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パン屋の娘と前世


蝋燭の明かりが燈っている一室。ベッドと文机に椅子、それからそんなに大きくない衣装棚がある。ベッドにちょこんと腰掛け、文机の上の蝋燭の明かりを頼りに私は小さなメモのような物を見ていた。


一、十、百・・・と数えて、ぐふっとうっかり声が漏れ出てしまう。それもその筈だ。子供の頃からコツコツと貯めに貯めた貯金額が記載してあるからだ。

子供の頃からの貯金とは言っても、パン屋の娘の貯金である。高が知れている。それでも、これまで頑張って積立ててきた金額を見ればつい嬉しくなってしまうのは、元日本人だからだろうか。


そう、私は元日本人だ。とは言っても、外国に本籍を移したとかではなく、異世界に転生している。その上、日本人の頃の記憶も持っていた。

ここは剣と魔法の世界。生活の中にも魔法はありふれ、道行く人々の腰には剣を普通に携えている人もいる。魔王だっているし、勇者だっている。


けれど私はいたって普通のパン屋の娘だった。魔法はちーっとも使えないし、剣だって振るえない。日々やる事と言えば日が昇らないうちに起きてパン生地をこねて、焼いて、売って、売り切れる前にまたこねて・・・と、普通だ。

魔法が使えない事にはやはり子供の頃にはガッカリしたが──やはり魔法で空を飛んだりは憧れた──それももう昔の話である。16年も生きていれば魔法が使えない事に諦めもつくし、そもそも使えなくても困らない。使えれば便利ではあるが、例えば魔法を使って冒険者になったりするより何より、安心安全確実に生きていける方が私としては良い。


ファンタジーな世界に転生して何故安全牌を選択するのか。それは多分、私の前世の記憶にあると思われる。


それをお話する前に、貯金額を記載した紙を文机の上の鍵付きのオルゴールにしまう。それから布団に潜り込む。よし、これでいつでも寝れる。

もう既にご存知だとは思うが、私はパン屋の娘なのだ。前世だろうと異世界だろうと関係なく、パン屋の朝は早い。こんな状態でお話するのを許してもらいたい。



**********



さて、私の前世であるが、日本に生まれ日本で育った。幼稚園から大学まで可もなく不可もなくと言った平々凡々な進学の仕方をしたと思う。

友達だって多くも少なくもなく、特に秀でた成績も特技もなかったから、そこそこで結婚して、そこそこで子供産んで、そこそこな人生を送るんだろうなぁ~と思っていた。


それが就職をした先で人生が変わった。今思えば、就職が決まった時点で人生積んでいたのだろう。

就職先はブラック企業だったのだ───!!


とは言っても、死んでこの世界に転生するまで自分が勤めていた会社がブラックだなんて思いもしなかった。

転生して前世を顧みるにあたり、あれ?あの会社ってとんだブラックじゃね?って言うか、自分、トップオブザ社畜だったんじゃね?と気がついたのだ。そして落ち込んだ。


企業説明や面接の時に聞いてた就業体制と違うような気はしてたんだ。最初は本当にノー残業、定時上がりだった。んだけど・・・諸先輩方が残業してらっしゃるのを見れば、残業せざるをえないよね。


中高と部活をやってて、大学ではサークルにも入ってて、縦社会の年功序列ってやつが身に染みていたから自ら進んで残業したよ。残業ってやりだしたら後はなし崩し的に毎日毎日残業残業残業。

でも、よく考えたらあれって手当付いてたのかしら?給与明細とか会社信じて自分のタイムカードと付き合わせて確認してなかったし?


まあ、そこは深く考えないでおこう・・・。


残業と言っても1~2時間くらいの残業じゃない。あれ?もうすぐ日付が変わりませんか?とか、お茶がわりにドリンク剤飲んでるんでしたっけね?とか、とりあえず家に着替えを取りに帰ろっか、とか。高笑いが止まらない社員がいても誰も不思議がらない。そんな毎日。

入社して3ヶ月目くらいには疑問も抱かなくなってたと思う。慣れって怖いなと思う半面、社員教育という名の洗脳だったかもしれない。


有休なんて取ろうとは思わないし(そもそも有休はあったのかな?)、たまの休日だって呼び出されれば出勤しちゃうし(丸一日休んだ記憶がないなぁ)、友達と連絡取るのも就職してからは忙しくて出来なかったなぁ(家に帰ったら疲れて寝るか着替えを取って会社にとんぼ返りかだった)。

それでも6年くらいは続けられてたから頑張った方だと思う。大抵2年くらいで辞めちゃう人がざらで、当時は根性ないなぁくらいにしか考えてなかった。この時点でブラック会社ってことに気付かなかった私バカ。相当バカ。


うん、でもしょうがないと思うんだよね。忙しくて仕事以外の事を考えてる余裕無かったし。あの案件はどう処理しようかとかそんなんばっかり。

だから、私が死んだ日もそんな感じの事を考えてた。


その日は珍しく仕事に空きが出て久々に自宅に帰れる日で、夕方の帰宅ラッシュの時間帯だった。運転免許は持っているのだけれど、万年寝不足の状態では危険極まりないだろう。そんな訳で私は自宅方面の電車をホームで待っていた。

考えるのは次の仕事の事とか新人教育の事とか・・・そんな事を考えながらぼんやりと立っていた。


人が溢れ返るホーム。ガヤガヤとうるさい喧騒も心地好く感じるくらいに私は自分の世界に入っていた。だから背中にドンと衝撃が来たと思ったら、いつの間にか線路の上に転がっていたのは、本当にどうしようもなかった。

突如沸き上がる悲鳴、体中の痛み、頭に響くくらいの喧騒とブレーキ音。


あ、と思った時には目の前に特急電車が迫っていた。


そういう事故的な感じで死んでしまったのだけれど、あの時電車を一本遅らせればとか、もっと後ろの方に立ってれば良かったとか、ちょっと後悔したりもした。でも、そういう気持ちは自分がブラック会社に勤めていた事を認識することで徐々に消えていった。

もしあの時死んでなかったとしても、あの会社にあのまま働きつづけていたら、搾り取られるだけ搾り取られて過労死あるいは精神的に病んで自殺とかしていたに違いない。


そう考えればあの時死んだのはラッキーだったと思えるくらいに、今は前向きに生きている。


絶対的な死を目の前にするような、そんな人生の終わり方はもう真っ平ごめん。当然、魔王や魔物に遭遇する──と言うか、討伐したりする冒険者なんてもってのほかだ。

普通が一番。平穏無事サイコー!


幸い実家がパン屋だったので家の手伝いを真面目に頑張れば手に職もつく。前世では結婚どころか恋人すらいなかったので、せめて恋人くらいは欲しいが・・・もし結婚出来なかったとしても、そのまま実家のパン屋を継ぐのも有りだろう。最悪、死ぬまで食いっぱぐれなければオッケーだ。


そう言う訳で私は安全牌で生きていく。



************





久しぶりに小説を書きます。文字数多くてすみません。タブレットで作っているもので、読みづらいかもしれませんが、どうぞご容赦下さいませ。

遅筆なのでこれから頑張って書きます。これからよろしくお願い申しあげます。

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