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終章  作者: 野原いっぱい
光あるところに陰もあり
15/16

横浜(六)


挿絵(By みてみん)


「私、ソラよ。ソラ・ジョンストンあるよ」


彦太郎は風変わりな少女からいきなり名乗られ返す言葉が見つからなかった。

代わりに少女が笑顔を見せながら言った。


「その絵、面白い。ソラにも見せて、見せて!」

彦太郎は戸惑いながらも少女に絵双紙を見せることになった。

更にせがまれ描かれた絵を一つ一つ説明する羽目になった。

手間のかかる相手だと思ったが、決して不愉快ではなかった。

なにしろ、彦太郎の必ずしも正確でない説明にも、大いに喜び、驚きを露わにするからである。

今までこれほど感情豊かな子供に接したことのない彦太郎は気を良くして別の絵本も見せ、出来るだけ面白おかしく話した。

一通り少女の興味を引きそうなものを見せ終わると、彦太郎が尋ねた。


「今まで見たことなかったのか?」


「日本に来て、初めて、でも少し違うけどバードハウスにも絵本あったよ」


「バードハウスって?」


「私が生まれた家よ。アメリカのニューヨークにあるの」


「アメリカって聞いたことがあるな。海の向こうの国だろ。どうして日本に来たの?」


「パパに会いに来たの」

「パパって?」


「パパはお父さんのことあるよ。ママ、お母さんと一緒に探しに来たけど、戦争で死んでたあるよ」


「ふーん」


彦太郎はもしかしたら敏郎叔父が行った戦争ではないかと思った。

大勢の人が亡くなったと聞いている。


「小さいお墓があったの。お参りした。ソラ、パパの顔見たことないの」


少し可哀そうになった。彦太郎は自分のことを話すことにした。


「僕も本当のお父さんの顔を知らないよ」


「え、そうなの?」


「それにお父さんが誰なのか知らない。お母さんも小さいころ亡くなったしほとんど覚えてないんだ」


「お兄ちゃん、可哀そう。じゃあ今誰と一緒に住んでる?」


「今のお父さん。僕、東彦太郎というんだけど、お父さんとは苗字が違うんだ」


「じゃあ、養子ってことあるね」


彦太郎は慌ててしまった。

普段あまり深く考えたことがなかった。

「ま、まあそういうことかもしれないけど」


「じゃあ、ママによく似てる。ママもパパやママのこと知らないあるよ。ママは養子になってアメリカに行ったの」


「ふーん、そうなの」


その時、ソラの名を呼ぶ女性の声を耳にした。


「あ、ママよ。ママ!ここにいるよ!」


ソラが返事すると、開いている扉の横から一人の女性が書斎を覗き込んだ。

彼女を見た途端、彦太郎は目を奪われてしまった。

髪の毛が白く、鼻が高くて瞳が娘のソラ以上に青みががっていた。

着ている服も今まで見たことがないほどおしゃれで似合っていた。


「あら、どちらの方かしら?」


その女性は彦太郎を見て微笑を浮かべながら問いかけた。

代わりにソラが答えた。


「彦太さんていうの。絵本見せてもらっていたの」


「そうなの。それはありがとう。でもご迷惑じゃあなかった?」


自分の名前が違っていたが、気にならなかった。

急に声を掛けられ緊張のあまり、


「い、いえ」


と答えるのがやっとであった。


「まあ、ここには沢山の蔵書があるわね。私も見てみたいわ。でも残念だわ。今日は早く帰らなくちゃならないのよ。マリアが待ってるから」


「ソラ、もっと見たかったな」


「また今度来た時見せてもらいましょ。その時彦太さんもここにおられたら仲良くしてくれるかしら」


彦太郎は慌ててうなずく。


「ありがとう。その時が楽しみね。さあソラ、帰りましょう。さよなら、彦太さん」


「バイバイ」


彦太郎は手を振りながら帰っていく母娘を呆然とした様子で見送っていた。


「ねえねえ彦太さん。ママとよく似てるよ」


ソラの声を耳にしながらしばらく動けずにいた。

二人が去ってようやく自分を取り戻した彦太郎は再び仮名新聞を手に取りながら、今日は妙な日だと思った。

けれども、このとき出会った二人が彦太郎のその後の人生に密接に係ることになるとは思ってもみなかった。


****


ある日の午後、薬嘉堂に政府の医局関係者の訪問があった。

政府出資で製薬会社を設立するので説明にきたという。

近年医薬品の需要が増加しているが、現状品質の悪い輸入品に頼っており大きな問題となっている。

そこで、政府主導で医薬品の国産化を図ることになった。

ついては、長期のドイツ留学から帰ってくる長井長義という人物に白羽の矢が立った。

彼はベルリン大学で化学を専攻していたが、このほど政府の要請で最新の工場設備の建設、稼働の携わることになったと嘉右衛門に説明があった。


長井の指導のもと、工場建設に着手することになり、必要な設備もドイツから取り寄せているとのこと。ついては、国内ですでに薬品製造に動き出している民間の業者と連携を図ってゆきたいとの話であった。この話は嘉右衛門にとっては大歓迎であった。

