女神と才能の種
俺の本能が告げている。
目の前にいるこの存在が女神だと。
「やっと会えたね、“才能に愛されし者”」
…………は?
何言ってんだこいつ?
「女神にこいつはないでしょ~!」
目の前にいる幼女が頬を膨らませる。
……っていうか心読まれた!?
「心くらい読めるよ! 女神なんだから!」
本当に女神みたいだ。
なんか喋り方鬱陶しいし、見た目があれだから最初に思ったことが間違いだと思った。
「失礼じゃない!? 女神に鬱陶しいって!!」
俺の中の女神像が音を立てて崩れていく。
もういいや、こいつは駄女神と名付けよう。
「駄女神!? 君をこの世界に転生させてあげたの私だよ!?」
「……まじ?」
「まじです」
……転生ってことは俺、やっぱり死んだんだな。
「っていうか、才能に愛されし者? 何のことだ?」
訳が分からない。
俺は才能なんてものとは無縁だったはずだ。
「うん、わからないはずだよね。私は君に謝らなければいけない」
「謝らなければいけない……? ってことは、お前のせいで俺は前世であんな目にあったっていうのかッ!?」
思わず声が大きくなってしまう。
「私のせいっていえば私のせい、でも君のせいでもある」
「俺のせいでもある?」
どういうことだ?
急に駄女神が真剣な顔になる。
「……君は才能に愛されすぎた」
才能に……愛されすぎた?
「才能っていうのはね、妖精みたいなものなんだよ。妖精に気に入られた人間はその妖精から“才能の種”をもらえる。その種が大きい人間は天才と呼ばれる。君の元幼馴染みたいに」
あいつみたいに……。
「種は本来、努力して育てていくものなの。前世の君みたいに。でも君は多くの妖精に愛されすぎて、種をもらいすぎた。しかもとびっきり大きな種」
「……」
「大きな種をもらいすぎて、君の器は壊れてしまったんだ。普通の人間ならあり得ないことだけど。でも、君の器は壊れてしまった。だから種が全部なくなってしまった……」
駄女神が俺に向かって頭を下げる。
「本当に……ごめんなさい」
「……なぜ謝る? 今の話を聞いた限りじゃ、お前に悪いところはないだろう」
さっきは怒鳴ってしまったが、今は落ち着いて考えることができる。
今の話を聞いている限りじゃ、こいつに落ち度はないと思う。
「器を作っているのは私なの。器が壊れてしまったせいで、君は前世であんなに辛い人生を送ってしまった」
「……お前は前世の俺の器とやらを手を抜いて作ったのか?」
「手は抜いてない。でも、あそこまで君が多くの妖精に愛されるなんて思いもしなかった……」
そうなのか……。
「じゃあいい、許す」
駄女神がポカーンとした顔になる。
「い、いいの?」
「前世に未練なんて無いし、この世界に転生させてくれたしな。それに、今の俺の器とやらは壊れないように作ってくれたんだろ?」
「それはもちろん! 妖精がとびっきり大きな才能の種を何個あげたとしても壊れないように作ったよ!!」
「ならいい、寧ろ感謝してるくらいだ」
地球よりこの世界のほうが絶対人生を楽しめるからな。
「……ありがとう」
駄女神が再び頭を下げる。
そして顔を勢いよく上げると、俺に近づいてきた。
「じゃあ、お詫びってことで!」
そう言いながら駄女神は懐から大きな何かの種を取り出した。
「才能の種。私からのお詫びの印です!」
これが才能の種……。
「ちなみに何の才能の種なんだ?」
「全部」
…………は?
「今、なんて言った?」
「だから全部!」
全部? 全部ってことは……。
「そう、ありとあらゆることの才能の種。他の妖精達があげる才能の種全くの別物だけど……」
「その種をもらったら器が壊れるってことは?」
「ないよ! というか君、もう前世で妖精達にもらった才能の種の量超えてるよ? 今も信じられないくらい妖精が君の周りにいるし」
っ!?
急いで周りを確認するが、そんなものは見えない。
「人間には見えないよ」
駄女神がやれやれといった感じの目で俺を見る。
「ってことで、どうぞ」
駄女神は有無を問わず、俺の体に才能の種を押し付ける。
俺の体は何の拒否反応も起こさず、才能の種はスーッと体の中に溶けていく。
ぶわっ、と体中から何かが溢れ出るような気がした。
「今のは……?」
「今ので君の身体能力とかグワーッって上がったから、多分それだと思う」
駄女神がしれっとした顔で言う。
「まあ、何はともあれ前世で無駄だった努力が今は無駄にならないってことだよな?」
「そうだよ~」
駄女神は微笑みながら肯定する。
「あっ、そうだ。せっかくだから加護あげる」
駄女神はいたずらな笑みを浮かべながら俺に身を寄せ――キスをした。
……えっ?
俺は急な出来事に、頭の中が真っ白になってしまった。
しばらくして、駄女神の唇が俺の唇から離れる。
「ええと……その……感謝の気持ちよ!!」
駄女神が顔を真っ赤にしながら言う。
「あ、ああ」
俺も思考が上手くできず、上の空のまま返事をする。
……仕方ない。
前世でも俺はキスをしたことがなかった。
今のは正真正銘のファーストキスだったのだ。
「あっ、そろそろ時間みたい」
駄女神がそう言うと、視界がまた真っ白に染まっていく。
「ルナ……幸運を……」
薄れていく意識の中で、駄女神の声が聞こえた気がした。
気が付くと、俺は片膝をついたまま、神に祈りをささげる姿勢になっていた。
……戻ってきた。
周りの状況を確認し、小さな溜息をつく。
短い時間だったが、内容が濃すぎた。
「ルナ様、これで洗礼の儀は終了です」
バルムが声をかけてくる。
「ルナ様が今後も健やかに成長していけるよう、祈っております」
「ああ、ありがとう」
俺はバルムに軽く礼を言い、教会を後にした。
「ルナ様、洗礼の儀はどうでしたか?」
城へ戻る馬車の中でリーラが聞いてきた。
「貴重な体験ができたよ」
本当に貴重な体験だった。
まあ、俺の想像してた女神とは全く違う、駄女神が出てきたけど。
リーラは俺の満足げな顔を見て何かを察したらしい。
「そうですか。それは良かったです」
「あと、女神から加護もらった」
女神は女神でも駄女神だけど。
「……それは何の女神ですか?」
おっと、珍しくリーラが食いついてきた。
そうだな、あいつは多分……。
「運命を司る女神……かな」
あの幼女の姿をした女神は、俺をこの世界へ転生させてくれた。
俺の運命を司る女神。
駄女神とのキスを思い出し、ちょっぴり顔が熱くなる。
「そうですか、幸せそうなルナ様にお聞きしたいことがあるのですが」
「なんだ?」
「午後の予定を忘れてはいませんよね?」
「あっ……」
そうだ……忘れてた。
午後からリーラとマンツーマンで勉強をしなきゃいけないんだった……。
「お城まではまだ少し時間がかかりますので、少し予習をしておきましょうか」
こうして俺は城に着くまで、鬼の指導のもと勉強に励むのだった。