薄紫の光色
夢で体験している人は、いっぱいいると真理子から聞いた。なんで、その人達を見ないんだろうと首を傾げたが、光サイドで見える人や物でも、触れたり透けて見えたり、触れなかったりと、いろいろあるので、そのうち分かるでしょうとボーッと考えていた。
それで、ミカに急かされ、“大好きです“を手話でやった。ボーッとやってしまったので、好きの部分が可笑しかったようだ。
「麻衣さんそれ、長い髭ですか」
好きは、親指と人差し指を開いた右手をのどに当て、下に下ろしながら指先を閉じるのだが、大好きにしたいから、二回やる。どうやら、髭をなでているような仕草になっていたようだ。
「ごめん、もう一回ね」
今度はうまく出来た。
「はい、次は、さっちゃん」
幸子は、とてもかわいらしく表現している。
「じょうず。私に向かってやってみてください」
ウヒウヒ
ミカは、幸子に大好きを連発され、めろめろだ。今日は、久々に朝から天気が良い。神聖林にこられない潔と美代子には、今日びわを植えに行くとメールで断っている。
「さっちゃん、ジャージは持ってきた?」
「うん、今日は、自分のですよー」
いつの間にか、自分専用のカバンまで買ってもらったようで、見えて触れる私達だけの感想だが、普通の同級生に見える。
「それじゃあ、出発よ。ミカの家で、着替えるからね」
びわの種は、幸子に渡している。杯も大きい物なので、ミカに持って帰ってもらっている。山の上で、少し作業する事になるから、水筒も準備している。そして、さくらんぼで、ミカの服を染める事にもなっているので、終わった時、杯を洗うために、ペットボトルの空も用意した。龍頭神社で、水を貰って行くつもりだ。本当は、神聖林の奥にある鍾乳洞に小川があるのだが、まだ入らないと決めていた。ミカの家で、準備万端整えて神聖林に向かった。
向かう途中、野草に詳しいミカと幸子は、ちょっと寄り道気味に野草や、花を見つけては、はしゃいでいた。その間も私は、真理子の話しを頭の中で、整理していた。どうしても、目の前にいる、天使のようなミカと妖精のような幸子を見ていると、潔の言う精霊誕生が出来る気がしてしまう。神聖林には、完熟してしまっているとは思うが、さくらんぼが、まだたくさん生っている。これを利用して、幸子を一段上の存在に出来ると思った。
神聖林にあるもので、果実が生る木は、桜の他にザクロぐらいしかない。ザクロの実は、とても小さいから、危険になったときの処方としては弱い。だから、今日を逃すと、チャンスは、当分ないことになる。今、解っている精霊と私達との違いは、記憶を引き継いで転生するか、しないかの違いでしかないが、そんな事していいのか、正邪の基準が解らない。幸子が、精霊になろうが、転生はするのだから、成仏はするだろう。ちょっとしか違わないではないかと、自問自答していた。
手はある。さくらんぼを口に含ませてから、龍の髭を首に掛ければいい。気がついたら、潔と同じような事を考えているので、やばい、やばいと思って、手で、顔を扇いだ。
龍頭神社のお清めの水をペットボトルに積めた。その間も、ミカと幸子は、龍頭神社の池を見に行ったり、お参りしたりと楽しそうだ。ミカにもペットボトルを持ってもらい、頂上の一本松を目指す。
やはり、高周波帯まで、昇りつめなくても、今より、光素体を安定させた方が、幸子と洋介とのコミュニケーションが、取り易くなるのではないか。と、また、最初の話しに戻ってしまう。幸子は、洋介とモールス信号の練習をしているのだが、幸子の信号が弱いと洋介にぼやかれたそうだ。
やってみるか
幸子が嫌がれば、それまでだと、わたしは気持ちを固めた。
神聖林は、精気が強い時期を迎えている。どの草花も元気で、桜の実などは、落ちる寸前だ。私達は、洋介に言われた通り、びわをザクロや、桜から離して植えた。桜の横には、桃を、ザクロの横には、マスカットを植えたいそうだ。さくらんぼを、杯いっぱいにして、作業が始まった。ここに置いていたミカのTシャツを敷物の上に置いて幸子にさくらんぼの果実を絞ってもらって染めてみる。
「どうですか、麻衣さん」
「染まっているわよ。さっちゃんが、がんばってくれているから、もう、びちょびちょよ。パンツに移っていいんじゃない」
