新たな命
「ほらほら~」
母様の間の抜けた声が訓練場に響き渡る。
俺は母様が放った無数のウォーターボールを回避しながら、身体強化を発動させ母様との間合いを詰めようとするが……
「っ!?」
母様が発動させた地魔法のマッドカーペットに気づかず、足を取られてしまう。
「くそっ……」
勢い良く足を引き抜き、一旦態勢を整えるためにアースウォールを発動させる。
すると、俺の三メートルほど前に岩の壁が形成された。
「えいっ!」
だが、母様は瞬時にウォーターランスを発動させる。
母様から放たれたウォーターランスは、容易に岩の壁を貫く。
『風刃』
俺に向かって飛んできているウォーターランスを風の刃が切り刻み、消滅させる。
ウォーターランスを切り刻んだ勢いをそのままに、風刃が母様に向かって飛んでいく。
『炎刃、水刃、岩刃』
俺はさらに三属性の魔法の刃を作り出し、母様に放つ。
だが次の瞬間―――
「おーわりっ!」
―――俺の背後には、母様と数種類の魔法が浮かんでいた。
「負けました……」
「いえぃっ!」
俺が敗北を宣言すると、浮かんでいた魔法が姿を消す。
それと同時に、母様が後ろから俺を抱きしめた。
「強くなったね! 昨日よりも魔法の発動が早くなってる!」
「そうですか? 母様が魔法を発動させるのが早すぎて皮肉にしか聞こえません」
俺が魔法を一つ発動させる頃には、母様は魔法を二つ魔法を発動させている。
魔力の変換がめちゃくちゃ早いのだ。
俺も無詠唱を使えるのだが、同じ無詠唱でも母様は魔法を発動させるのが早すぎる。
「そうかな?」
母様が唇に指をあてながら首を傾げる。
「まっ、魔法は使えば使うほど発動が早くなるからね。ってことで……」
そう言いながら、母様が魔力を高めていく。
相変わらずマイペースだな……。
母様から距離を取り、魔力を高め、いつでも魔法を発動させられるようにしておく。
「「…………」」
長い沈黙。
だが突如、俺と母様は示し合わせたかのように同じ魔法を発動させる。
『『ロックバレット』』
数多の石礫が俺と母様の間で衝突し、砕けていく。
『ウォーターショット』
新たに魔法を発動させると、今度は水の礫が母様に向かって飛んでいく。
「効かないよ~」
母様の周囲に、薄い水の膜が生み出された。
水の膜が、俺の放った水の礫をすべて吸収する。
あれは……ウォーターカーテンか!
『ファイアーウェーブ』
俺の発動させた火魔法が、炎の波のように母様に向かって拡がっていく。
「おっ、いいねぇ~」
間の抜けた声を出しながら、母様が新たな魔法を発動させた。
『グラビティ』
「ぐっ……」
押し潰されていく感覚の中、俺はグラビティに抵抗する。
闇魔法のグラビティは、対象者の重力を何倍にも上げる魔法だ。
重力は魔力を込める量によって変動するが、今グラビティを発動させているのは母様だ。
魔力の量も、その扱いもピカイチの母様がグラビティを発動させると――
「……俺の負けです」
――訓練場の固い地面に足首が埋まったあたりで、俺は敗北を宣言した。
「いてて……」
限界までグラビティに抵抗したせいで、体中の骨がきしんでいる。
埋まっている足を何とか引き抜くと、すごい勢いで母様がぶっ飛んできた。
「ルナ、大丈夫!?」
「体中が痛いです……」
「っ!? ごめんね! 今すぐ治すからから……『ハイヒール』」
母様が治癒魔法を発動させると、温かい何かが俺の全身を包み込む。
そして、体中の痛みがスッとなくなった。
「まだ痛む……?」
今にも泣きだしそうな顔で、母様が俺に尋ねる。
「もう大丈夫です。ありがとうございます」
笑顔で礼を言うと、母様がまた抱き着いてきた。
「グラビティに魔力込めすぎちゃって……」
申し訳なさそうに母様が頭を掻く。
「母様が魔力を込めすぎるなんて珍しいですね」
母様は魔力の扱いがとても上手い。
それこそ、絶技と言ってもいい程だ。
そんな母様がミスをするなんて珍しい。
「体調でも悪いんですか?」
「うーん。最近ちょっと悪いかも?」
「いや、なんで疑問形なんですか……」
食事も睡眠も十分とっているはずなんだけど……。
「うぷっ……」
考え事をしていると、突然母様が口元を抑えて蹲った。
「母様っ!」
俺は急いで母様の背中をさする。
「誰か! 誰かいないか!」
母様の背中をさすりながら、大声で叫ぶ。
俺の声が聞こえたのか、数人のメイドが訓練場に小走りでやって来た。
「どうなさいましたか?」
「見ての通り、母様の様子がおかしい。急いで医者を呼び、母様の容態を見てもらってくれ」
「「「かしこまりました」」」
メイドの一人が担架を持ってきたので、その担架に母様を寝かせ、メイド達に運ぶように指示する。
そんな様子に気づいたのか、メイドが一人、また一人と集まり、母様の苦しそうな姿を見たメイド達は迅速に行動を開始する。
「母様……」
苦しそうにしている母様の手を握りながら、俺はメイド達へ指示を飛ばす。
「父様も呼んで来い! 今の母様の状態を伝えたら来てくれるはずだ!」
「はいっ!」
俺の指示を受けたメイドが、執務室へ繋がる螺旋階段に走っていく。
「……頼んだぞ」
「「「「「お任せください」」」」」
母様の部屋に到着し、母様が部屋の中に運ばれていく。
俺が小さな声で呟くと、メイド達から力強い返事が返ってくる。
「―――どうか、無事でありますように」
懇願するように、俺は母様の部屋の前で膝をついた。
翌日、俺は母様の部屋の中にいた。
部屋の中には、俺と父様、リーラの三人に加え、セドナとカーリーの姿があった。
母様はベッドの上で横になりながら、ニコニコと微笑んでいる。
「みんな集まってくれてありがとう。それとルナ、昨日は心配かけちゃってごめんね」
「いえ、問題ありません。そんなことより、お体は大丈夫なんですか?」
「そのことなんだけどねぇ……」
ベッドの上でお腹をさすりながら、母様が囁いた。
「赤ちゃん……できちゃったみたい……」
小さな声だった。
だがその声は、部屋の中にいる全員に聞こえた。
「「「「「…………」」」」」
長い沈黙。
その沈黙を破ったのは、やはり父様だった。
「……おぉ……おおぉぉぉおおおおお!!!!!」
椅子から立ち上がった父様が、両こぶしを掲げながら吼える。
「やったなぁぁあああ!!!」
カーリーは椅子から立ち上がり、母様の手を取って喜んでいる。
「これはこれは……」
リーラも口元に手を当てている。
大きく目を見開いているのを見ると、相当驚いているようだ。
「赤ちゃん……?」
セドナは状況が呑み込めていないようで、翠色の瞳をぱちくりさせている。
そして、俺はというと――
「…………」
予想もしていなかった母様の言葉に、息をするのを忘れていた。
赤ちゃんができた。
それってつまり―――俺が兄になるってことか?




