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才能に愛されし者  作者: きんめ
第三章 人の美しさ、人の醜さ
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巫女と世界樹

 第三章、開幕です。

 ―――パキッ


 

 小枝の折れる音が、神秘的な空気が漂っている森の中に響いた。

 ただ、その音に反応する生物は存在しない。

 周囲からは草木がこすれ合う音や、川のせせらぎが聞こえてくるばかりである。


 

 ―――パキッ



 再度、小枝の折れる音が森の中に響く。

 二度小枝を折った存在は、静かな足取りで目的地へと向かっていた。

 

 その存在――薄い紫色の髪の幼女は、両手に一杯の果実を持って森の中を歩いている。

 人間がこの光景を目の当たりにすれば、この幼女のことを妖精か何かと勘違いしたことだろう。



「おっっっも~~~いっ!」



 次の瞬間、幼女が大声を上げながら果実を放り投げた。

 実際、言葉通り重かったのだろう。

 その果実の一つ一つの大きさは、幼女の頭部と同じくらいの大きさなのだから。



「もうやだ~! なんであたしが今代の巫女なの~!」



 仰向けに倒れた幼女はジタバタしながら喚き散らす。

 

 この様子を幼女の同族が見ていれば、幼女は全力で叱られていただろう。

 幼女は現在、()()としての務めを果たしているの最中であり、間違ってもこんな所で道草を食っている訳にはいかなかった。


 

「グスッ……早くお供え物をして帰ろう……」



 半泣きの幼女は落ちていた果実を抱えると、再び森の中を歩き始めた。

 



 ◆◇◆




 両手に一杯の果実を持った幼女は、遂に目的地へと辿り着いた。

 そこは天高く聳え立つ巨木の根元――世界樹の根元である。


 ()()()()()()は年に一度、世界樹に集落で育てられた極上の作物を奉納しなければならないという務めがある。

 その務めを果たすため、幼女は世界樹のもとへとやってきたのだ。



「大きいわね~……」



 世界樹を見上げながら、幼女は呟いた。

 実際、世界樹の上部は雲を突き抜けており、全容は把握できない。

 その太さも相当なものであり、幼女では一日かかっても世界樹を一周することはできないだろう。


 世界樹を見上げて間抜け面を晒していた幼女だったが、自分の務めを思い出したのか、抱えている果実を地面に降ろした。

 

 

「お腹減った~」



 腰を下ろした幼女はお腹を(さす)りながら、抱えていた果実に目を向けた。

 そこには、瑞々しい巨大な果実が――集落で育てられた極上の作物が転がっている。


 幼女はゴクリと息を呑んだ。

 そして周囲をぐるっと見回し、誰もいないことを確認する。



「……ちょっとくらい……いいよね?」



 誘惑に負けた幼女は、奉納するための作物に口を付けた。

 次の瞬間―――



「あっっっま~~~いっ!」



 ―――蕩けるような顔をした幼女は、世界樹に向かって叫んだ。

 あまりの作物の甘さに、一口、また一口と、幼女は作物を口に運んでいく。


 そして気が付けば、幼女は自分の頭と同じくらいの大きさの作物を平らげていた。

 


「美味しかった~」



 満足そうに、ぽっこりと膨れたを摩る幼女。


 だが、幼女は忘れていた。

 ここが世界樹の根元であるということを。

 そして、今幼女が平らげた作物は、世界樹に奉納するための作物だったということを。



 ―――ゴゴゴゴゴゴゴッッ



 突如として、地面が揺れだした。

 その揺れは非常に大きく、バランスを取ることができない幼女は、右へ左へと転がってしまう。



「目が回るぅぅぅぅ~~~」



 ゴロゴロと転がり続ける幼女は気が付いていなかった。

 自分が作物と一緒に――世界樹に引き寄せられていることに。


 


 ◇◆◇


 


