散策
俺を乗せた馬車は街の中心にある大通りを進んでいき、タミーシャの街の領主に屋敷に到着した。
屋敷の前には大勢のメイドと使用人達が横一列に並んでおり、その中心には一人の背の低い若い男が立っている。
父様が馬車から降りるのを確認した後、それに続いて俺も馬車を降りる。
「ようこそ、おいでくださいました。国王陛下、王子殿下」
若い真面目そうな顔をした男が肩まで伸びている茶髪を揺らしながら近づいてくる。
いかにも仕事ができそうな感じの男だ。
「久しいな、テロムク。突然押しかけてすまんな」
「いえいえ、そんな滅相もない。陛下にこのタミーシャの街を見ていただけるわけですから、これほど嬉しいことはありません」
へぇ……この人がタミーシャの街を治めているテロムク・タミーシャ伯爵か。
言葉遣いも丁寧で、なかなか好感を持てる人だな。
「殿下も、本日はタミーシャの街までお越しいただきありがとうございます。さて、屋敷の中にお食事がありますので、ご一緒にどうでしょうか? 若輩者ながら歓迎させていただきます」
俺はまだ五歳だというのに下に見ている様子が全くない。
大抵の貴族は変にプライドが高いので、表には出さないが嫌々といった感じで年下の俺に挨拶するのだが、テロムク伯爵はそういった感じが全くない。
俺の中でテロムク伯爵の評価がグングン上がっていく。
俺はテロムク伯爵の後に続き、父様と一緒に接待を受けた。
余談だが、テロムク伯爵の使用人が作った料理はめちゃくちゃ美味かった。
父様がテロムク伯爵と政治的な話をしだしたので、俺は屋敷を出て、リーラと一緒にタミーシャの街を散策している。
やはり、馬車の中から見ているのと実際に街の中を歩いてみるのとでは感じるものが全く違う。
「偶にはいいものですね」
リーラが美しい青い髪を揺らしながら言う。
「そうだな」
俺もそう思う。
見るのと触れるのでは、得られるものが違う。
いずれ俺はこの国の王になるのだから、こうして民と直に接しられるのは貴重な体験だ。
リーラも俺の考えていることが分かったのか、「やはり無理言って同行させてもらったのは正解でした」と小さな声で呟いている。
聞こえてるぞ。
いつもより雰囲気が柔らかいリーラと雑談を交わしながら大通りを歩いていく。
「そこの綺麗なお嬢さん、うちの串焼きは美味いぜ? 一本どうだ?」
屋台の店主がリーラに声をかけた。
リーラは「あら、お嬢さんなんてもう!」と若干、顔を赤くしている。
あのリーラが……赤面しているだと!?
俺は大きな衝撃を受けた。
俺の知っているリーラといえば、俺の心を折るのが実に上手い恐ろしい女。
……鬼なのだ。
そして今、そのリーラが赤面している。
俺が転生してから驚いたこと、トップ3にランクインする大事件だ。
俺は開いた口が塞がらない。
ボーっとリーラの顔を見ていると、リーラが俺の視線に気づき、俺のほうに顔を向ける。
一見すると優しく微笑んでいるようにも見えるが、目が笑っていない。
心の奥底に眠っている『恐怖』という感情を呼び起こすような笑みである。
「優秀なメイドは、顔の色も変えられるのですよ? 覚えておいて、損はありません」
俺の耳元でリーラ囁く。
「は、はい。覚えておきます」
俺は弱々しく、そう答えた。
リーラは「よろしい」と言って、屋台の店主から串焼きを二本買ってきた。
俺はリーラからその串焼きを一本もらう。
「美味い……これは何の肉なんだ?」
俺は串焼きを一口食べ、リーラに質問する。
「これはオークの肉ですね」
「オーク!?」
まさか、屋台で魔物の肉が売られているなんて思ってもいなかった。
ほかの屋台も見てみると、このオークの肉の串焼きのようなものをほかの屋台も販売している。
どうやら、まだ俺は前世の常識が抜けきっていなかったようだ。
「そういえば、ルナ様は魔物の肉を食すのは初めてでしたね」
リーラが少し黒い笑みを浮かべる。
どうやら、さっきの仕返しも兼ねているらしい。
リーラの満足げな表情を見るに、間違いなさそうだ。
リーラ……お前、本当にメイドなのか?
寧ろ意地の悪い姉のように思えてきたぞ。
串焼きを食べ終えた俺は、大通りを進んでいく。
その後ろをリーラがついてきて、偶に屋台の店主達から声をかけられ、食べ物を買ってくる。
それを俺に渡して、それを食べ終えたらまた歩く。
なんか、前世でいう“買い食い”みたいだ。
俺は前世で買い食いなんてしたことがないため、新鮮で楽しい。
しばらく歩くと、だんだん人が少なくなってきた。
屋台も少なくなってきたし、来た道を戻るか。
そう考え、また人ごみの中に戻ろうとする。
「……?」
ふと、路地裏から視線を感じた。
害意はない。
だが、何か不思議な感じがする。
どうして路地裏からこんな視線を感じるのだろうか?
「行くぞ」
俺はリーラに声をかけ、視線を感じた路地裏に歩を進める。
「たす……けて……」
弱々しい、助ける求める声が聞こえる。
今にも消えてしまいそうな小さな声だ。
俺は歩くのをやめ、声のする方へ駆け出した。
そして、見つけた。
そこには、ボロボロの布切れを纏い傷ついたまだ俺とそう年も変わらないであろう少女が倒れていた。
「もう、大丈夫だ。安心しなさい」
俺は恐怖を与えないよう、ゆっくりと、丁寧に、優しく語りかける。
少女は俺のことを見るや否や、安どの表情を浮かべ、気を失った。
「リーラ……」
俺は後ろにいるであろうリーラを呼ぶ。
「はい、ルナ様」
「今すぐ……父様のもとへ戻るぞ……」
俺は怒りを押し殺しながら、リーラにそう告げる。
「かしこまりました」
リーラは懐から、小さな丸い球を取り出し、それを地面に叩きつけた。
すると、割れた球から赤い煙のようなものが立ち上り始める。
「これで、ショーン様に迅速に動いていただけるはずです」
「ああ、助かる」
俺は少女を抱え、急いでテロムク伯爵の屋敷へと向かった。
「父様」
テロムク伯爵の屋敷へと戻ってきた俺の前には、これまで見たことのないような真剣な表情の父様が座っていた。
「わかっている」
父様は小さくため息をつき、俺の目を見据える。
「あの子は……」
「あの子は、俺が路地裏で見つけました。あまりにも可哀想で、見ていられませんでした」
俺は父様の言葉を遮り、あの少女を見つけた時に思ったことを伝える。
そして、そのまま言葉を続ける。
今、父様が言おうとした言葉を。
「あの子は恐らく、あの噂の被害者の一人です」
「ッ!? ルナ……知っていたのか」
「リーラから聞いていました。そして一つ、お願いがあります」
「言ってみなさい」
真剣な表情の父様に向かって、俺はストレートに気持ちを伝えた。
「あの少女を、城で働かせるメイドとして雇ってください」
父様のはいつものように優しい顔で頷いた。