国を挙げての製薬事業の推進は、嘉右衛門がやろうとしていることが間違いでなかったことを意味する。けれども懸念すべき点もあった。

長井が加わる新会社の大日本製薬が製造する薬品が、嘉右衛門たちが造るものと重複することにならないか。

けれども、それは心配無用だと政府役人は言った。

対象となる製品は薬品も含む化学品全般で、たとえ大日本製薬の規模が民間業者に勝ろうとも、とても対応しきれないこと、更に狙いはあくまで海外品の置き換えであって、生産する品目は事前に開示するし、逆に技術情報を提供した上で生産協力をお願いすることになるかもしれないと言った。

医化学の先進国ドイツで学んできただけに能力の差は歴然としているのかもしれない。

嘉右衛門にとって悪い話ではなかったが、まだ始めたばかりで先の見通しも定かでない段階で比較するのも恥ずかしいと思った。

おそらく嘉右衛門の知り合いの誰かが、耳に入れたのではないかと思われたが、まだ設備も専門家からみれば初歩の域にすぎないのである。

従って、今後良好な協力関係を結んでいくためにも、出来る限り早期に製薬場を稼働させる必要があった。

政府役人の訪問は嘉右衛門の意欲をかき立てることになったのである。



「ただ今戻って参りました」


「おお、帰ってきたか、二人とも元気そうでなによりだ」


「ええ、色々と学ぶことが出来ました。有難うございました」


「だが長旅で疲れたろう。今日のところはゆっくり休んでいいぞ」


「いえ、大丈夫です。早速報告させて頂いても構いませんが」


嘉右衛門は嬉しかった。

大坂の田辺五兵衛が運営する工場での実習から戻った二人から、直ぐにでも話を聞きたかったからである。

早速三人は事務室に移った。

二人は嘉右衛門を前に書き付けた紙片を見ながら実習内容を説明していった。

生産品目、製造工程、設備、装置、原材料、燃料等々。

それぞれ知り得た知識を詳しく伝えていった。それに対し嘉右衛門も真剣に耳を傾けた。

時折、嘉右衛門が質問すると、二人が間違いないかどうかお互い確認し合いながら答える。

二人の話を聞きながら、遠く大坂まで実習に行かせたのが間違いではなかったと確信を抱いた。

今回の派遣はある意味では冒険であったが、二人の能力と熱意を見込んだだけのことがあった。

嘉右衛門の知らない品目、装置名、用語もあった。

これからも修得すべき課題が数多くあることを痛感した。

更に製造した薬品の鑑定、分析の必要性も強調した。

相応の品質が確保できなければ、輸入品と何ら変わらないからである。

そして、自分たちがこれから目標とすべき製品についても提案した。

今回の実習で二人は相当な成長があったことをうかがわせた。

そして、その後遅くまで打ち合わせが続いた。

嘉右衛門も含め明日からの行動も話し合った。


次の日店の他の店員への説明も怠らなかった。

更に遠州建設の社長や薬種組合関係者等の親しい人々へ一報。

そして原材料や必要機材業者への訪問と動き回った。

嘉右衛門は先代を見習い、周囲の人たちへの配慮を決しておろそかにしなかった。

そういう気配りが周りから信頼を得、応援したくなる理由であろう。

そして、どうしても国内では調達できない機材を取り寄せるために横浜の居留地近くにある輸入商社に出かけることになった。

けれども嘉右衛門が外国語を話せるわけではなかった。

かなり以前から取引のある商社があり、そこを通して居留地内の外国商人と交渉している。

直接のやり取りも可能であったが、外国商人の中には悪質な者もおり、取り寄せた商品や決済に関するもめ事が絶えなかったからである。

その点馴染みの商社は信頼が出来、嘉右衛門の要望を良く理解してくれて、輸入窓口となってくれている。

とはいっても薬品に関して希望通りの品物が入ってこないことがあり、それが悩みの種であった。

今回は定期的に行っている薬品等の発注のかたわら、嘉右衛門が個人的に必要とする機材の詳細を説明し、問い合わせを依頼した。

ただ、まだ具体的な生産目標、生産計画が決まっていない段階で本当に役に立つのか定かでなかった。

ドイツの一流大学で学んできた長井氏であれば適切な助言をしてくれると思ったが、工場建設最中の忙しい身で、とても小さな町工場の相談に乗ってもらえるとは思えなかった。



帰りにいつものように伴野医院に立ち寄った。

