鑑定の水晶
父様が変な声をあげた。
「どうしたんだいショーン君?」
「なんで……ここに……」
カーリーの問いかけに父様が後退る。
いつもの父様とは違い、おどおどとして頼りない感じだ。
「そんなに怯えないでほしい。今日は遊びに来たわけじゃないんだから」
その言葉を聞いた父様が、明らかにホッとしたような顔になる。
「そうか……それで? 君が来たってことは何か用があるんだろう?」
「あっ、そうそう。私の娘のセドナとショーン君の息子のルナ、婚約したから」
「…………」
カーリーの言葉に父様が大口を開けて固まる。
「ルナが……婚約した?」
父様が大口を開け固まったまま俺に聞く。
「はい。婚約しました」
「そ、そうか。……そうか!」
俺の口から婚約したことを伝えると、父様は俺の両肩をガシッと掴んで、「そうか!」と何度も繰り返す。
「痛いです父様」
父様があんまり力を入れるものだから肩が痛くなってきた。
「ああ、すまない」
我に返った父様が俺の肩から手を放す。
「ええと……セドナ」
父様が落ち着いてきたので、後ろにいるセドナを父様に紹介する。
俺に呼びかけられたセドナは、「初めまして……」と言い、俺の背後からひょこっと顔を出した。
可愛い。
「セドナちゃん……ルナのことを……頼んだよ!」
父様が目に涙を浮かべながらセドナの肩にそっと手を置く。
「父様、俺はまだ五歳ですよ? 今すぐ結婚はしませんし、できませんよ」
なんか大げさだな……。
「はい! 一生懸命頑張ります!」
父様に感化されたのか、セドナも目に涙を浮かべて返事をする。
だがセドナよ。
俺達はまだ子供だぞ?
「と、いうことだ。ショーン君、これからはより一層仲良くしていこう」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
そんなことを考えていた俺だが、ふと声が聞こえた方を向くと、父様とカーリーが力強い握手を交わしている。
最初はおどおどして頼りない感じの父様だったが、今はもう、いつも通りの威厳溢れる父様に戻っていた。
俺はソファーに座っているリーラに“鑑定の水晶”を持って来てくれと伝える。
リーラは「かしこまりました」と言って、部屋を出ていった。
「父様聞いてくださいよ! カーリーったら、俺にいきなり魔法で攻撃してきたんですよ!」
俺はカーリーと出会った時のことを父様に話す。
すると、父様の頬が引き攣っていく。
「それは本当かい?」
「本当だよ! だよね、カーリー」
俺の問いかけにカーリーが頷く。
「ほら! 本当で……」
「ルナ、よく生きていたな!」
「父様?」
父様の俺を見る目がなんだか輝いているような気がする。
「ルナ、ショーン君も昔、私に魔法で攻撃されたことがあるのさ」
横からニヤニヤした顔のカーリーが話に入ってくる。
昔、父様もカーリーに攻撃されたのか。
それで父様はカーリーのことが苦手なのか?
「ああ、あの時は本当に死んだと思ったよ」
父様がどこか遠くを眺めているような目をしながらその時のことを語りだした。
やはり、その時のことで父様はカーリーに苦手意識を持っているようだ。
「あれはまだフーリが人魚で私がウィンデールの国王じゃないときの話だ。私は退屈な毎日に嫌気がさし、無断で城を出て一人で散歩していたんだ。城からだいぶ離れてのんびり海を眺めながら歩いているときに、美しい声が聞こえてきてね。声のする方に歩いていくと海岸で歌っている一人の人魚がいたんだ」
「……その人魚が母様?」
「正解。そして私は、その美しい人魚に一目惚れしてしまったんだ。その美しい人魚が気になって、私は毎日毎日その海岸へ足を運んだ。ある日、私がいつも通り海岸へ歩いていくと、そこにはフーリの姿は無くてね。代わりにいたのが……」
父様がカーリーをちらりと見る。
なるほど。
母様の代わりにカーリーがいて、魔法をぶっ放されたと……。
「あれはショーン君がフーリに相応しいか男か試しただけじゃないか」
「噓だ……普通、人を試すのにあんなにも凶悪な魔法なんか使わないだろう?」
どうやら父様はカーリーから相当危険な魔法ををぶっ放されたらしい。
ご愁傷さまだ。
「それでもショーン君は防いで見せたじゃないか。立派なことだぞ?」
「褒められている気がしないのだが……」
父様が頭を抱える。
……こんな父様見るの初めてだ。
そういえば、カーリーが俺に放った魔法は何の魔法だったのだろう?
「カーリー、俺を攻撃するときに使った魔法は何なんだ?」
「あれは水魔法の『ウォーターショット』だよ。あれをショーン君に使った時は涙目だったなぁ」
水魔法のウォーターショットか……知らない魔法だな。
っていうか父様が涙目だった?
「ルナ、彼女が言ってることは嘘だぞ」
「魔力が切れる~って半泣きだったじゃないか。ルナは平然と耐えたけどね」
いや、案外しんどかったんだが……。
「ルナはすでにショーン君の魔力量を上回っているかもしれないね」
うーん。
そこまで魔力は多くないと思うんだけどな。
身体強化使ってるとすぐに魔力切れになるし。
「私とフーリの子だぞ。上回っていても何の不思議もないじゃないか」
親バカか?
俺が内心でそう呟くと同時に、ガチャッと扉が開き、リーラが中に入ってくる。
リーラの腕の中には、スイカと同じくらいの大きさの透明な水晶玉が収まっていた。
「遅くなってしまい申し訳ありません。これが鑑定の水晶でございます」
「ご苦労様」
俺はそう言ってリーラを労う。
ようやくか……。
「ほう、鑑定の水晶か。これを前に見たのは……何年前だったか」
父様が鑑定の水晶を興味深く観察する。
「私の適性属性は火だけだったからね」
父様の言葉を聞いて俺は驚いた。
火だけということは、シングルだっていうことだ。
平民でも適性のある属性が一つだけの者は珍しい。
たいていの人間はユニーク魔法を扱えるので、最低でも二つ以上の属性を扱えることになる。
だが、父様は火だけと言っているのだ。
「その火属性を極めて“炎帝”って呼ばれている人物は誰かな?」
「違う! 私は適当に魔物を倒しながら世界中を回ってたらいつの間にか勝手に変な異名が付けられていただけだ!」
炎帝か。
なんかカッコいい異名だな。
「ルナの適正はどの属性なんだろうね?」
セドナが俺の瞳をじっと見つめる。
……可愛すぎる。
「そうね~。私とショーンの子だから、トリプルは堅いと思うわよ」
母様がひょこっと顔を出す。
「ええと、水晶に手を当てればいいんですね?」
「そうです」
俺の問いをリーラが肯定したので、机の上にある水晶にそっと手を当てる。
すると、水晶が色を放ち始めた。
まず茶色。
「地属性」
次に赤色。
「火属性」
青色。
「水属性。これで“トリプル”か」
俺はこれで終わりだと思っていた。
だが――。
「えっ?」
緑色。
「風属性……“クアトロ”……」
俺を含め、部屋の中にいる全員が言葉を失った。
水晶の色はまだ変わり続ける。
白色。
「光属性……」
黒色。
「闇属性……」
淡い緑色。
「治癒属性……」
灰色。
「これは……」
「それが時空間よ」
「……全属性」
俺は状況が理解できずにいた。
全属性?
訳が分からん。
これが駄女神が俺に押し付けた種の力か?
俺は水晶から手を放そうとする――――
「嘘……」
誰かが呟いた。
――――銀色。




