*4* “陽介と春美を元の世界へ返す方法会議”
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「で、どうやって探せばいいんだろ?」
と、春美が首をかしげて言った。
机を四つ固めて、四人はそれぞれそっくりさん同士向かい合って座る。
黒板には“陽介と春美を元の世界へ返す方法会議”と書かれていた。
「まず二人はどうやってこっちに来たか。何か来る前に変化はなかった?」
と、秋美が話し合いの進行役になった。それを聞かれて、陽介と春美は「んー」っと考えた。
すると、陽介がしゃべったウサギのことを思い出した。服を着て、人間みたいに立ってしゃべるウサギのことを話すと、『不思議の国のアリス』と秋美が口にした。
「ちがうよ~。確かに服着たウサギはアリスの話だけど……アリスは、ウサギを追いかけて、不思議の国に行くんだよ。捕まえないよ」
春美は机にへばりつきながら、眠たそうな声で言った。隣に座る陽介が、彼女の肩を揺らして「寝ちゃダメだよー」と言う。
「あべこべなのね。本の内容まで」
秋美は口に手を当て、あべこべの世界の『不思議の国のアリス』の話をする。
こっちの世界のアリスは、ウサギに捕まって、不思議の国に連れてこられてしまう。アリスは元の世界に戻るために不思議の国を冒険する。最終的にはまたウサギにつかまって、元の世界に戻る、という話だそうだ。
『不思議の国のアリス』が好きな春美は「変なの」と不満そうな顔だ。
「じゃあ、僕らもアリスみたいに、またウサギに捕まったら、元の世界に帰れるのかな?」
「その推理が正しいんじゃないかしら」
「え! 帰っちまうのか! 帰らないでくれよ! 特に陽介!」
と、拝むように手を合わせて、必死に引き留め陰介。
さっきまで秋美の隣で居残りプリントをしていた。陽介に分からないところを教えてもらったおかげで、だいぶ空白が埋まってきていた。あともう少しだ。
「あんた、陽介くんに勉強教えてもらうために……」
「ちげーよ! 俺の代わりに体育以外の授業を受けてもらうためだよ!」
(あ、そういうこと……)
と、陰介が自分を引き止める理由を聞いて、情けなくなる陽介。すると、陰介の話を聞いて春美は椅子から立ち上がり、目の前の秋美の腕を掴んだ。
「じゃあ、あたしは秋美ちゃんを連れて帰る!」
「いや、それはだめだ」
了承するかと思った陰介から、意外な言葉が出てきた。
「ええ~なんでよ~」
春美がそう言うなかで、秋美は何も言わない。それどころか、何か期待しているような顔をしていた。しかしその表情も陰介の言葉によってどっかに飛んでいくことになる。
「そいつがいないと、朝俺を迎えに来るやつがいなくなるからだっ!」
と、胸を張って言いきる陰介に、「は?」と何言ってるんだこいつはという顔をする春美に対して、秋美は先ほどの表情とは一変し、遠くを見つめているような表情だ。
「え、迎えに来るって……」
まさかとは思ったが、陽介は一応聞いてみた。
「遅刻常習犯だった俺を、毎朝起こしに来てくれることで、二年生になってからは一度も遅刻していなーい!」
「やっぱり……」
陽介の予想は的中し、再び自分が情けないと思ってしまう。
「ていっても、いつも遅刻ギリギリだけどな!」
「あんたがいつまでたっても起きないからでしょ!」
「……いいなぁ」
春美が小さな声で呟いた。その言葉は一番近くにいた秋美だけが聞いていた。
秋美は春美の顔を見ると一瞬だけなんだか切なそうな顔をしていた。
「とにかく、ウサギを探しましょうか。たぶん陽介くんの考えが正しいと思うし。……ところで陰介、プリント終わったの?」
「あと二問。わかんねぇ」
陽介が陰介のプリントをのぞいて、分からない問題を丁寧に教える。その間に陰介が「なんで?」と言った回数は両手では数えきれないほどだった。
二人がプリントに取り組んでいる間に、秋美は春美を教室の外に連れ出した。男子達にはトイレに行くと言って。
***
教室から離れ、春美を上り階段の方に座らせて、隣に秋美が座る。そして、秋美は単刀直入に聞いた。
「春美ちゃんって、陽介くんのこと好きだよね?」
何を聞かれるかある程度予測はしていたが、直球すぎる秋美の言葉に驚いて、春美の顔は林檎みたいに真っ赤になった。
「な! なんで!」
「だって、さっき言ってたよ。いいなぁって。私があいつを毎朝迎えに行くのに羨ましがってたんでしょ? 陽介くんは遅刻とかしなさそうだもんね」
「うん、陽介くんは朝早く学校に行って、勉強してる」
「うわ。あいつにも見習ってほしいわ」
春美は恥ずかしくて、顔を下に向けて、自分の指をいじり始める。「ふーん」とニヤニヤしている顔で、またもや秋美はド直球に聞いた。
「ねぇ、告白とかしないの?」
「し、しないよ!」
「なんで?二人とも凄く仲良いじゃん! 陽介くんもきっと春美ちゃんのこと」
「陽介くんには、もう好きな人いるもん」
「えっ。それは春美ちゃんじゃ……」
春美は首を横に振った。想像していた展開とはあべこべで、秋美は少し戸惑っていた。
春美が立ち上がって、秋美の前に立った。にかっとした笑顔を見せて、春美は話した。
「陽介くんの好きな人は、同じ絵を描く習い事に通っていた、二つ年上のお姉さん。すごくかわいいの。頭もいいし、いつも明るいし、とっても優しい。あたしじゃかなわないよ」
秋美がそんなことないと言おうとしたが、春美は言葉を続けた。
「陽介くんは、少しでもそのお姉さんに近づきたくて、勉強も、苦手な体育も頑張ってる。この前逆上がりができたって、すっごく喜んでた。たくさんの人の前で発表するのが苦手なくせに、五年生になってから学級委員になって、大きな声を出すの頑張ってる。まだ、足がガクガクしてるけどね」
春美は思い出し笑いをする。生まれたての小鹿のような陽介の姿を思い出して。秋美が「よく見てるんだね」と言うと、春美はこう言った。
「そんな頑張ってる陽介くんが好きなの。あたしが告白しても振られるの、分かってる。今みたいな楽しい関係じゃなくなるのやだもん。だからね、あたしは告白しないの」
自分より子どもだと思ってた春美が、急に大人っぽく見えた秋美。
「でも、そうやって気持ちが伝えられないのって、苦しくない?」
「苦しいよ。でも、伝えちゃったら陽介くん、あたしに気を遣うと思う。だから言わない」
「ふーん」
「でもね、もし陽介くんが告白して振られたら、容赦なくアタックするの!」
「そこは春美ちゃんらしいね!」
背伸びしているような姿を見せた春美は、一気に子どもに戻った。
「おーい、女子―。早く戻ってこーい。帰るぞー」
教室の方から陰介の呼ぶ声がして、女子二人はハーイと返事をした。




