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終章  作者: 野原いっぱい
光あるところに陰もあり
13/16

横浜(四)


挿絵(By みてみん)


「嘉右衛門さん。あのような汚らしい建屋でいいのかい。もっとましな物件ならいくらでもあるんだが」


「充分ですよ。結構広いし天井が高い。廻りが空き地で町屋から離れているのがいい」


「あの建物は河岸で運搬に便利だと思って造った木材倉庫なんだが、どうも場所が悪くてな、ほとんど使われていなかったんだ」


「それに煉瓦造りというのが火に強くていいんです」


「まあ、それほど気に入ったんだったら自由に使えばいいさ。遊ばせておくのがもったいないのでな」


「もちろん使用料はお支払いします。ただ、内装に手を加えるのと、色々と機材を持ち込むつもりでいるんです」


「まあ、好きになさるがいいよ。料金のほうは他ならぬ嘉右衛門さんだ。まけといてあげるよ」


嘉右衛門は自ら描いた夢を実現するための第一歩として、作業場を確保することにした。

頭の中には大坂で見てきた田辺五兵衛の製薬場があった。

全くの未経験者で、一から取り掛かるため、見学してきた設備を参考にする以外はなかった。

遠州屋に相談すると、絵に描いた餅に終わるのではないかと嫌味を言われたが、最終的には何件かの手持ちの空き倉庫を薦めてくれた。

大掛かりな装置の設置に見合う広さと、高温での作業を行うことから、燃えにくい建屋を選んだ。

だからといってすぐに製品を造るわけではなかった。

場所が確保できたとしても、必要とする機材や装置、もちろん燃料や原材料も調達しなければならないが、それ以前に作製するもの、すなわち目的を明らかにしなければならない。

ただ、いきなり難しい目標を掲げるのではなく出来ることから始めるつもりであった。

要するに初めのうちは比較的簡単な試作品の製作になるだろうと予想した。

従って、短期間での成果は期待していなかった。


しかも嘉右衛門には薬嘉堂の店主としての仕事もあり、さらには、個人事業の遠州屋から会社組織に移行した遠州建設の顧問格として何かと便りにされており、作業場の設営に掛かり切りになるわけにはいかなかった。


「ところでどうだい社訓を考えてもらえたかな」


「ええ、社会や人々への奉仕も含めたらいいと考えておりましてね、後日お見せできると思いますよ。けれど、本来であれば社長がご自身で決めることではないかと」


「アハハ、そう固いこと言いなさんな。嘉右衛門さんには定款の作成や会社登記で骨を折ってもらったんだ。もう少し知恵を借りても構わんだろ」


嘉右衛門は畑違いのことでも頼まれると断れない性格であったが、常に勉強だと思って誠実に取り組んでいる。


店に帰ると一人の青年が嘉右衛門の帰りを待っていた。

彼は大久保将平の紹介状を携えていた。

椅子に座らせて読んでみると、静岡県出身で、親は幕末期の江戸からの移住組で、将平の後輩にあたる。国元の中等学校では非常に優秀な成績を修め、その後東京の理学校に入学、現在本科に在籍しているが、家庭の事情でこのまま勉学を続けていくことが困難になり、就職を希望しているとのこと。

大変真面目で勉強熱心なため面談の上、気に入れば採用を考えてほしいと記載してあった。

以前に将平を食事に誘った際に、薬嘉堂店主としての今後の目標と計画を説明し、その実行に向けてふさわしい人材を雇いたいと語った。

そのために、いくつか希望を挙げて顔の広い将平に求人を依頼したのだが、要望に合った若者を寄越してようだ。

話してみると、実直そうな若者で向学心はあるものの、経済的に苦しい親元の支援をこれ以上頼りにするのは心苦しいので、就職を決意したとのこと。

とは言っても仕事が簡単に見つかるわけではなく困っていたが、折よく将平から案内があり紹介してもらうことになった。

学校では化学、物理、数学等を学び、実験学習も体験しており、課題が難しくなるほど熱中するという。あまり社交的な印象はなく、与えられた職務を地道にこなしていく性格のように見受けられた。