伴野医師とは長年の付き合いで世間話の一方で、お互い関心のある医療や薬剤関係の情報を交換し合っていた。

この日も嘉右衛門が政府主導の製薬会社設立の話をすると、伴野は強い関心を示した。

特にドイツ留学から戻ってきた人物が中心となって事業を推進していくようだと説明すると、日本の医学はドイツ方式を取り入れており、薬品製造も自ずと同国の影響を受けるだろうと語った。

更に、ドイツの学者が結核の原因となる細菌を発見したという。

すぐには無理だがいずれはこの病気も克服することが可能となるだろうと言った。

確かに多くの人たちがいわゆる労咳で亡くなっており、しかも若くして発症する者もいて、昔からの課題となっている。

もし事実であればその発見は大きな功績であろうと思われる。

かつて何度も流行し多くの人命を奪っていた疱瘡が種痘の普及で予防できるようになったのと同様に、今難病で苦しんでいる人たちへの朗報に違いなかった。



熱心に話し込み惜しくはあったが、電車の時間が迫っており腰を上げることにした。

伴野医師に暇を告げ玄関に向かう。

何度も訪れており勝手知ったる建屋だった。

急ぎ足で木戸口まで来た時、危うく入ってくる人とぶつかりそうになった。


「申し訳ない」


「すみません」


女性であったが嘉右衛門と同時に声を上げた。

ところがその女性の顔を見て嘉右衛門はびっくりしてしまった。

嘉右衛門の様子を見てその女性は咄嗟に言った。


「ああ、私はこの近くの居留地に住んでいる者です」


おそらくその女性は自身の外見から西洋人のように見られているのを知っているのであろう。

察した嘉右衛門はすぐに言った。

「いえ、以前にお見掛けしたことがあるものですから、つい」


「そうなんですか。でもいったいどちらで?」


「東京大学です。確かフィッシャー教授だったかな、記念講演会で通訳をされておいでじゃあなかったですか?」


「あら、あの時、聞いてらっしゃったんですか。拙い通訳でさぞかしお聞き苦しかったでしょう」


「いえ、とんでもない。あの講演で感激したのは私だけではなかったはずですよ」


「ありがとうございます。そう言って頂くとほっとしますわ」


「あ、失礼。私、上林嘉右衛門と申しまして、東京で薬屋を営んでおります。伴野先生とは以前からの知り合いで、横浜に出たときは必ず寄らせて頂いております」


「私も伴野先生には大変お世話になっております。ナミ・ジョンストンと申します」


「そうそう、そうおっしゃいましたね。覚えております」


このとき、嘉右衛門はこの女性に伝えることがあるように思った。

だが、すぐには思いつかなかった。


「あの、お子さんのお名前、彦太さんとおっしゃいませんか?」


「彦太郎のことですね。でもどうしてご存じで」


「以前に私の娘がこちらの書斎で絵本を見せて頂いたようです。大変親切だったと言っておりましたわ」


「おそらくこの前一緒に来た時のことでしょうね、私の用事が済むまでここで待たせてもらったのですよ」


「ご養子にされていると聞きましたが?」


「いえ、一緒に住んでいるんですが家族のようなものです。彦太郎は私の恩人である以前の店主の孫にあたります。私の母が後妻に入りましたので、いわば義理の叔父、甥の関係にあたります」


ようやく嘉右衛門は話すべきことを思いついた。


「まあ、ソラったら間違ってばっかり。申し訳ないことですわ。ああ、ソラは娘の名前です」


「いえいえ、ところでジョンストンさんは今もフィッシャー教授と一緒に仕事をされていらっしゃいますか?」


「ええ、必要であれば東京に参りますが、普段は夫妻のロナルドやマリアと一緒に過ごしております。私たちも家族のようなものですわ」


「そうですか」


嘉右衛門は一呼吸置いた上で続けた。


「全くの初対面でお願いするのは大変心苦しいのですが」


「何でしょう。私で出来ることでしたらおうかがいしますが」


「実は私、さきほど薬屋を営んでいると申しましたが、事情があって薬品の製造も手掛けようと思っています。見よう見まねで取り組んで参りましたが、一度専門的な知識を持たれた方のご指導を仰ぎたいと思っていました。それで以前に拝聴しましたフィッシャー教授の講演会の内容や合成化学の権威だということを思い出したわけです」


