい時であったのぉ」



 ヘラが居なくなった空間で、女性はポツリと呟いた。

 女性の背中からは、少し前のヘラと同じように侘しさが漂っている。



「そうじゃ、ヘラを森から出したことを、あやつの集落に伝えてやらんとのぉ。理由は――“禁忌を犯したから”でいいか。禁忌は――“儂”に奉納するはずだった作物に口を付けた、か? カカッ。我ながら傑作じゃな」



 女性の乾いた笑い声が、広い世界の中に溶けていった。


 

 

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