それは嘉右衛門にとっては都合が良かった。

これから何年かかるか定かではないが、試行錯誤で新たな産品を創造していくのにうってつけと思えた。嘉右衛門はすぐにその場でその青年を採用すると決めた。


さらに数日後、もう一人の若者を雇うことになった。

長年薬嘉堂に仲買人を通じて和薬を売っていた製造業者の息子であった。

今までであれば代々伝わる漢方や和薬の製法を習得し後を継ぐところであったが、近年の政府主導の西洋化に伴い、薬種店や薬局では洋薬が主流になり、生産量が先細りするのは明らかであった。

そのため、西洋の薬品知識を学ばせる必要があって、薬嘉堂が独自に化学薬品の製造を目指していると伝え聞き、息子を預ける決心をしたとのこと。

まだ十代の若さではあったが、薬剤の製造工程には通じており、おそらく洋薬に関する理解も早いと思われた。


嘉右衛門は二人を寮から店に通わせ、しばらくは薬剤の種類、用途等を覚えさせることにした。

従来は嘉右衛門もそうだったが、年少者を奉公人として一人前になるまで雑用をさせ、手に職を持たせるまで年月を要したが、二人には薬嘉堂が目指している将来展望に特化した職務に専念させることにした。けれどもそれは先行きが不透明な賭けといってよかった。

最終目標は西洋薬の国産化である。

充分な知識も技術もない者が取り組むには、あまりに目標が高すぎるともいえた。

参考にしている大坂道修町の事例にしても、同地は海外薬品の商いに関して長い歴史があり、洋薬にも精通していて、さらにオランダの専門家を招いて指導を受けている。

すなわち、商いを続けていくのに必要に迫られた選択といえる。

しかしながら、薬嘉堂も所属する東京の薬種商にはまだそれほどの意識はなかった。

明治政府から、薬種全般についても西洋化するよう通達がなされ、調達先を変更して対応していたが、独自で造るという発想はなかった。

日ごろ親しくしている薬種商の仲間に打ち明けると反応は様々であった。


「我々は商品を扱う問屋にすぎないんだ。作るのは専門業者に任せとけばいいと思うよ」


「まだ時期が早すぎると思うよ。もう少し様子を見たほうがいいんじゃないかい」


「理想は立派でも、あまり無理して身上を潰すことになりかねんよ」


逆に肩入れする意見もあった。


「嘉右衛門さんの若さだからこそ出来ることだな。大いにやりなされ。協力するよ」


「まず隗より始めよだよ。期待しているよ」


「とにかく焦らず気長にやることだ。すぐに結果が出ないことを肝に銘じておくべきだな」


和薬製造業者の息子を紹介したのはこのうちの一人であった。

また、知り合いの中には積極的に支援を申し出る者もいた。

もともと嘉右衛門は子供の頃から、物事に取り組む姿勢が大変真面目で熱心であることから、周囲から応援したくなる特徴があった。

先代の嘉右衛門が小太郎を引き立て、自分の跡継ぎと考えたのもそうであったし、遠州屋も火災で焼失した薬嘉堂の再建に手を貸したのは、娘の咲からの強い要請もあったが、当時小太郎と名乗っていた現在の嘉右衛門の聡明さと実直な性格に惚れたことも大きかった。

また、大坂の薬種問屋の田辺五兵衛もその一人かもしれない。

嘉右衛門が訪問時に歓待を受けたこと、作業場を見学させてもらったことに、深い感謝の気持ちをしたためた手紙を送ると、折りかえし、場内は汚くて恥ずかしい限りではあるが、もし、今後の参考になるようであれば、また、いつでも見に来て頂いて結構だと返事があった。

嘉右衛門は大いに心を動かし、期待の新顔二人がある程度の薬品知識を習得した段階で大坂に連れて行こうと思った。


作業場と要員を確保した段階で、次にするべきことは、作成品の選択と必要機材の導入である。

まだ緒に就いたばかりで、初歩的な化学品を試作することから始めるつもりでいた。

すなわち、アルコールや酸類等であったが、それでも最小限の原材料や装置を手配しなければならなかったし、燃料も必要であった。

もちろん、嘉右衛門自身も仕事の合間を見て、勉強しなければならなかった。

今までも主に植物を素材として抽出、濃縮、乾燥等の工程を経て製造する和薬や漢方薬の製法については、年配者から教えを受けて書き留めていたが、西洋から入ってきた化学については全く未知の分野で、正直なところ五里霧中といってよかった。