「わかりましたわ。ロナルドの意見を聞きたいとおっしゃるわけですね」


「もちろん教授からすれば私たちは素人も同然ですし、なにかとお忙しい身の上、簡単ではないことは承知しておりますがお口添えだけでもしていただければと思いまして」


「なんでもないことですわ。帰ったら聞いてみますわ」


「それはありがたい。ただ、ジョンストンさんには、もう少し詳しく説明すべきでしょうが、電車の時刻が迫っており行かねばなりません。大変恐縮ですが私の素性については伴野先生に聞いて頂ければご存じだと思います」


「わかりましたわ。そうさせて頂きます。電車に遅れるといけませんね。早く行かれたほうがよろしいですわ」


「今日はジョンストンさんにお会いできて良かったです。ではお言葉に甘えて失礼します」


「私のほうこそ楽しかったです」


「ああ、もし難しいという回答であったとしても気にしませんから。もともと無理なお願いをしているわけですから。ではこれで」


「さようなら」


嘉右衛門は挨拶もそこそこに駅に向かって歩きだした。

ところがお願いはしたものの、言い忘れたことがあったのを思い出した。

一つは嘉右衛門が英語を喋れないことであった。

もう一つは連絡先を伝えるのをすっかり失念してしまっていた。

まあ、何とかなるだろうと自分に言い聞かせた。

そして、もう一度ジョンストン女史に会いたいものだと思いながら急ぐ足取りは軽かった。


****


ナミは自宅の庭先で開花した植物を眺めながら、鹿児島を訪れた時のことを思い返していた。

織部や監察官と共に、二人の若者の話を聞き入った座敷の情景が今でも鮮明に蘇る。

宮田賢一の最後の言葉に涙が止まらなかったこともあるが、若者たちが何度もナミに向かって謝罪を繰り返したこともありありと記憶に残っている。

彼らにとって、護衛の役目を果たせなかったことは、今まで心のしこりとなっていた。

しかも、守るべき相手が尊敬する師であったことが、自責の念となって頭から離れないようだった。

ただ、薩摩軍の敗退によって、彼らの上司や仲間が四散し、その失態を咎める者も詫びる相手もいなくなっていた。

その二人の前に師を探し求める女性が現れ、胸の内を告白する機会を得たのである。

もちろんナミにとって二人を責める気持ちは全くなかった。

むしろ宮田が亡くなるまでの足跡と思いやりのある人柄を知らせてくれたことに深く感謝した。

更に宮田を弔う場所がないかと尋ねると、二人は恐縮しながら粗末ではあるが手作りの墓があるという。刑を終えた後、師を偲んで、お互い相談しあって造った石碑のようだ。


翌日、二人の案内で娘のソラも伴って在所に向かったが港からそう遠くはなかった。

集落地の山側に墓地があり、その隅に設けられていた。

小さな墓石であったが表面には宮田賢一先生の墓と彫られている。

二人は在所に戻って直ぐに石材屋に足を運び墓石を手に入れて自分たちで彫ったという。

彼らの思い入れが身に染みたが、更に宮田が世界各国を渡り歩いたことを意識して、海が臨める場所を選んだという。

ナミは二人の配慮に礼を述べつつ、ソラと一緒に花を供え、手を合わせた。

監察官から宮田に相応しい墓所を手当てしてもいいとの申し出があったが、ナミはここで充分だと思った。

そして、宮田が最後まで大切にしていたというナミの帽子を再び二人に預けた。


「この帽子は宮田さんに差し上げたものです。お墓の傍らにでも祀って頂ければ幸いです」


二人は快諾した。

そして、弔いを終えて在所を離れる際の、見送りの若者たちの顔は清々しい様子が伺えた。

宮田の墓をナミたちが詣でたことで、胸のつかえが取れたのであろう。


ナミたちは役場に戻り監察官や織部に感謝の気持ちを伝えた後、次の便で織部の従者夫妻と一緒に横浜に戻ることになった。

心配してくれているフィッシャー夫妻や伴野医師夫妻に出来るだけ早く宮田が亡くなった事情を説明しなければならないと思った。

織部は旧交を温めるためにしばらく鹿児島に残るという。

別れ際に織部が言った。


「ナミが将来を誓い合った、ソラの父親でもある宮田賢一という人物は大変立派な人格者だったのだな。しかも自ら行動して人を導く精神は私も見習いたいと思うよ。ぜひ会ってみたかったな。まことに惜しい人物を失くしたものだ」



