ミカの夢
ミカの家は、ちょっと高台にある。とても大きな家で、とっても古い。一押しは、五右衛門風呂だ。薪で焚く珍しいお風呂。ご先祖様は、漁師だったが、あるとき津波に合い、家も船も全部流された。それで、この瀬戸内海に引っ越してきた。それでも、ご先祖様は、心配で山の高台に住むようになった。ミカのおじいちゃんまでは、山の斜面にある畑を耕していたが、父親は、サラリーマンになって、もう、畑をやっていない。小さい時にいた農耕馬もいなくなり、蚕の作業をやっていたと言う広い天井裏も殆ど、上がらなくなった。最近までいた鶏も飼うのを辞めてなんだか広い家が、がらんとした感じになっている。変わらないのは、井戸の水が、おいしいことだ。私は市販の飲料水より上品だと思う。家の前の畑だけは、ミカのおばあちゃんが、ガーデニング代わりに面倒を見ているので、たまにミカも手伝っている。「多分私も、ご先祖様の畑をもう一回興そうとは考えないと思います」と、言っていた。
おばあちゃんが言うには、自分の家は、由緒正しい家系だったそうだ。前の土地を捨てているから、もう、関係ないけどと言って細かいことは教えてくれない。ミカも初めて聞いたと言っていた。でも、一家揃って、です、ますの、話し方が身についているからそうなのかもしれないと思っている。
ミカは、部屋で、写メを見てにんまりした。さっき、美代子から送られてきた。
「麻衣さんに、美代子さんか、友達出来ちゃった」
小学校の時からの遊び友達が、いないわけではないが、中学に入って別クラスになると、その子もクラブに入ってあまり遊ばなくなった。中学は、中学で友達が出来た。それも、違う小学校の子だ。体が、軽くなった気がした。麻衣子は、ちょっと変わった子だけど、なんとなく分かる事を言ってくれる。美代子は、私をクラブ活動に誘ってくれた。まさか、クラブを作っちゃうとは思わなかったけど、楽しい人だ。今まで、誰にも話せなかった事が話せたのも嬉しい。就寝前に、さらさらっと日記が書けて、今日は本当に良かったんだなと実感した。
ミカの家は、ベッドではない。自分で蒲団を上げ下げして、晴れた日は、窓から蒲団を干すのが日課だ。おじいちゃんとおばあちゃんは、暑い日でも蒲団をよく干す。二人ともクーラーが嫌いなくせに、蒲団をほかほかにするから、次の日に、「昨晩も暑かった」と愚痴をこぼす。なんて言ってあげたらいいのか分からない。「でも、健康なんだからいいじゃない」と、お母さんに言われると、「そうだね」と、ニコニコしだす。結構、濃い性格の老夫婦だ。その上、家族全員、寝るのが早い。祖父の癖が我が家の伝統になっている。畑仕事は、朝が早い。働き出すと戻ってこなくなる祖父のために祖母は、もっと早起きして御飯を作っていたから朝食が早いのだ。父親も早起きで、仕事が終わったら、すぐ帰ってくる。朝の時間にパソコンに向かったり、本を読んだり、散歩を夫婦でしている。両親も、とっても仲がいい。
寝ようとすると、おばあちゃんが、ミカにプレゼントするのを忘れていたと部屋に入ってきた。
「ミカちゃん、起きてる」
「今、寝ようとしたところ」
「良かった。はい、これ」
祖母が、持ってきたのは、お守りだった。中に、黄緑色の勾玉が入っていた。
「ごめんなさい、お誕生日兼入学お祝いになっちゃったわね。随分前に、寛子さんから、ミカは、普通の中学に行くから入試は有りません。そう言われたから、お守りは急がないのかしらと思って、ちょっと忘れちゃったのよ」
「うれしい、大事にします。でも、入学試験は3年も先ですよ」
「そうではないのよ。ミカちゃんも12歳になったでしょう。早生まれの3月じゃない。私のご先祖様は、由緒正しい神社の神主なのです。女の子が12歳になると、このお守りをお祝いに貰っていたのよ」
由緒正しいのは、祖母の家系だった。なんで、こんな田舎の家にお嫁に来たんだろう。でも、未だに、祖父と、とっても仲がいいから、聞かなくても答えは出ていると思った。ニコニコしながら、祖母は、私の部屋を後にした。
今日は、いいこと尽くめだ。夢で、飛べる気がした。
いい事があった日は調子いい。最初は、地上から1メートルも離れていなかったしスピードもゆっくりだ。これでは、歩いているのと変わらないと思っていたが、いい事があった日は、高い所まで飛んでいる。城山まで行きたいなと思った。ミカは、気持ち良く寝た。