一応、講習用の教材や資料類を取り寄せ勉強する一方で、大久保将平に頼んで専門家から直接教えを受け知識の向上を目指した。

さらに学生向けの実験講習に、許可をもらって飛び入りで参加することもあった。


このため嘉右衛門の日常はほとんど羽を伸ばすゆとりはなかった。

もちろん本業もおろそかにすることはなかったし、同業者や仕入れ業者との打ち合わせを行い、定期的に横浜にも行く必要もあった。

また、遠州建設の社長からの依頼も手を抜くわけにはいかなかった。

さらに、来客も多くその応対に時間を割かねばならなかった。

時折、敏郎の嫁の咲が差し入れにくることがあった。

独り身の嘉右衛門と養子の彦太郎の日常は、食事も含め生活全般を雇っている家政婦に任せていた。

そのため、咲は二人が不自由しているのではないかと、様子見に来るのである。

何度かお見合いの話を持ってきたが、嘉右衛門はその都度適当な口実を作って断っていた。


「嘉右衛門さんにとっては仕事がお嫁さんのようなものなのね」


と言っていつも咲は冷やかしている。


新入りの若者が一通り薬嘉堂の商品を習得した段階で、取り寄せた機材の設置作業に従事させることにした。

とりあえず、嘉右衛門が習得した化学実験を再現できる環境を作ることが目標であった。

三人は作業場で会合を重ね、足りない機材を手配することにした。

二人の若者は以前の経歴で、ある程度の知識が備わっており、理解も早かった。

また、ともに嘉右衛門の人望に敬服し、方針に忠実に従った。

とはいっても、実績のない素人集団には予期せぬ障害も多かった。

燃焼に使用する炭が粗悪品だったり、液体を入れる受け皿が破損しやすかったり、その他様々な手違いが続発した。

あらかじめ難しいことは承知していたが、一筋縄ではいかないとあらためて実感したのであった。

それでも改良に改良を重ね当初目標としていた実施試験にこぎつけることが出来た。

思うような成果は出なかったものの、真似事の試みとしては充分満足であった。


その後、何度か試験を積み重ね、作業に慣れた段階で、いよいよ大坂に出発する日が近づいてきた。

田辺五兵衛の好意に甘えて、二人を当地の製薬場で数か月間実習に参加させることになったのだ。

五兵衛には二人を作業員として自由に使ってほしいと伝えている。

その間に国内最新の薬品製造技術を学ばせることが目的であった。

二人は自分たちの使命を充分認識しており、意気込みに溢れていた。

そして、大坂には嘉右衛門も同行した。

前回と同様の船旅であったが、初めての若者たちは激しい船酔いに陥ってしまった。

陸地に着いた段階で、二人は口を揃えて帰りは陸路にしようと言い合った。

店に着いてみると、田辺五兵衛から笑顔で出迎えを受けた。

今回は相手にとって迷惑な申し出ではなかったかと嘉右衛門は危惧していたが、言葉を交わした感触は、志が同じ仲間に再会した思いであった。

店内に落ち着くと、嘉右衛門は早速、薬種品を扱う者として自分が描いている将来の構想を説明した。

作業場を確保し化学品製造に必要な基本的器具を導入したこと。

更に専任担当として二人の若者を雇い入れ教育中であると同時に、機会を設けては自分を含めて専門家から講習を受けていると述べた。

そして最終的には、五兵衛が手掛けているのと同様に、いずれは西洋品に匹敵する化学製品を造ることが目標だと伝えた。

五兵衛は大いに感心し、出来る限りの協力を惜しまないと言った。


「どうやら本気でやらはる覚悟でんな。なんでもわからんことがあれば聞いてもらったら相談に乗りまっせ」


とも言ってくれた。

嘉右衛門は将来的にはお互い事業提携していくことも考えていたが、とりあえず商いの糧として立ち上げることが先決であった。

そのためには頭を下げてでも、専門知識を深めようと決心していた。

その後一日を掛けて、五兵衛や製薬場の作業責任者から薬品製造に必要な機材について、基本的な指南を受けてから、若手二人に望みを託して帰路に就いた。


東京に戻ってからも嘉右衛門は多忙であった。

