*6* ウサギを追いかけて
*6*
ウサギを追いかけて走っていた陽介と春美。だが、肝心のウサギを見失ってしまい、陰介たちともはぐれてしまった。
キョロキョロと辺りを見回していると目の前の横断歩道が現れた。二人は立ち止まる。赤だからだ。二人は息を整えながら、
「どうしよう、このままウサギを見つけられなかったら・・・・・・」
いつも明るい春美が不安そうな顔をしているのを見て、陽介は「大丈夫だよ」と笑って見せた。
走ることが苦手な陽介は、春美より息が荒く、肩を上下させているが、春美はその一言に勇気付けられた。曇りがかっていた表情がぱっと明るくなる。
「うん、ぜったい帰ろうね!」
「あ!」
陽介が向こう側の信号の下にウサギがいるのを見つけた。ウサギはその場でオロオロしている。と思ったら、また走りだした。
「あ!待って!」
信号が青になった。二人が横断歩道を渡ろうとしたその時ーー
「「とまれぇぇぇぇ!」」
後ろから聞こえてきた大きな声にびっくりして、陽介たちは渡るのを止めた、次の瞬間パァーと車のクラクションが鳴り響いた。
目の前の道路を次々と車が走って行く。
「危なかったぁ」と言って、二人に向かって声をかけた陰介が秋美をおぶってやってきた。さっきの声は陰介と秋美のものだった。
「ど、どうしたの! 秋美ちゃん!」
「転んじゃって。あはは」
「止まれって、信号は青じゃ……あ」
陽介は分かった。信号もあべこべだと。
こっちの世界じゃ、青が「止まれ」で、赤が「進め」なんだ。
信号が赤になって、四人は横断歩道を渡る。またウサギを見失ってしまった。秋美をおぶっている陰介がしんどそうだったので、近くの公園で休むことに。陰介と秋美はベンチに座る。
「二人とも大丈夫?」
春美は公園にあった水道で、濡らしてきたハンカチを、秋美の右ひざにあてる。
「ありがとう。私は大丈夫だけど……」
「俺も大丈夫ぅ!」
と言いながらも、陰介はベンチの背もたれに思いっきりもたれかかって、へロヘロ状態だ。
秋美が「大丈夫じゃないでしょ」というが、陰介は「大丈夫」と言いはる。
どっからどう見ても、無理をしている。そんな男らしい姿に、さっきまでの情けなさは一ミリも感じられない。陽介はそんな陰介を尊敬した。
「秋美ちゃんがこんなだし、今日はあきらめて帰る?」
「そうだよね、二人ともヘトヘトだし」
「俺はヘトヘトじゃねぇ!」
まだ意地をはる陰介。いい加減その意地がうっとうしく思えてきた春美は、陰介の額に頭突きをくらわした。
「いってぇぇぇぇ!」
「もう、あんた黙って! とにかく帰るよ!」
「ハイ……」
春美の気の強さに押されて、大人しくなった陰介。まるで落ち込んだ子犬のようにしゅんと縮こまる。
陰介がベンチから立ち上がって、秋美の前でしゃがみこみ、再び背負おうとした。
秋美は拒んだが、陰介の押しに負けて、再び陰介におぶってもらうことになった。すると、
「あ! ウサギ!」
秋美が公園の外にいるウサギを見つけた。ウサギは道路にあるマンホールのふたを、必死になって開けようとしていた。
「もしかして、不思議の国への穴!」
「あの中に入って行けば、僕たち……でも」
陽介の言葉が詰まった。陰介と秋美を置いて行くことに戸惑っているのだ。
そのことに春美も気がついた。二人の戸惑っていることに陰介たちも気がついて
「なにしてんだ! 早く行け!」
「またウサギに会える保証なんて分かんないんだよ!」
「でも……」
「私たちは大丈夫だから! 陽介くん!早く!」
何か言おうとした春美の言葉をさえぎって、秋美が叫ぶ。
陽介は頷いて春美の手をひき、ウサギの元に向かい走りだした。春美は離れていく秋美たちを見つめながら、涙を流す。
「秋美ちゃーん! 陰介くーん! またねぇぇぇ!」
と春美が叫んだ瞬間、ウサギがマンホールのふたをひょいと持ち上げた。
陽介はウサギにつかまろうと手を伸ばした。
ウサギはふたを後ろに置いて、ぴょんと穴の中へ入って行く、その一瞬に陽介の伸ばした手がウサギの丸くてふわふわした尻尾を掴んだ。
「いったぁぁぁぁい!」
ウサギが叫びながら穴の中に落ちていく。尻尾を掴みながら陽介も落ちていく。陽介の手につかまりながら春美も落ちていく。




