因果応報
久々に
煌びやかな灯りに照らされている貴族街の大通りを真っ直ぐ進んでいく。
日は沈み、夜の帳が下りているが、周囲の様子はそれを全く感じさせない。
「あそこか……」
目に入ってきたそこそこの大きさの屋敷を眺めながら呟く。
その屋敷は他の屋敷と同様に煌びやかな灯りが灯っており、屋敷の主人が滞留していることを証明している。
俺は屋敷の門に向かって歩いていく。
途中、俺の存在に気が付いた門番たちが槍を手にしながら詰め寄ってきた。
「何奴だ」
「ここは二キム・ミンジェ子爵様の屋敷であるぞ」
「知ってるし、五月蠅い」
門番たちの言葉を無視し、つかつかと門に向かっていく。
「止まらねば命を取るぞ!」
片方の門番が、槍の穂先を俺の眼前に向けた。
瞬間、俺は風の刃で槍を半ばで切断する。
「なっ……!?」
「何が起きた!?」とでも言いたげな顔で門番が切断された槍を手に取る。
槍は半ばでスッパリと切断されているため、もう使い物にはならないだろう。
もう一人の門番が呆気にとられていたので、そちらの槍も同じように切断する。
カランという乾いた音とともに、槍の穂先が地面に落ちる。
「な、なんだ!?」
「バケモノ……」
得体の知れないものを見る目で、門番たちが俺のことを見る。
俺は背後に土の槍を生成し、門番たちに向かって言った。
「死にたくなければ、消えろ」
そう告げると、脱兎の如く門番たちは逃げ出した。
門番という職に就いておきながらこれはどうかと思うが……俺としては好都合だ。
門を潜り、屋敷の扉の前に立つ。
屋敷の中から、使用人のものと思われる足音が聞こえてくる。
俺の今回の目的は二キムだけであって、それ以外はどうでもいい。
俺は屋敷の扉を蹴り飛ばすや否や、大声で叫んだ。
「この屋敷で働いている使用人たちに告ぐ! 今すぐこの屋敷から立ち去れ! 立ち去らないというのであれば、命の保証はできない!」
俺の声を聞いて使用人たちは――行動を起こさなかった。
まぁ、見ず知らずのガキが何を言ったとしても、相手にはされないか。
だが、やりようはいくらでもある。
俺は軽く殺気を放った。
瞬間、悲鳴や絶叫が屋敷内に木霊する。
そして――。
「に、逃げろ!」
「出ていきます! 出ていきますから殺さないで!」
「助けてくれぇぇえええ!!」
先ほどの門番たち同様、脱兎の如く屋敷内にいた使用人たちは逃げ出した。
俺は人一人いなくなったホールに足を踏み出す。
二キムの現在地は『探知』の魔法で把握している。
ホールを右に曲がり、突き当りにある階段を昇っていく。
階段を昇り廊下に出ると、二人の執事らしき男が待ち構えていた。
「退け」
「申し訳ございません。ここをお通しすることはできません」
「そうか……」
なら、仕方がない。
俺は執事たちに向かって悠々と歩いていく。
姿勢を正していた執事二人は、俺が攻撃範囲に入るまで一切姿勢を崩すことはなかった。
俺が二人の攻撃範囲に入る。
瞬間、二人の執事は服の袖から鋭く尖ったものを取り出した。
……針か。
恐らくあの針の先端には毒か何かが塗ってるのだろう。
わざわざ食らってやる義理もない。
上体を低くして二人の攻撃を回避する。
非常にコンパクトな攻撃だったため、二人は瞬時に腕を引き戻し、次の攻撃を繰り出してきた。
「終わりだ」
だが、すでに勝負は終わっていた。
二人の胴体が上下に分かれ、ずり落ちた。
あの時、俺は二人の攻撃を回避すると同時に、隠し持っていた刀で二人に反撃したのだ。
俺は『ツムギ』に血が一切付着していないことを確認すると、鞘へ戻した。
二人の執事の遺体を灰にした俺は、廊下を真っ直ぐに進んでいく。
廊下の最奥には、数多くあった扉よりも一際豪華な扉があった。
この扉の奥に二キムがいることは『探知』で確認済みだ。
俺は二キムの命を刈り取るため、豪華な扉に向かって一歩を踏み出した。
◆◇◆
二キム・ミンジェは怯えていた。
最初はほんの出来心だったのだ。
あの小さなメイドの顔が屈辱に塗れるところを見てみたかった。
ただそれだけだったのに……。
「何故だ……」
そのメイドが仕えていたのは他国の王子だったのだ。
その時点で諦めていればよかったものを、二キムは欲を出した。
王子といってもガキには変わりあるまいと高を括り、自分が子飼いにしている裏組織の連中を嗾けた。
だが結果は散々なものだった。
裏組織の連中は大半が捕らえられてしまったのだ。
恐らく、そこから自分が主犯だという情報を得たのだろう。
現在、二キムの屋敷には恐るべき戦闘力を持つナニカが入り込んでいる。
世話役の執事二人が迎撃に向かったが――もうこの世にはいないだろう。
―――バキバキッ! メキメキッ!
「ヒッ……!!」
この国一番の職人に作らせた扉が嫌な音を立て、捻じ曲がっていく。
二キムはその様子を見て小さな悲鳴を上げた。
―――メキッ……バゴーン!!
扉が破壊された。
二キムは恐怖のあまり、目をギュッと瞑った。
(死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない――)
二キムは心の中で叫び続ける。
だが、そんな怯えた様子の二キムの耳に、悪魔の声が聞こえてきた。
「お前がアミーを狙ってアイツらを差し向けたんだろう。俺だけを狙うならまだ許せる。だが、お前はアミーを狙った。ゆるさナイ。ゆるセナイ。モウニドト、キズツケサセナイ」
途中から悪魔の声が変わった。
二キムは怯えながらも、ゆっくりと目を開ける。
―――だが、二キムは目を開けるべきではなかった。
二キムの目に飛び込んできたもの。
それは―――この世界を照らしている、太陽そのものだった。