薬嘉堂の店主としての仕事の傍ら、新たな事業にも着手していかねばならなかった。

今となってはもはや後戻りすることは出来なかった。

とにかく知恵を絞って前進する以外なかった。

手持ち資金も決して十分とはいえない。

他に先駆けて薬種品の西洋化を進めたことで、収益が上がったものの、限りなく投資できるほどの余力はなかった。

従って、資金の融資先にも足を運ぶ必要があった。

また、二人が帰ってくるまでに、ある程度の設備を揃える必要があった。

特殊な機材も含まれるため、入手経路も物色する必要もあった。

更には、手始めに何を造るのか決めなければならない。

素人の真似事では済まされないのである。

嘉右衛門にとって考えることは山ほどあった。


******

東彦太郎は伴野医院の書斎で江戸時代に出版された絵双紙を夢中になった眺めていた。

その部屋には難しい書物が多数保管されていたが、娯楽本や絵本、絵入りの仮名新聞も積まれて置かれていた。

患者が待合室で見るために取り寄せたのだが、珍しいものは捨てずに残してあった。

彦太郎が住んでいる薬嘉堂にも昔はあったが、火事にあって全てが焼失したそうである。

この日、店主であり養父でもある嘉右衛門が、横浜に仕事で出るにあたって、彦太郎に一緒に行こうと声が掛かった。

もちろん彦太郎は大いに喜んだ。

なにしろ列車に乗るのも初めてだし、東京から外に出るのも初めてだったから。

道中、彦太郎は興奮しぱなっしであった。

ただ、普通の子供と違っていたところは、窓の外に流れる景色そっちのけで、蒸気機関車の力強い動きに関心を示した。

彦太郎にとってはどのような仕掛けで重い箱車が線路の上を走るのか不思議でならなかった。

嘉右衛門に質問を繰り返したが、納得出来るような答えは返ってこなかった。

仕舞には苦笑いしながら、しっかり勉強して最高学府に入り、学問を積んで究明しなさいと言われてしまった。


横浜では港の見学がてら食事をすることになっているが、嘉右衛門の仕事が済むまで伴野医院で待つことになった。

かなり親密な関係のようで、横浜に出た際は必ず立ち寄るそうである。

待合室は患者の出入りがあるため、彦太郎は書斎で時間を潰すことになったが、日ごろ目にしない珍しい雑誌やちらしに興味が尽きなかった。

庶民用に取り寄せたもので、文字も平仮名で書かれたものも多く、小学校に通っている彦太郎にも理解できた。

しばらく我を忘れて詠めていると、突然甲高い声が耳に入った。


「ハアーイ。ここで何してるね?」


思わず顔を上げ、入り口を見ると風変わりな容姿の女の子が目に入った。

編んだ髪には花飾りがついていて、笑顔のこぼれた顔つきも普通に見かける子供とは違っていた。

何よりも瞳が青っぽく、衣服も派手な印象を受けた。


「な、何だ、お前は!」


この医院には双子の姉妹がいると聞いているが、習い事に行っているそうで、患者の家族かもしれない。その子は怯みもせずはっきりと答えた。


「私、ソラよ。ソラ・ジョンストンあるよ」


言葉遣いも妙であった。

彦太郎は唖然として見守った。


*****


ナミは伴野医院の応接間でアメリカに渡ってからの体験を語っていた。

聞き手は以前に坪井数馬と名乗っていた伴野医師とその妻女であった。

妻女にも同席させたのは、女性がいたほうが話しやすいだろうとの心遣いがあった。

娘のソラは医師の双子の娘たちが相手していた。

話の内容は少女時代のボストン、そして高校生活を経験したニューハンプシャー、養父のフランクが亡くなってから移ったニューヨークに至る。

その間の生活や出来事、様々な人たちとの出会いと別れ、社会状況等を説明していった。

もちろん二人ともアメリカに関する知識は乏しく熱心に聞き入っていた。

時折入る質問にもナミは詳しく答えたし、親友の受けた暴行や人種差別、社会問題についても隠すことなく触れていった。

妻女は悲しい場面や不幸な話があると、その都度


「お気の毒に、お気の毒に」


と言って同情した。

養母のエイミーが昏睡状態から蘇りナミに伝えた最後の言葉を披露すると涙を流しさえした。