横浜に戻ると身近な人たちには、直ぐに鹿児島訪問の詳細を報告し、その後、時間を割いて米国や遠方の親しくしている人たちにも書き送った。

そして慌ただしい日々もようやく一段落し、ナミは今までとは異なった感覚で自分を見つめ直すことができた。

何年もの間ナミの頭から離れなかったことは、宮田賢一の消息であった。

フィッシャー教授夫妻の通訳として日本に来たのも真実を知りたいという前提があったからであった。

ところが今、宮田が亡くなった経緯が明らかになり、悲しくはあったが、その反面ある種の解放感が生まれていることも事実であった。

この心境はナミを戸惑わせることになった。

ナミ親娘と共にフィッシャー夫妻の日本の滞在期間がもう一年残っている。

懸案となっていた問題が解決し気持ちを切り替える必要があった。


「ああナミ、ここに居たのかい」


玄関の扉が開きロナルドが顔を出した。


「ええ、お客様が家を間違えないないように表に出て待っているのよ」


「ああ、もうそろそろだな。来られたら呼んでくれるかい」


「わかったわ」


今日は娘のソラがスクールに行っており、マリアは自治会の会合に出かけている。


ナミが待っている客は上林嘉右衛門と言った。

彼とは伴野医院で偶然出会って言葉を交わしたのが訪問を受けるきっかけとなった。

現在薬店を営んでいるが、薬品の製造も手掛けていきたいと言う。

ついては、東京大学で生徒に合成化学を教えているロナルドの助言を得たい旨の依頼があった。

念のため伴野医師に尋ねてみたが、嘉右衛門の評判は大変良かった。

若くして薬種店を引き継ぎ仕事に真面目に取り組んでいること。

更に周りからの頼まれごとも熱心にこなし信頼も厚い。

そして先見の明があり薬の国産化に積極的に動いていることは事実であるとの説明があった。

更に店主として常に謙虚で人柄が良く彼と接している人々の誰からも好かれているという。

もともとが旧幕府の上層階級の子息で教養があったが、家族や身近な人たちの数々の不幸を体験し、今以上に身内の者を増やしたくないという意識があって、独り身を通しているそうだ。

そのような人となりと初対面の好感の持てる印象から不都合は無いと判断し、ロナルドの耳に入れることになった。

その結果、とりあえず会って話を聞くことになったのである。

どうやら大学の講座も1年が過ぎて余裕が出ていることもあって、民間からの要望も応じる気になったようだ。

ただ、まだ試行段階だと聞き薬品製造も含む化学合成の基本的な説明になるだろうとの見解であった。

ところがこれが後々大変な誤りであったと気づくことになるのである。


ナミは早速、伴野医師から聞いた住所宛てに返事の手紙を送った。

文面にはロナルドの都合のいい日と場所を書き入れておいた。

もちろん通訳はナミがすることも付記した。

すぐに折り返しの手紙があり、面会の承諾を得たことに深い感謝の意が述べられ、嘉右衛門自身も含め3名で伺いたいとの記載があった。

ただ、前もって予定していた面会場所が都合悪いことがわかり、居留地内の自宅で行うことになったのである。



前の道を近づいてくる3人の日本人と思われる男性の姿が目に入った。

どうやら間違いないと思いナミが手を挙げると、先方も気が付き、先頭の男性が頭を下げて合図を寄越した。

そして、間近に来た顔を見ると、以前に会った上林嘉右衛門に相違なかった。


「これはわざわざお出迎え頂き大変恐縮です。ご連絡させていただいた通り三名で伺いました。今日はよろしくお願いします」


嘉右衛門は挨拶の後、二人の若者を紹介した。

いずれも即お辞儀をし、実直そうな印象を持った。

二人とも風呂敷包みを手に抱いていた。


「遠方のところお越しくださってご苦労様です。どうぞ中にお入りになって下さい」


ナミが案内し三人を屋内に招き入れた。

そして打ち合わせをする部屋に通し、ロナルドを呼びに行った。

ロナルドを伴い入室すると、嘉右衛門が真っすぐに二人を見据え、丁重に挨拶を述べた。

早速ナミは通訳を行うことになった。

ロナルドが握手を求めるとすぐに嘉右衛門は応じた。

洋薬等の購入で外国人と接触があり作法には慣れているようだ。

反対に若者たちは緊張気味で手の差し出しかたもぎこちなかった。

その後、風呂敷に包まれていた土産物を受け取ったが、珍しい細工物と菓子折りでロナルドは大いに喜んだ。

そして、5人はテーブルを挟んで椅子に座ったが、嘉右衛門が断った上で自己紹介を始めた。


話し方は通常より遅めで、ナミに理解しやすいように言葉を選んでいることがわかった。

更に通訳者を念頭に一定の間隔で会話を区切っていた。

恐らく仕事柄、輸入業者との交渉で、説明の仕方を心得ているようだ。


「東京大学の大久保氏とは子供の頃からの友人で、彼に薦められてフィッシャー教授の講演を聞きに行きました。そこで、お話を聞いたことが薬品製造を目指す要因の一つとなりました」


