強制昇天
翌日、神聖林の杯を紗江子さんに触ってもらう為にトートバッグに入れて白川家にもってきているのだが、まだ、出していない。びわの種がころころするものだから、幸子が来ないと種を落としそうで、トートバッグから出せない。後、来ていないのは、幸子と洋介だけだ。幸子は、オカルトクラブの新入部員だ。洋介は、その付き添いということでやってくる。
「幸子さんは、さっちゃんって呼び方が気に入っているのよね」
「お母さんだったら、どっちでもいいわよ」
幽霊が、家に来るので、紗江子さんが気後れするのは無理ない事だと思う。紗江子さんは、おやつを食べてもらえないのよねと、どうやって歓迎したものかと頭をひねっていた。
「おばさん」
「エッ、なに、麻衣ちゃん」
「お茶を準備してたんじゃないの。私が行く?」
「大変」
「お母さん、私も行く」
紗江子さんが、舞い上がっているところは、殆ど見た事がない。
「ねえ、潔。そもそも、幽霊ってなんなの」
「なんだろうな。綾見は、オズチ様と幸子さんが、同じにように見えるんだろ。オレが聞きたいよ」
「そーねー」
美代子がパタパタ走ってきた。
「潔は、コーヒーで大丈夫?」
「今頃?」
「洋介君は、どうなの」
「あいつも缶コーヒー飲んでいたから、アメリカンなら飲むんじゃないか」
「わかった」
まだ、幸子たちが来ていないのに、全員の飲み物を入れて、紗江子さんが戻ってきた。
こりゃ、重症だわ
本人に会えば、どうと言うことは、ないのだろうが、知らないと言うのは、不便な事だ。今日は、雨が降っているから、一番遠いところに住んでいる幸子たちが遅れるのは、有りそうなことなのに、こういうのを間が持たないというのかな。
「みっちゃーん」
「さっちゃんが来た」
美代子が玄関に迎えに行った。ミカも付いてて行く。
「お邪魔します」
洋介も随分明るくなった。ミカが、幸子の手をとって、リビングに入ってきた。
「幸子ちゃん来たの?」
「今、おばさんに頭下げたわよ」
「幸子ちゃん、いらっしゃい。ゆっくりして行ってね」
美代子の家は、広いので、七人余裕で座れる。紗江子さんは、お茶が冷めないうちに幸子たちが来てくれてホッとしていた。
「幸子ちゃんは、紅茶でいいでしょ。洋介君は、コーヒーね」
紗江子さんは、洋介たちの倍は、濃そうなコーヒーをちょっと苦そうに飲む。美代子は、早速、オカルトクラブ定例会を始める事にした。
「今日は、幸子の入部お祝いで、最後にプリンを出します。すごいよー特大だよー」
幸子は、両手を合わせて、顔をぱっと明るくした。
「龍の祠だけど、さっちゃん関係を中心に、潔の中間報告聞きたいんだけど、なにがわかったの」
「昨日、龍頭山の主様の話しをしただろ、精霊は、何度も生まれ変わっているんだ。龍頭神社の記憶だと龍神様が、山に落ちた時に、龍神様を守っていたとあるんだ。雨が降らなくて、ここいら一帯が、大飢饉になったときは、サツマイモの繁殖地を教えてくれた事もある。たぶん、主様が育てたんだよ。最近の話しだと、修験道の人が、遭難しているところを何度か助けているんだ」
「何でそれが、全部主様だと思うの」
私は、ミカを見た。ミカは、雨が降ると外に出ない。まだオズチ様のところには行っていないから潔の話しを聞くしかなかった。
「額の三日月の傷だよ。どの文献にも、その特徴が載っている。全部一緒なんてありえないだろ。だから龍頭山の主様だって」
「幸子の変化は、洋介が見れば、分かるんだけど試してみる?潔貸して上げてよ」
美代子に促され、潔が、銀のロケットを洋介に渡した。事前の打ち合わせが出来ていて、洋介が、それを首に掛けた。
「ごめん、見えないよ」
洋介は、残念そうに、潔に銀のロケットを返した。
「美代子、私にも試させて」