気が付くと、家の前で、星空を見ていた。満天の星空だ。なんだろう、いつもより体が、軽い。星空の星に手を伸ばすと、ふわっと浮き上がった。いつもだと、ここまでなのだが、今日は、やはり調子がいい。ドンドン、上空に上がっていく。今までの最高が屋根だったが、もうあんなに小さい。遠くを見ると、町の明かりが見えた。なんだか行けそうな気がして、町に向かう。いつもより目が冴えてきて星空が明るくなった。
星空って、あんなに明るかったかしら
それだけではない、地表まで明るくなっていく。もう夜だとは思えなかった。
「綺麗!」
発光体のオンパレードだ。植物が光って見える。人も動物も、地表まで光って見える。
こんなに光ったのを見たこと無い。もしかしたら、これが、麻衣さんの世界
初めて見る、いつも見ている世界。それが、見えない光の世界だ。
ミカは、全部見すぎて調節できないでいる事は分かっているが、それでも、真新しい世界を夢中になって見ようとした。
川沿いに進むと、町への近道になる。河口付近までは行かないから麻衣さんの言ったような大きな魚を見ることは出来なかったが、町に出ると、いろいろな人を見た。夜なのにランニングしているお兄さんは、炎のようなオーラを出している。美代子さんもあんな感じなのかなと、思った。そうこうしていて、城山に来た。近くに線路が見える。城山の神社側だ。なぜか他の所より暗い。でも、飛べるんだからと勇気を振りしぼって、城山の頂上を目指した。
そうか、落ち込むと高く飛べないんだ
だから、下を見るのを止めた。明るい星空を目指す。すると、急に視界が開けた。頂上だ。城跡の真っ平らな頂上に出た。桜の木が囲むように植えられていて、後楽スポットの真ん中には、サル山が見える。その先に、眩しい光の海が見えた。ミカは、二股の猫に会いに、海側に急いだ。
猫ちゃんは、昼間教えられた所に居て、光の海を見ていた。近づくと、キョトンとした顔で私を見た。でも、逃げない。だから、猫ちゃんの横に座って、一緒に明るくてキラキラする海を見た。ずっと見ていられる風景だ。
「にゃん」
「えっ」
猫ちゃんが、キュッと遠くの海を見た。何か光の塊が、海から出てくる。
鯨だ
大きいなんて表現でいいのだろうか、近くの島より大きい。星を眺めに来たのか、上を向いている。なんだか怖いぐらいの大きさだ。私は、この鯨を見られただけで満足した。猫ちゃんの頭をなでて、触れないことも分かったが、なでている振りをした。
本当だ、喜んでる
「明日、麻衣さんと、美代子さんに自慢できます。猫ちゃん、ありかとう」
猫ちゃんにお礼を言って、帰ろうとしたら、パジャマの上に、ジャンバーを羽織った、麻衣子が、手を振りながらやってきた。小さな猫が先導している。その猫も滲むように光っていた。
猫ちゃんが麻衣さんを呼んだんだ
麻衣子は、猫に先導されてミカのところに来た。
麻衣子は、手を後ろにして、ミカを見た。声を掛けるけど、ちゃんと反応しない。ミカも一生懸命話そうとしているが、ミカの声も聞こえない。それもお互い様で、残念だった。ただ、後ろの羽に気づいてなさのそうなのが分かる。だから、後ろを見てと、ジェスチャーした。
「何、なんなの。後ろを見ろって事かしら」
麻衣が、自分には、羽が生えているといった言葉を思い出した。ミカは、体が柔らかい。振り向いてみると、背中に収まっているが、確かに羽が生えていた。羽が自分の一部だと認識すると、急に動かす事ができるようになり、ミカは、羽を広げた。
バサッ
羽は、自分の手を広げた幅よりずっと大きかった。天子の羽だ。
麻衣子は、両手を胸のところで握って、いいもの見ちゃったという顔をした。大きな羽にドキドキして目が冴えてしまったが、明日学校がある。ミカには、腕のところを指差して、時間とジェスチャーして帰ることにした。
ミカは、この後、鯨をもうちょっと近くで見たい気がしたが、麻衣子が帰ったので、自分も帰ろうと思い家路につく事にした。帰りは、少し高く飛べるようになり嬉しくなった。それも結構早い。家に帰ってみると、やっぱり私は寝ていた。いつもと違うなーと思ったのは、お守りが、何となく他より光っていたことだ。もしかしたら、ご利益あるのかもと思った。
明日、麻衣さんに会うのが楽しみ
ミカは、深い眠りについた。