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終章  作者: 野原いっぱい
光あるところに陰もあり
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序章

    (序章)


ナンシー・バンクスは久しぶりに日本の地を踏んだ。以前に学会の仕事で京都を訪れて以来のことである。

一応ニューヨークの大学に籍を置いてはいるが、講義のない期間は歴史学者として、世界各国を調査、研究のために飛び回っている身の上であった。けれども今回は極めて個人的な理由で過去の探索に来たのである。しかも、本国では彼女の報告を、両親や弟をはじめ家族一同が心待ちにしているのであった。


行先は地図検索すると首都東京の中心付近の住居であった。成田空港で降りてその近辺の最寄り駅まで移動する交通手段は事前の調べで把握している。仕事柄、一人で行動することは慣れていたし、初めての地も厭わず足を運んできた。その点交通事情の良い、この大都会にある目的地には最終的にはタクシーを利用したとはいえ、比較的スムースに到着することができたのである。周辺は背の高い建物が並び立っていた。マンションもあったが、どちらかといえばオフィスビルが目立つ。

そのはざまに緑の垣根に覆われたお屋敷があった。


金属製の門扉の前に立ち、表札を見ると、『東』という日本語は理解できたが、その下の字は読めなかった。インタフォンを押し姓名を告げると、少し間が開いたものの、ロックが外れる音を耳にした。そして待つまでもなく、扉が開き、老婦人が顔を出した。


 「バンクスさんですね。お待ちしておりました。どうぞお入りになって下さい」


 婦人とは電話で言葉を交わしており英語を話せることを知っていたので、本人が現れて安心だった。若い頃に数年間アメリカでの留学経験がありその後何度も渡航していて、知人も多いそうである。彼女の案内に従って屋敷内の煉瓦造りの建屋に入った。


「主人や息子は勤めに出ておりますの。今おります者は、私と嫁ですが、創業者の血を引いているのは私ですの」


どうやら夫は入り婿のようで、ナンシーの用向きも彼女が果たしてくれるようだ。


「ここは昔、店があった場所で、代々の当主がここを離れることがなかったものですから」


あらかじめ用件を伝えてあったので、説明を聞きながら彼女の後について居間に入った。

さっそく飲み物を勧められたが、彼女はナンシーのような外国人の応対に慣れており、すぐに打ち解け双方の紹介もスムースに進んだ。しばらく雑談した後、婦人が切り出した。


「あまり長話をしているとご迷惑かもしれませんね。わざわざここまでいらっしゃった目的がおありでしたから、さぞかし待ち遠しい思いをされておいででしょうね」


そう、ナンシーが日本に来ることになったのは一枚の写真を見ることであった。婦人からスキャンした上で電送してもよいとの申し出があったが、ナンシーは直接、実物を見ることを望んだ。それは彼女や彼女の家族にとって、強い関心事であったため、歴史学者としての慣行でもあったが、自らの目で確かめたかったのである。それと血縁者に確認したいこともあった。婦人もその内容に興味を持ち、大歓迎だと言った。

息子の嫁が紙包みを持ってきて婦人に手渡した。受け取った婦人はそれをナンシーの前にあるテーブルに置いた。そして、


「ここは地震や戦争等で何度も火災にあったのですよ。残っていたのは運が良かったのでしょうね」


と言いながら慎重に包みを開く。ナンシーは思わず固唾を呑んだ。現れた写真は、B5サイズくらいのモノクロで、大勢の人々が写っていた。保管状況が良かったためか、それぞれの顔を目視することができた。ナンシーは慌ててバックから拡大鏡を取り出した。


「どう、あなたが捜している方がいらっしゃるかしら?」


ナンシーが顔を寄せ写真を覗き込むと、婦人が前列中央に座る年配の女性を指さした。婦人の説明を聞きながら、ナンシーは想像していた通りの優しそうな女性だと思った。

そして、その女性の左手が隣の若い女性の右腕に触れているのに気が付いた。その顔を見てナンシーは思わず興奮した。それが誰かを婦人に聞いたが、分からないと言う。けれどもナンシーは一目で気が付いた。


「よかった。とうとう会えたんだわ」


ナンシーは涙ぐみ、同時にここまで来た甲斐があったと思った。しばらく心惹かれた後、今度は視線が斜め後ろの人物に引き寄せられた。ナンシーは驚愕した。


「なぜ、なぜあなたがここにいるの?」


ナンシーは何度もその人物に問いかけた。

百年以上前に撮られた写真から目が離せなくなった。





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