阪本じいさん
阪本のおじいちゃんの家も岸壁に建てられていた。息子さんは、漁師をやっていて、岩場伝いに海岸に降りると大きな船が停泊している。夜の7時になったが、たずねると、歓迎されておじいちゃんが待つ海が良く見える部屋に通された。
おじいちゃんは、真っ黒で、まったく脂肪がない筋肉のみの、ちょっとやせた体に、白のステテコとシャツだけで、海を眺めていた。ここは、蚊がこないので、窓が開けっ放しだ。海から吹き上げてくる風が心地よい
「ようぎだ」
「おじゃまします」
私は、潔の背中を押しておじいちゃんの前に出した。なんとなくとっつきにくい。しかし、私に興味を持って、こっちに来いと手招きする。
「じょうは?まあええ。あんだ、ぢぢばんどしとらんじゃろ。おぼこか?」
言葉が分かりにくいとは、聞いていたが、なんかむかつく。
「やあね、おじいちゃん」と、言って、思いっきり叩いてやった。
「うほ、わがいの」
おじいちゃんにはぜんぜん効いていない。美代子が見かねて前に出た。
「お嬢は、私よ」
「じょう! そうが、さえごに似とる」
「城山神社の潔が聞きたいことがあるそうなの、朱雀のことを教えてあげて」
おじいちゃんは、急に神妙になり、何度もうなずく。
「わがっだ。潔、まあ飲め。薬じゃ」
本当に分かったのか怪しい。阪本爺さんは、潔に梅酒を勧めた。潔は酒など飲めるわけもないのだが、逆らうと話が続かないと思い、諦めたようにコップを持ち、注がれた梅酒をちびちびやった。
「薬じゃ」
じいちゃんに脅され、潔は、ぐいっといってしまった。もう顔が真っ赤だ。
「綾瀬、後は頼んだ」
潔は、その場で寝入ってしまった。
「なんじゃ、おめえ、かっかっかっかっ」
おじいちゃんは上機嫌で、梅酒を飲む。仕方なく私が潔を引き継いだ。
「おじいちゃんは、海上がりの徳利を揚げた事があるんでしょ。何処で?」
阪本爺さんは、また神妙な顔になった。
「それをぎいて、どうする」
「朱雀を助けたいの。私達は見つけることが出来るわ」
「ほんまか」
阪本爺さんは黙りこくってしまった。
「海じゃ様に会え。わしゃよう分からん」
「海じゃ様って誰」
「海守様のことよ。海を守っている人。この島には、居ないわ」
残念そうに美代子が首を振っている。
「漁で揚げたんじゃあないのね」
私の鋭い突っ込みに阪本爺さんは、伏せていた目を一瞬上げて私を見た。
「普通じゃ行けん。豪いおぼこじゃ。飲むか?」
「結構です。もしかしたら、この近海に海溝があるの」
「海じゃ様にぎけ」
阪本爺さんは、また黙りこくってしまった。そこに、阪本のおばさんが、冷えたスイカを持ってやってきた。
「おじいさん良かったですね。若い女の子がこんなにたずねて来て」
「ほんまじゃ」
「皆さん、おじいちゃん自慢のスイカよ。食べてね。あらこの子、おじいちゃんね。タオルケットを持ってきてあげるわ」
おばさんは、潔を見て仕方ないという顔をして部屋をそそくさと出て行った。潔は、赤ら顔こそ引いてきたが、気絶したように眠っている。私はスイカを食べながら、考えをめぐらせ出した。
「美味しいです」
「ほんと」
「じゃろ」
美代子たちは和んでいるが、何かおかしい。潔は、簡単に撃沈させられた。たぶん、白門神社の宗治さんもここに来ているはずだ。それなのに、宗治さんは何も知らない。ところが、おじいさんは、何か知っていることを隠そうとしない。
「みっちゃん、海守様ってどんな人」
「海の中に神社が有るのよ。そこの神主さん。海のことだったら、何でも知ってる。でも、その神社に行き着くことが出来ないと、海守様にはなれないの。もう、居なくなって何年も経つから、古い話を聞くのは無理じゃないかな」
「白門島には居ないの」
「青海島だけよ。小さいころに一回だけ会った事あるみたい。おじいちゃんなのに泳ぐのが上手なの。最初に泳ぎを教えてくれたのが海守様だって」
「覚えていないの」
「だって二歳よ」
「嬢が最後じゃ」
「そうなの」
「あのあど、しんだ」
私は、潔の代わりに決心しないといけないと考え出した。阪本のおじいちゃんは、答えはあると言っているようなものだ。朱雀は見つかったが蘇生しないのだろう。誰の呼びかけにも答えない。だから、海守が居るのだろうと思った。
「おじいちゃん、海の中の神社は、何神社。なんて名前なの」
「じょう、この子は?」
「私が一番信頼している人よ」
阪本爺さんは、納得したように私を見た。
「ズザ・・・ズサ神社じゃ」
「海守様が現れないと、誰も、神社にいけないのね」
「じゃ」
「おじいちゃん、行けなくても、その神社を探しても、いい」
おじいさんは、大きく何度も頷いた。
