浴槽の乱入者
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夜、俺は巨大な浴槽に張られた湯船に一人で浸かっていた。
今俺が浸かっている浴槽は、小学校にあるプールと同じくらいの大きさだ。
「ふぅ~」
湯船に浸かっていると、体の疲れとともに心の疲れも取れる。
風呂は命の洗濯とはよく言ったものだ。
「さて、そろそろ出るか……」
十分に疲れも取れたので、俺は湯船から出ようとする。
だが……
「おにーさま! お体洗ってください!」
シンディが風呂場に入ってきた。
バスタオルも巻かず、すっぽんぽんだ。
四歳だとしても女の子には変わりないので、少しは恥じらいを持ってもらいたい。
「……なんで入ってきたんだ?」
いつもなら、俺が風呂の入っている時にシンディは入ってこない。
「おかーさまがね、入っていいって!」
あの人か……。
母様はどこか抜けたところがある。
「……わかった。じゃあ、そこに座って待っていてくれ」
シンディを椅子に座らせて待たせる。
俺はその間に腰にタオルを巻く。
「シンディ、目を瞑ってくれ」
隠すべき箇所を隠した俺は、シンディが座っている椅子の後ろに座った。
シンディは目をギュッと瞑っている。
「洗うぞ」
シャンプーを手に付け、シンディの髪をわしゃわしゃと洗う。
自分の髪を洗うのとは、少し違う感覚だ。
「きもちぃ~」
シンディが体の力を抜き、俺に寄りかかってくる。
……洗いにくい。
「シンディ、元の位置に戻らないと洗うのやめるぞ」
「はーい」
素直に俺の言うことを聞きシンディが離れたので、再び髪を洗い始める。
泡まみれになったシンディの髪を湯で流してやると、心なしか洗う前よりも艶が増している気がした。
「おにーさま、ありがと!」
「どういたしまして」
「今度はわたしが洗ってあげる!」
「いや、もう洗ったんだけど」
「洗うの!」
結局シンディに押し切られ、俺は二度髪を洗うことになってしまった。
洗いすぎは髪が痛むというが、一回だけなら大丈夫だろう。
俺はシンディと場所を交代する。
俺が前、シンディが後ろといった感じだ。
「わぁ~、すべすべ~」
シンディが俺の長髪を触りながら感嘆の息を漏らす。
俺の髪は、今や腰のあたりまで伸びているのでシンディよりも長い。
「……洗わないのか?」
「はっ! 洗うよ!」
変な声を出したシンディが俺の髪を洗い始めた。
小さくて柔らかい手が、俺の頭皮を這っていく。
まったく力がないので、気持ちいいというよりかはくすぐったい。
「きもちぃ?」
「ああ、気持ちいいぞ」
「そっか~」
シンディが俺の背中に傾れがかかる。
シンディはまだ小柄なので、重みを全く感じない。
「えへへ~」
「早く流してくれ……」
俺の背中から離れたシンディが、泡を湯で流し始める。
「きれいになった!」
泡を流し終えたシンディが、俺の髪を見て言った。
髪を触ってみると、確かにさっきよりも艶が出ているように思える。
「シンディのおかげだ」
そう言って、シンディの頭を撫でてやる。
シンディは何も言わず、ニコニコしたまま俺に頭を撫でられていた。
巨大な湯船の中に人影が二つ。
言わずもがな、俺とシンディだ。
「そろそろ出ないか?」
「うん~」
かなり長い時間湯船に浸かっていたので、シンディがのぼせてしまった。
ぐったりしているシンディを抱えて、脱衣所に向かう。
「おにーさま」
「ん?」
「わたし、おかーさまみたいにきれいになれるかな?」
「なれるさ」
贔屓目なしに見ても、シンディは可愛い。
かつてのセドナと張り合えるくらいには可愛いのだ。
かつてのセドナと張り合えるということは、将来間違いなく美人になるということ。
なので、その点は心配しなくてもいいと思う。
「わたしね、おっきくなって、きれいになったらね、おうさまになったおにーさまのとなりできれいなどれすをきたいの!」
「そうか。シンディならきっとどんなドレスだって着こなせるぞ」
父様と母様の子にドレスが似合わないなんてありえない。
……あれ?
そうなると、俺もドレスが似合うってことに……。
いや、考えるのはやめておこう。
脱衣所に着いた俺は、自分の服を着る前にシンディにちゃちゃっと服を着せていく。
いつもはメイドが待機しているはずなのだが、今日は珍しくいないみたいだ。
「よし、行っていいぞ」
「おにーさま、ありがとっ!」
服を着せたシンディに、部屋に戻るように促す。
シンディは去り際に俺の頬にキスをしていった。
「さーて……」
そろそろ俺も着替えるか。
シャツを手に取り、袖に手を通す。
寝間着を着た俺は、特にやることもないので自室に戻ることにした。
バルコニーに出て、夜の風を身に受ける。
月明かりが眼下に広がる王都を照らす。
日中に比べて活気はあまりないが、それでも王都だけあって見渡す限り、人が視界に入ってくる。
基本的に王都は光に包まれているが、一部だけ光の当たらない場所がある。
―――スラム。
国がある限り、永遠に無くならないであろう場所。
貧しい者、人の道から外れた者、様々な事情を抱える者が住まう場所だ。
俺はどうにかして、スラムに光を当てたいと考えている。
スラムに住みたくて住んでいる者も少なくないはずだ。
孤児院、というものも存在するのだが、どうしても人手が足りない。
王都にある孤児院は三つ。
一か所の孤児院で受け入れられる子供の数は、大体五十人程度。
それに対し、スラムに住まう子供の数は千を超えていると言われている。
……足りない。
孤児院を一つ二つ増やしたところで焼け石に水だ。
この問題には、父様も頭を抱えている。
一度、スラムの一部を取り壊して巨大な孤児院を建設しようとしたのだが、スラムに住む人々から猛反対を受けたのだ。
結局、この事業は中止になった。
孤児院を建てようにも、王都には様々な建物が建っている。
それを取り壊して孤児院を建てようとすれば、民衆からの反発もあるだろう。
そうなると結局スラムの一部を取り壊して場所を確保するしかないのだ。
だが、それにはスラムの住人達が反発する。
……もはや八方塞がりだ。
それでも俺は、スラムに光を当てる。
スラムに光が当たるようになれば、ウィンデールはもっと良い国になるはずだから。
「……寝るか」
バルコニーから室内へ戻り、ベッドの中に入ろうとする。
「……」
部屋の外に何者かの気配を感じる。
俺は扉に近づき、ゆっくりと開けていく。
部屋の外にいたのは、少し意外な人物だった。
「アミ―か……」
部屋の外には、ネグリジェを着たアミーが立っていた。
このまま立たせておくのも何なので、アミーを部屋の中に招き入れる。
「こんな時間にどうしたんだ?」
「……」
アミーは俯いたまま、言葉を一言も発しない。
呼吸が少し荒いので、どうやら緊張しているらしい。
「ルナは……」
意を決したようにアミーが口を開く。
「ルナは、私のことどう思ってるの?」
「どうって……」
アミーの問いに、俺はすぐ答えることができなかった。
俺は……アミーのことをどう思っているんだ?
「私はね……ルナのこと、大好きだよ。憧れとかじゃなく、一人の男性として」
アミーが口にした言葉。
それは、初々しくも確固たる決意に満ちた、愛の言葉だった。