大久保氏にはロナルドもナミも大変世話になっている。

彼の名前が出たことでより親しみを感じた。

さらにその講演が決意するきっかけであったと言う。

思わずロナルドも相好を崩した。

更に嘉右衛門は今日話し合った内容を記録してもいいかと尋ねると、ロナルドは一向に構わないと答えた。

若者の一人が風呂敷から用紙を取り出したが、他にも多くの参考資料が目を引いた。

今日の面会に相当期待しているようだ。


そして仕事の話に移り、嘉右衛門が海外から質の良い薬品の調達に苦労していると説明すると、ロナルドが尋ねた

「今、どのような薬品を輸入業者から購入しているのですか?」


嘉右衛門は資料を手にしながら、一つずつ外国語名で答えた。

それに対しロナルドは知っているものについては頷き返し、不明なものがあると、すぐさま嘉右衛門から効能等の補足説明を聞き理解する。

一通り確認を終えたロナルドは言った。


「そのうち、いくつかの薬品の製法についてはある程度把握しているよ」


これには嘉右衛門も驚いた。ロナルドは説明した。

ドイツの大学で化学合成の研究に携わっていた折に、いくつかの事業所からの依頼で化学品の生産を指導し立ち会ったことがあると。

もちろん薬品業者とも交流があり、特定の製品に関しては、必要とする材料や装置、工程についても認識していると言った。

嘉右衛門は大いに喜び、当然製法そのものを教えてもらうことは無理だと承知しているが、薬品の基本的な製造工程を学びたいと言った。

ロナルドは了解した。


その間、ナミはロナルド、嘉右衛門双方に助けられながら通訳の役目を続けた。

専門用語が出てくるので骨が折れたが、それぞれが別の表現で言い直してくれて何とか乗り切ることが出来た。

また、若者の一人は二人の会話を筆記することに専念し、もう一人は嘉右衛門が説明しやすいように持参の資料を選別し提示する。

傍で見ていてもお互い見事に息が合っていた。

途中、マリアが外出先から帰ってきたこともあって休憩をとったが、ロナルドは嘉右衛門のことを大いに気に入ったようだった。だが、二人の目には一番大変なのはナミであると映ったようで両者から労いの言葉が掛けられた。

ナミ自身も、もう少し下調べするべきだったと悔やんだ。

けれどもこの後さらに厳しい作業が待ち受けていた。


休憩後、嘉右衛門は大坂の親しくしている同業者の製薬場を参考にして、空倉庫を改造し試作品の製作に取り組んでいると言い、そのために取り寄せた原料、および必要資材、装置、周辺設備を一つ一つ説明していった。