「じゃが、そごにはちがづぐな。しぬ」
「私には無理かもしれないけど、場所は特定させてもらうわ。だって、私達の声だったら、朱雀に届くもの。私達には、龍神様の加護があるんです」
きっぱりと言う私を阪本爺さんは、目を見開いて見た。たぶんこのおじいちゃんが、海守様の代理だ。
「そうが、あんだも、スイカ食え」
探すと決めたら、なんだかスッキリした。私も、美味しそうにスイカを食べた。
「本当、このスイカ甘いわ」
阪本のおばさんが、タオルケットを持ってやって来た。なにやら、おじいさんと話をして、今度は、海上がりの徳利を持って戻って来た。私達は、それを食い入るように見た。口の大きさが、普通の徳利の倍はある。土肌に炎のような模様が自然と浮かんでいる。釜の中でそうなったのだろう。とても力強い。
「徳利に蓋はないんですか」
「栓はないのよ。昔は、同じ陶器で作ったものがあったはずなんだけど、木でも代用できるじゃない」
おばさんは、気さくに答えてくれる。この徳利は、口が大きく雀の大きいのぐらい平気で入れることが出来るだろう。朱雀を入れたものと、同じものだと思う。持たせてもらってみると思ったより重い。
「重いわ」
「丈夫なのよ。ちょっとぐらい投げても割れないの」
「よぜ寿子さん」
「冗談ですよ」
寿子さんは、ニコニコしながら話してくれた。
「これは、室町時代のものだから、今から五百年は経っているかしら、古備前でも、実用的な器が作られた時代の末期ね。その後は、茶器とか、ちょっと粋な感じになるのよ」
「どうして海から出てくるんですか」
「それは、海賊のせいでしょ。この頃は、通行料を取ったりして一番活気が有ったころよ。通行料を払わなかったらねえ」
「沈没させたんですか」
「備前焼は丈夫だったから、人気だったのよ。販売されていた地域もとても広かったのよ。普通、船で運ぶじゃない。水先案内人をつけなかったらそうなることが多かったみたい」
「おばさん、詳しい」
「おじいちゃんの受け売りよ。もっと聞きたかったら、おじいちゃんに聞いてね。海賊の裏話は、十六歳になってからよ」
「裏話!」
急に潔がガバッと起きて、つぶやいたかと思うと、また眠ってしまった。みんな目を合わせて笑った。
「一番おじいちゃんの話を聞きたかったのは、潔です」
「城山神社の後継さんね。これじゃあまた今度ね」
「私達中一なんです。今度は、お酒なしでお願いします」
「酒じゃない。薬じゃ」
「はいはい、分かりました。でも、たぶん誰か飲まないと話さないわよ。今度は、大人も連れていらっしゃい」
ちょっと納得してしまった。
三十分ぐらいして、潔がやっと目を覚ました。梅酒だろうが、お酒はこりごりという顔をしている。真っ先に私に聞いてきた。
「綾瀬、話を聞けたか」
「事情ぐらいは分かったわ。予想だけど。もっと聞きたかったら、海の中に有る神社の場所を見つけないと話してくれないと思うわ」
「海の中に有る神社?そんなの初めて聞く」
「文献にないのね。判る気がする」
「潔、もう一杯行け」
潔はとんでもないという顔をした。
「今日は、ありがとうございました。白川、木野、帰ろう」
潔は逃げるように、おじいちゃんの部屋を出た。阪本のおばさんが、スイカを持って帰りなさいと、おじいさんのことを謝った。
「また来ます。と、言っても、海賊戦の練習があるから、厳しいかもしれません」
「あら、潔君が。すごいわね」
「補欠です。白川は、頭船に乗りますけど」
「さすが、お嬢」
「私とミカは、参加していませんから、もしかしたら、青海島で、のんびりするかもしれません」
ミカが、えーっと言う顔をした。
「麻衣さん」
「麻衣ちゃん! もしかして綾瀬さんの」
「はい」
「それを聞いたら、おじいちゃん喜ぶわ。二人で、酔いつぶれるまで、お酒を飲んだことがあるのよ」
「ありそうな気がします」
「そのときの話を今でもするの」
苦笑いをしながら阪本家を後にした。道行、潔に、私の予想を話すと、また考え込んでしまった。石田家に着く頃、急に話し出した。
「綾瀬、ズサ神社を探してくれるのか。それが、朱雀がいる神社なんだろ」
「出来るだけね。ミカにも頼んで、一人だと危ないところみたいなのよ」
「木野」
「分かりました。しばらく青海島に居ます」
「石田のおばさんには、私がお願いする。私と潔は海賊戦の練習があるけど、麻衣たちは、ここでのんびりしたいって言えば、喜ぶから」
「頼むよ白川」
「中学の海賊戦は、8月12日よ」
「もしかしたら一回家に帰るかもしれない」
「入盆までには、白門島に来てね」
こうして私達のやることは決まった。