 ―――パキッ



 小枝の折れるような音が響いた。

 だがその音は、決して小枝が折れた音ではない。



「うむ! 今回の作物も美味じゃ!」



 ―――パキッ



 再度、同じような音が響く。

 但しその音は、一人の女性が作物を――果実を(かじ)っている音である。



「甘いのぉ~! 美味いのぉ~!」


「ぅん…………?」



 女性が舌鼓を打っていたまさにその時――女性の隣から可愛らしい声が漏れた。

 女性はそんな可愛らしい声を漏らした存在に目を――向けなかった。



「極上の甘味を堪能する……至福の時なのじゃ……」


「……ここは何処?」


「特にこのアポーの実。甘みと酸味が絶妙なハーモニーを奏でているのじゃ! この作物を育てた集落には恩恵を与えてやろうかのぉ」


「ちょっと……ここは何処?」


「しっかし、よくぞまぁここまで美味い作物を育てられるのぉ……儂が作った作物はここまで美味くならんのじゃ……」


「ちょっと! ここは何処かって訊いているの!」


「――ん? なんじゃ、居ったのか」



 意識を取り戻した幼女が叫ぶと、女性はようやく幼女のことに気が付いた。

 食事に集中しすぎて、幼女は眼中になかったようである。



「ここが何処かと? 分からんのかぇ?」


「分からないから訊いてるんじゃない!」


「叫ぶな叫ぶな。ガキの叫び声は頭に響く」



 耳を押さえながら、女性が言う。


 一方、ガキと言われた幼女は、その可愛らしい顔を真っ赤に染めていた。

 ……大激怒である。


 

「ガキって……あたしはもう立派なレディーよ!」


「まだ百にもなってないガキがよく言うのぉ」


「キィィィイイイイ!!」



 奇声を発しながら幼女が悔しがる。

 そんな幼女の様子を見て、女性が付け加えた。



「その胸はなんじゃ? まるで断崖ではないか」

 


 その言葉が(とど)めとなった。

 膝をついた幼女は何を言うわけでもなく、憎らしそうに女性の胸を睨んでいる。

 

 女性の胸は俗に言う巨乳であり、断崖絶壁の幼女には縁遠いものである。

 胸が()()のは種族柄ではあるが、幼女がそのことを知るのはずっと先のことだ。



「で、ここが何処か、だったかのぉ?」


「……そうよ。ここは何処なのよ」

 

「世界樹じゃよ」


「…………えっ?」



 勿体振らず、女性は言った。


 女性の言葉を聞いた幼女は怪訝な表情を浮かべる。

 この女性が冗談を言っているようにしか思えなかったからだ。



「……あたしは真面目に訊いてるの!」


「儂も、至って真面目じゃよ」



 言いながら、女性が右腕を振るう。

 すると次の瞬間、幼女の背後にあった()()()()()


 幼女は振り返り、そこから外の様子を確認する。

 そこには―――



「なに……これ……」



 ―――世界が広がっていた。

 地平が、海が、空が――即ち、世界が。



「ここは世界樹の天辺じゃ」



 ニヤニヤと、悪戯っ子のような笑みを浮かべながら女性が言う。

 だが幼女はそんな女性の笑みに気付かず、ひたすらに景色を眺め続けていた。



「綺麗……」


「そうじゃろう。ここから見る“世界”は格別でのぉ……」



 幼女の言葉を聞き、何度も首を縦に振る女性。

 そんな女性の表情は、先ほどとは違い、どこか誇らしそうである。



「……さて、そろそろ、用事を済ますとするかのぉ」



 そう言った女性は、今度は左腕を振るった。

 すると次の瞬間、女性の足元から何かが伸びてきた。


 

「……蔓?」


「そうじゃ、蔓じゃ。これをのぉ……あの山の伸ばすんじゃっ!」



 再度、女性が左腕を振るう。

 すると、女性の足元から伸びていた蔓が、一気に女性の腕の先にある巨大な山へと伸びていった。



「あそこは“竜の巣”と呼ばれている場所でのぉ、今、儂の()()が休んでおられる場所じゃ」



 

 


 

 

 

 


 

 

 

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