ナミ自身に理解できないものや、訳せない用語があると、補足説明だけでなく、持参の下描き資料を見せたり、時には嘉右衛門がその場で絵を描いて説明していった。

かなりの腕前でほとんど実物と違わなかったし、しかも素早く描いていく。

普段から描き慣れているのであろうが、苦も無く行っている様を見て、ナミは感心してしまった。

ときおりロナルドから出る質問にも、嘉右衛門は間を置くことなく答える。

二人の若者たちは嘉右衛門から尋ねられた時以外は、口を挟まず真剣にやり取りに耳を傾けていた。

心から主人を信頼し慕っている様子であった。


そして、時間を経るに従って彼らの薬学の知識が思っていた以上に高い水準にあることを、素人であるナミも認識するに至った。

更に娘のソラも帰ってきて再度休憩を取ったが、もうこの頃にはこの日だけでは満足のいく会合が終わらないことがナミにもわかっていた。

嘉右衛門がロナルドから納得のいく指導を受けるには時間が足りなかった。

その後も技術的に深い内容の質疑が繰り返された。

お互いの疑問や問題点を出し合い意思疎通が図れるようになっていった。

ナミも難しい役回りではあったが、次第に要領が掴めるようになってきた。

そして一通り話し合いが落ち着いた段階でロナルドが言った。


「どうだい、この続きは君たちの工場でやらないかい?」


実際、現地で実物を前にして質疑するほうがより理解しやすいのではないかと。

この提案に嘉右衛門は大いに喜んだ。

彼にとって悪かろうはずはなかったが、一方でナミの意向を気にした。

何といっても通訳者は必要不可欠で、経験のある人間が適任であったから。ナミは即座に言った。


「もちろん私のような者で良ければ参りますわ。この次はもう少し事前に勉強して臨みたいですね」


意を強くした嘉右衛門は工場の場所、規模、概要を説明した。

若者たち二人も同様に顔が綻んでいる。

彼らにとってロナルドの訪問は、強い後ろ盾を得た思いであったようだ。

ナミも通訳をしながら嘉右衛門の喜びが手に取るようにわかった。

そしてその後、工場への訪問の日程が決められその日の会合はお開きとなった。

彼らが暇乞いをする時には、マリアやソラも一緒に一家で見送ることになった。

三人の表情は来た時と打って変わって晴れやかであった。

若者たちとソラは手を振り合っている。

嘉右衛門とロナルドは再会を楽しみにしていると交互に述べ、ナミが伝える。

ナミは今日一日すっかり疲れ切ってしまったが、一方では久しぶりに充実感を抱いていた。


「フィッシャー教授は単なる学究の徒ではなかったよ。優れた技術者でもあることが受け答えしているうちに判ったよ。化学の知識だけでなく各種の装置にも詳しいし機械にも強い。今取り組んでいる薬剤を作成する設備の説明にも良く理解されていたよ」


「以前に聞いたことがあるんだが、彼の父親がドイツで染色業を営んでいたそうだ。彼も小さい頃から仕事を手伝っていたそうで、各種の色合いを出すために植物や鉱物の素材から独特に工夫した道具や装置を使って作業をしていたそうだ。教授自身はその際の色素の化学的な抽出に興味をもたれたのがきっかけで、研究者の道に進まれたのだが、もちろん化学実験等に必要な用具や装置にも詳しいはずだよ」


「なるほど、今まで様々な研究と経験を積み重ねてこられたのだから、私など及びもつかない幅広い知識をお持ちなのだな」


「大学や教育機関に身を置かれてからも、民間からの要請で化学工場の稼働に協力や指導をされていたそうだ。今でも母国の当時の関係者と交流があるそうだ」


「もちろん私たちも長い付き合いになることを願っているよ。出来れば教授の深い造詣にあやかりたいものだな」


嘉右衛門はこの日、東京大学の大久保将平のもとに足を運んでいた。

そして、横浜居留地のフィッシャー教授の自宅を訪問し、薬品製造を実行するにあたり意見を求めるに至った経緯と、近々工場に招き指導を受けることになったことを説明した。フィッシャー教授は日本政府が招聘し東京大学で教鞭をとっているが、民間人が教えを受ける場合は許可を得る必要があると考え、将平に相談にきたのである。

一通り話をした後で将平から返答があったが、教授が大学側と取り交わした契約時間外の個人的な活動であれば一向に差し支えないし、ましてや、報酬を受け取らないのであれば問題はないはずとのことであった。

以前に嘉右衛門が謝礼金を申し出たが、教授は仕事ではないのでとの理由で辞退したのである。


「私としたことが気の利かないことだったな。フィッシャー教授の人柄が詳しくわかっていれば、もっと早く引き合わすことも可能だったよ。ただ、外国人講師の中には大学を離れるとあまり束縛されたくないという人もいるのでな」