ミカは、ここに置いている黒いBOXから薄手の白いパンツを出した。
「ジーパンでなくていいの」
「この格好で、虫に刺された事ないですし、もう、夏ですから、ジーパンは、後でもいいです。それより、ブラウスとTシャツも染めたいです」
白いパンツも、ブラウスとTシャツも、果汁だと赤に染まって見える。洗うと薄くなって、桜色になるのではないかと思った。桜の木にある、さくらんぼも随分使ってしまった。
「ハンカチも有ったでしょう。染めて、明日洋介にあげなよ。間に合わせのハンカチだと、トントンが分かりにくいんでしょ」
「私ですか」
「メールで、体育館に呼べばいいじゃない」
ミカは、はずかしがり屋だ。しかし幸子の為にがんばるといってくれた。ハンカチを染め、作業も終わったところで、残りのさくらんぼの収穫に掛かった。ちょっと硬いのは、持って帰るとして、完熟しているのは、ここで食べてもらうことになる。杯に収穫してみると、まだこんなに有ったかと言う位山盛りになった。幸子が手を洗っているのを見ながら、さっきから考えていた事を提案した。
「さっちゃん、体を鍛える気ない」
「体をきたえる?」
「潔みたいな提案だから断ってもいいのよ。このさくらんぼは、光サイドの安定した光素体だわ。龍の髭を首に掛けると、成仏しそうになるでしょう。幸子の光素体は、不安定になるわ。この間は、それをさくらんぼを食べる事で、安定させているの。これを繰り返したら。幸子が、自分の意思で、光素体を安定させることを憶えるかもしれないわ」
「だめです。そんな危険なこと、させられません。失敗したら、さっちゃんがいなくなっちゃう」
ミカが、猛烈に反対し、幸子をかばう様に抱いた。
「さくらんぼ・・・」
幸子は、ちょっと離れ、ミカの手を握った。
「さくらんぼ、食べてみようかな」
ニコッと笑う幸子を見て、ミカは、何も言うことが出来なくなった。
「ミカちゃん大丈夫?」
幸子が首をかしげた。
「わかりました。私が、龍の髭を掛けます。危ないと思ったらすぐ外しますから、いいですね」
幸子は、ちょっと興奮気味に頷いた。
「それじゃあ、さくらんぼの果実を口に含んで。ミカが、龍の髭を外したら、必ず食べるのよ」
神聖林は、現実では、洞窟だ。ミカにとっては暗い所なので、龍の髭から手を離さないで幸子の首に掛ける様にお願いした。さくらんぼは、完熟しているといっても、野生の物だから、外側は、しっかりしている。
幸子の強化訓練が始まった。
龍の髭を幸子の首に掛けると、幸子は、まばゆく光りだした。ミカは慌てて、龍の髭を外した。幸子が、さくらんぼを食べる。
「ミカ、ペンダントを取るのが早すぎるわ。やり直し」
知らない人が見たら、人間大の蛍が点灯しているように見えただろう。さくらんぼが随分減ったときに、私は、幸子に次の指示をした。
「ミカは、ペンダントを外して。さっちゃん、自分で光るのよ」
幸子は、龍の髭無しで光り出した。それも、きれいな淡い紫色で。
紫御殿だわ
しかし、それを越え、白く光りだしたので、幸子を制した。
「ダメよ、それ以上光らないで、さくらんぼを食べるのよ」
幸子は、また安定した。
「偉いわ、さっき、紫御殿の花と同じ色で光ったの。あそこが、幸子が高位で安定している周波数帯に違いないわ。もう一度やってみて」
幸子は、また、きれいな薄紫色に光りだした。
「さっちゃん、手を見るのよ。そこが、安定した光みたい」
「きれい」
幸子は、この、紫御殿の光色で安定した。ミカは、幸子をポーッと見ている。
「いいわ、今度は、いつもの弱い光に戻って、この状態を長く続けるのはダメよ。すぐ疲れると思うわ」
幸子は、言われたとおりに、弱い光素体に自力で戻れた。しかしこの後、一人で練習している幸子に一時間ぐらい付き合わされた。さくらんぼを大量に食べているから疲れないのだろう。そんなに、練習するチャンスもないだろうから、そのまま、付き合うことにした。
「さっちゃん。体全体は、やっぱり疲れるよ。もう、さくらんぼは、持って帰る分しかないじゃない。指先だけ光らす練習に変えてみて。洋介とのコミュニケーションが、この練習の目的よ」
幸子は納得してくれた。龍の祠を出ると、もう薄暗かった。私は、幸子が、「一段上に上がったよ」と、美代子と潔にメールした。




