視察
朝、起きた俺はいつもの様にベッドから降りて、着替えを済ます。
今日は父様が“タミーシャの街”の視察に行くので、それに同行することになっている。
タミーシャの街は、ここ数年の間に発展してきた街で、タミーシャを中心にウィンデール王国の景気が良くなっている。
だが、それと同時に黒い噂も流れている。
何の罪もない者に言いがかりをつけ奴隷に落とし、その奴隷を強制的に働かせているという噂だ。
それも何の対価も与えず。
その噂が父様の耳に入ったため、父様がタミーシャの街を視察することになった。
本当ならば俺は行かなくてもよかったのだが、鬼リーラが「これも勉強の一環です」とか言って父様に俺の同行を頼み込んだ結果、父様が許可を出し、俺もタミーシャに行かなければならなくなった。
……面倒だ。
「ルナ様、おはようございます」
リーラがいつもの様にすました顔で俺に朝の挨拶をする。
出たな元凶。
お前のせいで俺はいちいちタミーシャに行かなきゃいけないんだぞ!
俺はリーラの顔をジーっと見つめる。
「どうかされましたか?」
「どうもしない」
だが、俺はそんなこと口が裂けても言えない。
これ以上リーラのしごきが厳しくなったら俺は死んでしまう。
「そうですか。今日の予定は朝食後、ショーン様とタミーシャの街の視察へ向かいます。タミーシャに到着した後はタミーシャの領主様の接待を受け、その後は自由行動です」
ショーン様とは父様のことだ。
父様のことを名前で呼べる人は母様とリーラをはじめ、公爵などの上位貴族だけだ。
「わかった。自由行動ということは、身分は隠した方がいいな」
「賢明な判断です」
俺が王子だと知れたら街中大騒ぎになるだろう。
そうなれば、俺に取り入ろうとしてくる面倒な輩も出てくるかもしれない。
というか、父様に迷惑がかかる。
「朝食のご用意ができました」
リーラとは違うメイドが呼びに来たので大食堂に移動する。
朝のメニューはリゾットのような料理だった。
ウィンデール王国は海洋資源が豊富なので魚を使った料理が多い。
一日に一回は魚料理を食べている気がする。
それでも、俺は前世から魚料理が好きなので嬉しいが。
朝食を食べ終えた俺は、父様がいる執務室へ向かう。
城の最上階が父様の執務室だ。
螺旋階段を上り、大理石で作られた廊下を歩いていく。
厳粛な雰囲気の廊下を歩いていると、いつの間にか目の前に豪華な扉に到着した。
軽く息を吸い、豪華な扉を二回ノックする。
「誰だ」
「ルナです」
「……入りなさい」
父上の許可が下りたので、俺はドアを開けて入室する。
部屋の中はある程度の広さで豪華に作られているが、父様が使っている机の上は書類が山のように積んである。
そんな書類の山に囲まれながらも、父様は俺に声を掛ける。
「よく来たな。何か用か?」
父上は少々忘れっぽいところがある。
タミーシャへ視察に行くことも忘れているようだ。
「父様、そろそろ馬車に乗らなければ昼までにタミーシャにつきませんよ」
「……ああ! すっかり忘れておった! すまないな、助かったぞ」
父様はそう言いながら俺の頭を撫でてくれた。
前世の俺は親に礼を言われたことはないし、褒めてもらったこともない。
でも、今世の父様や母様はよく俺に構ってくれる。
些細なことでも礼を言ってくれるし、褒めてくれる。
少し照れくさいけど、とても嬉しい。
父様が服を着替えるのを待ってから、俺は父様とともに馬車へ向かった。
俺は父様が乗っている馬車とは違う馬車に乗っている。
父様が言うには、まだ俺には難しい内容の話をするらしい。
ということで、俺の向かいにはリーラが座っている。
「ルナ様、今日は魔力について説明します」
今日も今日とてリーラの授業。
いつもは王族としての立ち居振る舞いなどを重点的に教えられている。
なので、それ以外の授業は新鮮で楽しい。
では……と言いながらリーラが説明を始める。
「魔力とは、簡単に言えば魔法を使うために必要なエネルギーのようなものです。個人の持っている魔力が多いほど強力な魔法を使うことができます。魔力は訓練次第で増やすことができます」
「なるほど……ん? 魔法には属性があるんだろう?」
前に母様にちょっとだけ聞いたことがある。
魔法には地属性、水属性、火属性、風属性の“四大元素”があり、その四大元素の魔法は無属性の魔力を変換して発生させるものだと言っていた。
つまり、魔力自体は無属性ということだ。
一体どうすれば四大元素に変換できるのだろうか?
「その通り、魔力自体は無属性です。ですが個人の持っている魔力には、ごくわずかにですが四大元素が混じっており、その混じっていた属性がその者の扱える属性ということです。まぁ、稀にユニーク魔法というその人物しか使えない魔法を使う人物もいますが」
「ふむ……」
その混じっている四大元素がその者の持っている資質、ということか。
ユニーク魔法っていうのも少し気になるが……。
「どうすればそのわずかに混じっている属性がわかるんだ?」
「“鑑定の水晶”という魔道具を使います。その水晶の光った色でどの属性の資質があるのかがわかります」
「城にある物か?」
「ありますよ」
そうか……。
戻ったらその鑑定の水晶とやらで俺がどの属性を扱えるのか見てみるか。
「リーラはどの属性が使えるんだ?」
少し気になったので聞いてみた。
「私は火と水が使えます。世間一般では、一つの属性魔法しか使えない人間は“シングル”、二つの属性魔法が使える人間は“ダブル”、三つの属性魔法が使える人間は“トリプル”、四大元素全ての属性魔法が使える人間は“クアトロ”と呼ばれていますね」
「リーラはダブル、ということか」
「そういうことです。ちなみにトリプルは、今のところ三人しか確認されていません。そして、そのうちの一人がルナ様の御母上様……フーリ様です。クアトロは歴史上、一人しか確認されておりません」
「か、母様が……」
マジか。
母様はおっとりした性格だしそんなすごい人物には見えないのだが……。
「それで、歴史上ってことはクアトロだった人物はもう死んでいるのか?」
「はい。そのクアトロだった人物こそ、ウィンデール王国の初代国王様です」
……ご先祖様スゲーな。
俺が素直に感心していると、窓の外からぼんやりと外壁が見えてきた。
「あの街が今日の目的地、タミーシャの街です」
「あれが……」
遠くに見える外壁の近くにある門には、商人達の商品を乗せた多くの馬車が並んでいる。
商人達にとって、今のタミーシャは余程旨味があるのだろう。
この様子を見ている限り、タミーシャを中心に国の景気が良くなっているというのも納得できるな。
俺の乗っている馬車は商人達が並んでいる門とは別の門へ進んでいき、そこで御者が王家の紋章を警備に見せ、俺はようやくタミーシャの街に足を踏み入れた。
タミーシャの街は商店や屋台などであふれていた。
街の中にいる人間も、下手をしたら王都の城下町より多いかもしれない。
「これは……」
リーラが馬車の窓から外を見て声を漏らす。
さすがのリーラでもこの人の数は予想外だったようだ。
この街の様子を見ている限りでは、あの噂は信じられない……。
だが、父様の耳に入るほどの黒い噂だ。
この街に何かがあるのは間違いないだろう。