「とんでもない。将平が教授の講演会に誘ってくれなければ、伴野医院で通訳者のジョンストン女史を見かけても声を掛けなかったよ。将平には感謝しているよ」


「そう言ってもらえると嬉しいよ。ところで工場には彼女も来るのかい?」


「ああ、教授と一緒に来てもらえることになったよ。この前は薬品の名称や業界特有の言葉があって苦労されていたんだが、やはり女史に通訳をしてもらって大いに助かったよ」


「そうか、それは良かったな。けれども最近のことらしいんだが彼女にとって気の毒なことがあってな」

「というと?」


「以前に話したことがあるんだが、彼女が日本に来て探していた人物が亡くなっていたことがわかったんだ」


「もしかしたら娘さんの父親のことかな。彦太郎が聞いたそうだが、まだ会ったばかりで失礼だと思い、その件については触れなかったよ」


「その通りなんだが、もともと彼女が日本に来た理由はそのことがあったからなんだ」


将平はナミ・ジョンストンから以前に聞いた内容を嘉右衛門に打ち明けた。

彼女が捜している男性が日本の留学生でアメリカのニューヨークで知り合ったこと。

娘の存在を知らせると同時に引き合わせるためにフィッシャー教授夫妻の通訳として日本に来る決心をしたこと。

更に見つけ出すのは難航したが、結局西南戦争に巻き込まれ鹿児島で亡くなった経緯を順序立てて説明した。

嘉右衛門は話を聞きながらジョンストン女史の顔を思い出していた。

彼女の明るい表情からは、深い悲しみを抱いている様子はうかがいしれなかった。

そのような状況の中で嘉右衛門の依頼にこころよく応じてくれたことに感謝した。

と同時にあることが頭を過った。


「その捜していた人の名前は何と言ったかな?」


「ああ、宮田賢一氏だ。彼は薩摩藩所属だったというんだが、江戸の藩邸で生まれ育った人物で正式には藩士ではなかったんだ。しかも留学したとはいえ名簿から除外されたいたんで分からなかったんだ」


嘉右衛門は敏郎が戦場で遭遇し助けてもらった恩人の名前が、そのような名であったことを今になって思い出していた。

自分の仕事のことが精一杯で、すっかり失念してしまっていたが敏郎に会って確かめてみる必要があった。


「来年の今頃はアメリカに帰られるんで、亡くなっていたのは気の毒だったんだが、とにかく分かって良かったのかもしれないな」


そう、フィッシャー教授の任期もあと1年。

その間、何度か指導を受けることが出来るだろうか。

またその際にジョンストン女史の協力を得ることが可能だろうか。

嘉右衛門の頭には、今後目指すべき長い道のりに、二人の存在が大きく係る予感があった。


「まあ熱心ねナミ。少し休まないと疲れてしまうわよ。はい日本茶はいかが?」


「ありがとうマリア。でも今度はもう少しうまく通訳しないといけないから辞書に目を通しているのよ」


「明日、東京に行くのね。大変ねえ。そのヘボン先生が作った辞書役に立っているかしら。夫妻で親しくしてもらっているから特別に貸してもらったのよ」


「ええ、とっても。科学的な語句も訳されているからすごく勉強になるわ」


ヘボンは幕末に訪日し横浜で医療活動を行い近代医学の基礎を築いたと言われている。

一方で、ヘボン式ローマ字を考案し日本最初の和英辞典を編纂した。


「でもああいう悲しいことがあったので心配していたのよ。良かったわ、ナミが元気でいてくれて。私にとってはそれが一番嬉しいの」


「そうね、結構難しい言葉があってなかなか容易ではないけど、でも気が紛れていいのかなって」


先日の会合でロナルドは嘉右衛門の聡明な性質と熱心な姿勢に大いに感心したようであった。

彼が日本に来てからの仕事は若者への科学知識の普及と人材の創出にあったが、学生への講義以外にも育成すべき対象を見出したようである。

嘉右衛門たちが余程気に入ったようで、時間の許す限り、協力を惜しまないと言っている。

もちろんナミもそのつもりではあったが、ロナルドとは理由が違っていた。

知らず知らずのうちに嘉右衛門と宮田賢一の顔が重なり合っていた。

もちろん容姿も性格も全く異なっているが、どちらも若者たち二人と行動を共にし、信頼されているのである。

もし、宮田が健在であったならば、自らが範を示していたであろうか。

また、出自も異なっていた。

伴野医師が言っていたが、嘉右衛門の父親は政権の中枢を担った旗本の殿様であったという。

けれども幕府の崩壊で下層の身分に転落し、更に両親をはじめ身近な人たちが思いがけない不幸に見舞われているようだ。

けれどもそのような印象は全くうかがえなかった。

あくまで謙虚で誠実に人と接し相手に語りかけていた。

ナミにとっては嘉右衛門の力になることが、宮田への供養になるかもしれない、との思いもあった。


明朝、横浜の居留地を出発し、東京大学でロナルドと合流し、嘉右衛門が迎えに来て工場を訪問する予定になっていた。

どうやら泊まりになりそうだが、宿は確保してあるとのこと。


「日本に来てから1年過ぎたのね。親しくなった方もいるんだけど来年はもうお別れ。そう思うと何となく寂しいわね」


そう日本に居るのもあと1年。

その間、東京の嘉右衛門の工場に何度か通うことになるのだろうか。

少しでも相手の役に立てれば本望であった。

そして、感謝された上でニューヨークに戻ることができればこのうえない満足感が得られるだろう。

ニューヨークでは多くの知り合いがナミの帰りを待ってくれているはず。

再び教師の仕事をすることも可能だろう。

もう一度最初に抱いた目標を目指そう。

ナミはマリアの話を耳にしながらこれからの自分の姿を思い巡らせていた。






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