思い定める
何処までも本気だと理解させられる、真剣な眼差し。
アミーは瞬きもせず、俺の目をずっと見つめている。
アミーの好意は素直に嬉しい。
俺は最早アミーがいなければ生活できないだろう。
それくらい依存している。
だが、俺とアミーは王子とメイドの主従関係にあるのだ。
「分かってる。私はセドナやシンディ様ほど可愛くないし、ルナに釣り合うほどの身分もない。でも……それでも! 私はルナのことが好きなのっ!!」
それは、アミーの魂の叫び。
不退転の覚悟を持った告白。
たかがメイドが、王子に恋をする。
傍から見れば、何の冗談かと思う者もいるだろう。
嘲笑う者もいるだろう。
それでもアミーは意を決して、俺に告白してきた。
変化を恐れず、前へ進むために。
それに比べて俺はどうだ?
未だに返事をしていない。
この関係が壊れるのが怖い。
……本当に情けない。
―――何故悩む必要があるの?
……またこの声だ。
いつからか俺に話しかけてくるようになった、謎の声。
幼い少年の声だ。
(何故かって、こんなこと俺の一存で決められることじゃないだろ)
―――なんで決められないの?
(俺は一国の王子だぞ。そうやすやすとこういうことは決められない)
―――ルナの人生なのに?
ッッ!!
……そうだ。
これはほかの誰でもない。
俺の人生だ。
―――ほら、アミーの顔を見てみなよ。
少年の声を聞き、アミーの顔を見る。
いつの間にかアミーは目を瞑っており、その身体は微かに震えていた。
―――アミーだって、この関係が変わるのが怖いんだよ。それでも意を決して告白してきたのは何故だと思う?
(それは……)
―――ルナのことが好きだからだよ。ルナは王子だ。だけど王子がなに? 誰がルナの人生を決めるの?
誰が俺の人生を決めるか?
そんなの――
(俺に決まってるじゃねえかっ!)
「アミ―」
目の前で目を瞑って震えているアミーに呼びかける。
「……なに?」
「本当にすまなかった。俺はバカだ。王子とメイドの主従関係がどうのこうのと、くだらない理屈を並べてアミーを拒絶するところだった」
俺の言葉を聞いたアミーの目から、涙が零れ落ちる。
「王子が何だ? メイドが何だ? 決めるのは、俺だ」
俺はアミーを強引に胸元に抱き寄せる。
アミーは一切の抵抗をせずに、俺の胸元に収まった。
「俺も好きだ」
ただ一言。
シンプルに、偽りなく俺の気持ちを伝える。
俺の言葉聞いたアミーは、顔を上げ、何か信じられないものを見たと言わんばかりに目を見開いていた。
「う……そ……」
「何が嘘なんだ?」
「だって……私、メイド……だよ?」
「それがどうした」
「本当に……こんなことがあっていいのかな?」
アミーの目には、今にもあふれ出しそうなほど涙が溜まっている。
「私、元は平民で、死んじゃいそうなところをルナとメイド長に拾ってもらって、その上城仕えのメイドにまでさせてもらって、今はルナ専属のメイドまでやらせてもらって……」
「……」
「ダメだって、言われると思ってた。叶わないと思ってた」
「叶ったぞ」
「うん……うんっ!」
アミーは俺の胸に顔をうずめ、大声で泣きだした。
叶うはずがない。
そう思っていたに違いない。
王子だから、メイドだからと。
事実、俺もあの声が聞こえるまではアミーの気持ちを拒絶しようとしていた。
「誰が俺の人生を決めるの……か」
あれがなければ、俺はきっと後悔が残る選択をしていただろう。
またいつ話しかけてくるかわからないけど、次にあいつ出てきたら礼を言おう。
心の中で、そう呟く。
俺は胸の中で泣き続けるアミーが落ち着くまで、ずっと頭を撫でていた。
叶うはずがない。
そう思っていた。
私がルナに告白しようと決めたのは、シンディ様がルナと婚約をすると聞いた時だった。
ルナの性格を考えると、これ以上妾を増やすということは積極的にはしないだろう。
それでも、ルナの周りには多くの女性が集まると私は確信していた。
ルナには婚約者が一人いる。
セドナという人魚の国の王女だ。
それに加えて、今日はシンディ様と婚約した。
二人とも王女。
ルナとも釣り合う身分の持ち主だ。
それに比べて、私はどうだろうか?
だかが一介のメイド。
とてもではないけど、ルナに釣り合うような身分じゃない。
これからルナの周りに集まってくる女性達は、多分ルナに釣り合う身分の持ち主だ。
そうなったら、私はルナの近くにいられなくなる。
私の気持ちを伝えるのは今しかない。
そう思い、私は意を決して夜にルナの部屋に乗り込んだ。
「私はルナのことが好きなのっ!!」
紛うことなき、私の本音。
でも、私はメイドでルナは王子。
振られるってことは分かってる。
それでもこの言葉だけは伝えておきたかった。
「アミ―」
きたっ!
覚悟はしていたけど、やっぱり怖いなぁ……。
名前を呼ばれた私は、ゆっくりと目を開ける。
「……なに?」
「本当にすまなかった。俺はバカだ。王子とメイドの主従関係がどうのこうのと、くだらない理屈を並べてアミーを拒絶するところだった」
何を……言ってるの?
「王子が何だ? メイドが何だ? 決めるのは、俺だ」
その後ルナが言った言葉は、私が聴けるはずのない、だけど最も聴きたかった言葉だった。
「俺も好きだ」
諦めていた。
叶うはずがないと。
でも、私の気持ちはルナに届いた。
ポロポロと、涙が零れ落ちていく。
だけどこの涙は、決して悲しい涙じゃない。
私はルナの胸の中で、意識がなくなるまで涙を流し続けた。