紗江子さんは、美代子からロケットを受け取った。
「あら、かわいい子ね。ちょっとこっちにいらっしゃい」
幸子は、美代子と紗江子さんの間に座った。
「はい、挨拶」
紗江子は、幸子をハグした。
「おばさん、おかあさんみたい」
「美代子のお母さんなのよ。当たり前でしょ」
「おかあさん」
「こら、幸子泣かないで」
潔が、訳分からないと、目を見開いた。
「紗江子さん見えるんですか」
「かわいい子ね」
「白川も?ロケット無しなのに見えるのか」
「見えるわよ」
潔は、慌てて洋介を見た。洋介は、泣きそうな顔をしている。美代子は、ロケットを外しても、幸子が見えているのだ。
「入部お祝いは、ちょっと待ってくださいね。今製作中です」
ミカは、幸子の為に首輪を作っている。幸子が手伝えば、早くできるだろうから、時間は掛からないだろう。ミカは、代わりに、自分のロケットを幸子に掛けた。
洋介の表情が一変した。右横のソファーにいるにいる幸子を凝視している。
「おにいちゃ・・ン?」
「さったん」
「お兄ちゃん」
幸子は、洋介に飛びついた。兄妹は、抱き合って泣いた。しかしそれは、つかの間だった。
「さったん、さったん、さったん」
「おにいちゃ・・・・」
「ミカ、幸子から、ロケットを外すのよ」
幸子の存在が、消えそうだと感じた私は、慌ててミカに言いながら、自分も幸子の許に走った。確信はないが、間一髪だったと思う。幸子は、光ったままだ。
「幸子、まだ、さくらんぼ持っているわよね。食べなさい。早く」
幸子は、ポケットの中に残っている最後のさくらんぼを食べた。幸子は元に戻り私は、不安な気持ちがなくなったので、安心した。
「洋介、大丈夫か」
洋介は、立ち直れないぐらいむせび泣いていた。
「麻衣さん、さっきのは」
不安そうにミカが聞く。
「良く解らないけど、なんていえばいいのかな、強制的に成仏しそうになったわ。だから、洋介にも見えたのだと思う」
幸子は、うなだれている洋介を包み込む様に抱いた。
「ようたん会えたね」
美代子と紗江子さんは、こういうシーンに弱い。親子で抱き合ってもらい泣きしている。ミカは、幸子の横で、呆然としていた。幸子が、私を見るものだから、また、私が出しゃばる事になった。
「幸子が、ようたん会えたね、って言ってるわよ。消えていないから、安心して」
洋介は、顔をあげようとしない。私は怒った。
「洋介君、また、幸子に自分を抱かせる気、心配させないで」
洋介は、やっと顔を上げた。
「ごめん、さったんごめんよ。はは、お兄ちゃんも、ちょっとだけ強くなったんだ。安心してよ」
「分かってる。ようたんは強いもん」
私は、幸子の声を復唱した。
「死んだ時のままだった」
「えっ」
「服も、身長も、髪も、あの時のままだったから、正直こたえたよ。でも、大丈夫、約束するよ強くなるって」
「ようたん」
潔は、専門外だと長考に入っていた。多分真理子に聞きたいというだろう。
「さっちゃんも落ち着いた?今後の事を話さないといけないの、みんな座って」
「麻衣、プリン出す。私、食べたくなった」
「みっちゃんがそうしたいなら、そうして。みんな落ち着くから」
結局うまく話が続かないので、真理子に幽霊をどう思うかだけでも聞くことにした。
「麻衣さん、電話してください」
ミカに言われて、真理子に電話してみると、「丁度龍頭山から、町に降りているから、そこに行ってもいいわよ」と言ってくれた。
紗江子さんと美代子は、慌てて、お昼の準備に取り掛かった。ミカと私は、疲れたけど、幸子が平気そうなので、おしゃべりして過ごした。男どもは、その間無口で暗いことこの上なかったが、二人の持ち味なので仕方ない。窓の外は、雨がしとしと、やむ事が無かった。