更に、日本人留学生の宮田賢一との出会い、予期せぬ別れ、娘ソラの出産、そして、日本に戻ってきた理由を説明すると、妻女は夫の伴野医師に対し、


「お前様、何とか力になってあげてくださらない」


と盛んに訴えた。

伴野はもとよりそのつもりであった。

そして言った。

「宮田さんを探してあげたいのはやまやまだが、私は一介の町医者。個人として出来ることは限られている。だが、私が知っているお方なら力になってくださると思う」


「それはどなたかしら?」


むしろ妻女のほうが期待を寄せている。


「私の恩師で織部様というお方だ。国元で今も子弟の教育に携わっておられるんだが、大変立派な方で名声はあまねく知られており知己も多い。何度か明治政府から要職に誘われたんだが、きっぱりと断られてね。自分にとっての使命は、これからの世に役立つ若い人材を育てることだと申されるんだ。もちろん教え子も多い。私もその一人なんだが、大変お世話になってね。今こうして医師をしているのもその方のお陰なんだ」


「そう織部様ならなんとかしてくださるわ。何度かいらっしゃいましたわね。いいお方ですわ」


「官庁にも先生の弟子が入っているから何らかの情報が得られると思うんだ」


「でも、そのようなお方が私のような者に手を貸していただけるのでしょうか」


ナミが恐縮して尋ねると、伴野は頷きながら言った。


「実をいうと、先生が若いころ、ナミの母親とは親しい間柄だったんだ」


これにはナミも妻女も目を見張ってしまった。


「今だから言ってしまうが、私がナミの母親に会いに行ったのは先生からの依頼があったからなんだ。ある事情でお二人が別れてから、先生の思慕が強く脳裏から離れなかったようなんだが、私の長崎留学が決まった日に打ち明けられてね。けれども私が母親に会えた時にはもはや病が重く手の施しようがなかった。かろうじてナミを預けた実家の場所が聞き取れて足を運んだわけなんだ」


「では織部様にとってナミさんとは強い絆がおありなんでしょうね」


「ああ、ナミを実家から連れ出したことを知らせると、不自由しないよう生活費を送ると申されてな、気に掛けてらしたよ。もしジョンストン氏が現れなければ先生がナミを引き取られたはず」


伴野は笑顔を見せて続けた。


「そういう先生のことだ。ナミの困りごとは何をさておいても手を貸して頂けると思うよ」


伴野は早速手紙を書くと言った。

ナミは心から感謝し、妻女は大いに喜んだ。


その後、お互いの境遇や近況を時間が過ぎるのを忘れるほど語り合った。

午後の診察が始まる間際にようやくナミは腰を上げた。

ソラも双子姉妹と仲良く過ごし満足気であった。

この日は親娘にとって充実した一日となった。

更にナミの心にのしかかっていた憂いが、軽くなっていることに気がついた。

もちろん、まだ問題が解決したわけではなかった。宮田賢一の所在は分からないままである。

けれども、ナミが最も信頼を寄せる相手に告白し、協力を得たことでいずれ真実が明らかになるだろうとの確信を抱いた。


ナミは伴野医院に何度も足を運んだ。ソラも一緒だったが、病後の診察のためマリアを伴うこともあった。

その都度歓迎されて部屋に通され、長居するほどお互いに話題が尽きなかった。そして自然と家族的な付き合いをすることとなった。

何度目かの訪問の際、伴野が送った手紙に対して恩師からの返信があったと伝えられた。

文面を見せてもらったが、そこには昔、好誼のあった女性の娘ナミが日本に戻ってきた驚きと喜び、更にはぜひ対面したいと書かれてあった。

そのときには、ナミが捜している人物の報告をしたいとも付記されていた。

ナミは伴野医師が尊敬し、母親が親密であった人に会える期待に胸がふくらむ一方で、宮田の所在がつかめない理由を知ることが怖くもあった。

その内容によっては失望感を覚えることになるかもしれない。

けれども曖昧なままでいるより、自分の将来のために真正面から受け止めるしかないと思った。


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