二人だけの魔法
もう教えることはない?
どういうことだ?
「何でですか?」
「だってルナ、私より魔法をイメージする力が強いんだもん! 教えることなんてないよ~」
「偶々上手く描けただけですよ」
「じゃあ、次はウォーターランスを描いてみて」
俺は画布を取り替えて、ウォーターランスを描いていく。
ここでも不思議なことに、手がスイスイと動き、俺のイメージした通りにウォーターランスが描かれていく。
描き終えてみて、自分の描いたウォーターランスを見る。
なんか母様が描いた絵よりも瑞々しさ、躍動感を感じる。
「ほら! 私が教えることなんてないじゃない!」
母様が頬を膨らませ拗ねてしまった。
もう一度、自分の描いた絵を見る。
……これ、本当に俺が描いたのか?
そう思えるくらい素晴らしい絵だ。
「もうっ! 私の作業に付き合いなさい!」
そう言って母様は俺の手を引き、部屋の中央にある画布の前にある椅子に座った。
俺も椅子を部屋の端から持って来て座る。
「今から新しい魔法を考えるわよ」
母様はそう言って再び画布とにらめっこを始めた。
それにしても、新しい魔法?
今から考えるのか?
「母様はどんな魔法を考えているのですか?」
魔法といっても四大元素を始めとし、系統外の光魔法、闇魔法、治癒魔法が存在する。
時空間魔法はエルナバス家の血を引いているものしか使えないらしいので省いておく。
召喚魔法にいたっては、恐らく俺しか使えない属性だ。
「そうね……水魔法を考えましょうか!」
水魔法……この属性の魔法のおかげでこの国は発展しているといえる。
何せ海の恩恵によりこの国の経済は回っているのだ。
海で漁をするために水魔法が多用されている。
魔法にも様々な種類がある。
攻撃魔法、支援魔法、生活魔法。
攻撃魔法は言わずもがな、相手を攻撃するための魔法。
支援魔法は味方を支援するための魔法。
生活魔法はその名の通り、日々の生活の中で使われる魔法だ。
例えば、暖炉に火をつける時だとか、顔を洗うための水を桶に張る時だとか。
このように、いろいろな場面で使われている魔法だが俺は今回、支援魔法を考えてみようと思う。
まあ考えてみると言ってもすでに大まかな部分は出来上がっているのだが。
「母様、思いつきました」
「早くない!?」
母様が驚愕の声を上げる。
「描いてみるので、どのような魔法か当ててみてくださいね」
俺はいやらしい笑みを浮かべながら、筆に手を伸ばす。
母様は今から俺が描く絵が何なのかわからないだろう。
もし俺が母様の立場だったら絶対にわからない。
俺は大きな画布に筆を走らせる。
自分の絵を一人、また一人と描いていく。
毎日、姿見で自分の姿は確認しているのでこれもすらすら描ける。
数分後、俺は自分の描きたかったものが描けた。
母様は終始、画布を見ては唸っている。
「これが何に見えますか?」
俺は唸っている母様に質問する。
「何って……可愛いルナがいっぱいいるだけよね?」
……そうじゃない。
そうじゃないいんだけど……。
「ありがとうございます」
照れくさいので礼を言っておく。
「これは、全部偽物の俺です」
「全部偽物?」
「今からやってみるので見ててください」
イメージは固まっているのでできると思う。
俺は魔力を周囲に拡散させ、深い霧を作り出す。
水を極限まで細かくし、それを空気中に散布させているのだ。
そして――
「ルナがいっぱい!?」
部屋の至る所に俺が出現する。
俺からしたら数が多すぎてもはやホラーだ。
「可愛い~!」
母様は椅子から立ち上がり、俺に抱き着こうとする……が。
「えっ? えっ?」
俺に触れられず、母様が抱き着こうとした俺は四散する。
母様は驚き半分、悔しさ半分と言った感じだろうか。
なんの悔しさかって?
そりゃあ……
「ルナどこかに消えちゃった……」
俺に触れられなかった悔しさだろう。
「俺はここにいますよ」
新しい魔法を発動させられた感動を抱きながら、俺は魔法を解いて霧を消す。
すると、さっきまでそこら中にいた俺も姿を消した。
「ねえ! 今のはどういう魔法なの!?」
母様が目を輝かせて俺に詰め寄る。
「今のは俺の幻を相手に見せる魔法……『幻想』とでも名付けましょうか」
「どうやって幻を生み出すの!?」
「母様、落ち着いてください」
いつもはのんきな母様だが、ここまで取り乱すのは珍しい。
俺は興奮する母様を落ち着かせ、説明を再開する。
「前提として、この魔法は光のある場所でしか使えません」
「なんで光のある場所でしか使えないの?」
「この魔法は、光の屈折を利用して幻を作り出すものなんです」
俺の考えた『幻想』は、深い霧の中の温度を下げ、その霧の中の冷気に光が差し、その光の屈折によって幻が作り出されるといったものだ。
日中は太陽の光があるし、光属性を扱える者がいれば夜も使える。
相手を攪乱させるために使えば、効果は絶大だと思う。
魔力感知で魔力を探ろうにも、その幻は魔力で作られた霧の中にあるため発見するのは困難だろう。
俺はこの魔法を前世の“蜃気楼”から考えた。
蜃気楼も光の屈折が起こす現象だったような気がする。
「凄い……」
母様が俺を尊敬しているような眼差しで見つめる。
……なんか変な気分だ。
「早くっ! どうすればその魔法が使えるの!?」
母様が年甲斐もなくはしゃぎまくる。
まるでお気に入りのおもちゃを見つけた子供のようだ。
「まずは……」
俺は一から光の屈折やらを説明するになった。
正直、面倒だ……。
――数時間後、部屋の中は深い霧に包まれて、母様の幻で埋め尽くされていた。
この世界の知識ではないので母様には難しい話だったと思うのだが、何と一時間ほどで内容を理解し、魔法を発動させる練習を始めたのだ。
「やった~! ルナと私だけの魔法よ~!」
年甲斐もなくはしゃぎまくる母様を見ながら俺は思った。
こんな感じでも、カーリーが言っていた通り母様は天才なんだな。




