守るために
「ハァ……ハァ……」
片膝をつきながら、俺は荒い呼吸を繰り返す。
「そんなものですか?」
俺を見下しながら、リーラが木剣をおろし、構えを解く。
「まだ……だ……」
リーラの目を見据えながら、木剣を握りしめ立ち上がる。
気合で足の震えを止め、木剣を構える。
「―――往きます」
「来いッッ!!」
身体強化を発動させたリーラがフェイントを入れながら間合いを詰めてくる。
俺も身体強化を発動させ、フェイントを見極めながらリーラへと向かっていく。
「ハッ!」
掛け声とともに、俺はリーラの脇腹を狙い、剣を一閃する。
「……遅い」
だが、リーラはいともたやすく俺の一撃を受け流す。
俺の一撃を受け流したリーラは、流れるような動作でカウンターを繰り出してくる。
頭部に迫ってくるリーラの一撃を身を屈めることによって回避し、俺は高速でリーラの間合いギリギリを走り回る。
……どうする。
このままでは、絶対にリーラに一撃を入れることはできない。
逃げ回っていても、いたずらに時間が過ぎていくだけだ。
「来ないのですか?」
リーラは目を閉じている。
これは意識を集中させ、俺が次にどう出るか見極めているのだ。
……隙がない。
「―――」
俺は魔壁を空中の随所に作り出し、その場に固定する。
そして、さらに体中に魔力を広げていくことで身体強化を一つ上の段階へ引き上げる。
『限界突破』
俺は固定してある魔壁を蹴り、上下左右に超高速で移動しながらリーラとの間合いを詰めていく。
移動速度に耐えられなかったのか、シャツの糸がほつれ始める。
―――ここだッ!
リーラの背後に着地すると同時に、俺はリーラの心臓部へと剣を突き出した。
「――まだ……甘いですね」
「ッ!?」
俺の突きは、リーラに届くことなく……
リーラは突きを半身になって避けると、剣の柄を俺の頭へ突き出した。
一瞬の出来事に、俺はリーラの剣の柄に頭を強く打ち付ける。
リーラのカウンターをもろに食らった俺は――
「その程度では、守るべきものも守れなくなりますよ」
――地面に背を付けていた。
「守るべきもの……」
「ウィンデールの民、セドナ様、そして……生まれてくるはずの新たな命」
……そうだ。
俺には守らなければならないものが沢山ある。
―――もう……守れないのは嫌なんだ。
頭の中に、そんな言葉が響いてくる。
―――もう……傷ついた君を見たくない。
俺の内側から、一つの感情が溢れ出てくる。
――深い、悲しみ。
「嫌だ……」
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。
「僕は―――」
ルナがふらりと立ち上がる。
「それでこそルナ様です」
立ち上がったルナに、リーラが声をかける。
「……」
だがルナは、俯いたまま一言も言葉を発しない。
「……?」
その様子にリーラは違和感を覚える。
いつものルナであれば何かしらの反応を示すのだが、今は何の反応も見せないのだ。
そしてリーラは次の瞬間、目を見開いた。
「何ですか……これは……」
リーラが目にしたのは糸。
幾千もの銀の糸が、ルナの周囲を漂い始めたのだ。
それは、ルナが召喚魔法を発動させた時と全く同じ現象。
銀の糸、その正体は――
「魔力……なの?」
――純粋な、不純物の一切混じっていない高密度の魔力。
常日頃から探知を発動させているリーラだから理解できたもの。
「まさか……魔力を可視化させるなんて……」
ありえない出来事に、リーラは息を吞む。
魔力を可視化させることができるなんて聞いたこともない。
色々と濃い人生を送ってきたリーラでも、これは初めての経験であった。
「ふふっ……ふふふっ」
リーラの口から笑い声が漏れる。
かつて、リーラは冒険者だった。
スリルを求め、各地を転々とし、単独でドラゴンも狩った。
そしていつしか、人々は彼女のことを剣聖と呼んだ。
異名――それは絶大な実力を持つ者に付けられるもの。
異名を持つ者は憧れられ、敬われるのだ。
戦うことが好きだったリーラにとって、異名というものは邪魔なものでしかなかった。
自分が何かしようとする度、周囲の人間がその邪魔をする。
異名持ちの手を煩わせてはいけない――と。
そのような状況が続き、リーラは戦いから離れていった。
戦うことが好きだったリーラも、いつしかその環境に慣れていった。
冒険者だったときにパーティを組んでいたショーンとフーリの伝手でメイドになってからは、戦いとは無縁の生活を送っていたリーラだが、目の前にいるルナの姿を見て、リーラは冒険者だったときの感情を思い出していた。
稀に見る、力量が全く読めない相手。
先ほどまでのルナは、そこそこ強い相手だった。
それでも、力量が読めてしまう程度の相手だ。
だが、今目の前にいるルナからは、全く力量が読めない。
発している雰囲気から、本気で相手をしなければ勝てないであろう相手。
「往きます――!」
地を蹴って、リーラが駆け出す。
だが次の瞬間、リーラは足を止めた。
「何故――」
何故そんなに悲しそうな顔をしているの?
「どうしたのですか?」
纏っていた闘気を払い、リーラはルナに近づいていく。
「嫌なんだ……守れないのは……」
その言葉を聞いたリーラは、ルナの目の前で片膝をつき、両手をそっと頬に添えた。
「なら、強くなればいいのです。私よりも、誰よりも」
「強くなれば……守れる?」
「守れます」
リーラだからこそ断言できる。
守りたいものがあるならば、強くならなければならない。
「強く……な……る……」
その言葉を残し、糸が切れた人形のようにルナが膝から崩れ落ちる。
ルナが気を失うと同時に、幾千もの銀の糸はその姿を消した。
崩れ落ちるルナを、すかさずリーラは抱き留める。
「いったい何だったのでしょう……」
ルナの瞳はショーン譲りの蒼色だ。
だが、先のルナの瞳は銀色だった。
どうしてそうなったのかは、リーラにもわからない。
「強くなる……ですか」
ルナが意識を手放す間際に残した言葉。
五歳ながらも身体強化の一つ上、限界突破まで扱える才能。
そして、底知れない魔力。
「本当に、鍛えがいがありそうですね……」
腕の中でスヤスヤと寝息を立てるルナを愛おしそうに見つめながら、リーラはぽつりと呟いた。




