黄金の巫女と白虎、降臨
試しの時間になった。2艘の漁船が、青海島東端沖に錨を降ろした。桂木と、石田の大型漁船が、夜の海を漁火で、照らす。私たちは、棚側に錨を降ろした石田の漁船にいる。ここが、出発地点だ。桂木の漁船は、阪本さんと勝司さんを拾うために並んでいるが、錨を降ろす先は、海流がぶつかる真東側。何かあった時は、ここが近い。ここに、皆の両親が乗船していた。美代子のお父さんも、山口から戻ってきていた。
健太郎と阪本のおじいちゃんが何か話し合った後、健太郎に、彩と涼子が寄り添い、手を握っている。二人は、今日まで、健太郎を見守ってきた。
「だいじょうぶじゃ」
「うん」
「分かってる」
そう言うが、二人は、健太郎から目を離さない。今日まで、ずっとそうしてきた。翔太は、問題ないと言う感じで健太郎を見ている。
「美代子、麻衣子、潔。準備はできたか」
健ちゃんのお父さん、仙太郎が、声を上げる。スーツも、酸素ボンベも準備できている。私たちは、右手の親指を立てて、OKだと合図した。
「日付が変わる。先に、入っとれ」
カイジと早苗さんが手伝ってくれる。
海中の道しるべが、すぐそこにある。月が天空の真上に差し掛かっていた。もうすぐ、日付けが変わる。
阪本のおじいちゃんが、勝司さんと並んだ。
「よっしゃ、健太郎、行げ」
健太郎は、ゆっくり海に入り、ちょっと水浴びしたかと思ったら、ものすごいスピードで海中の潜った。それも、バタフライの足だけで、ぐいぐい進んでいく。私たちは、後をついて行くだけだ。
健太郎が海に潜ったのを見届けた年寄り二人は、顔を合わせる。
「勝司、行くで」
「ええ潮じゃ。海者様、健太郎をよろしゅう頼みます」
おじいちゃんの勝司さんは、阪本さんと一緒に桂木の船に向かった。二人は、泳ぎの達人だ。何かあったら二人が海に飛び込む。
すぐ棚は終わり、海溝が見える。そこに、塩じいやクロたちクジラ家族がいて、私たちを見守っていた。その中で塩じいは、ひときわ青く光っていた。
海溝の青海島側岸壁に窪んだところがある。そこが、神社への道だ。たまに道しるべも埋め込まれている。健太郎は、その陶器の道しるべを触りながらすすむ。全部で12ある。この陶器には絵で一年の守り月が示されている。この道しるべを外れると海流に流されてしまう。私たちも1列になる。先頭は、潔、続いて私、美代子が、しんがりを務める。
もうすぐ、ずさ神社の入り口だ。健太郎は難なく、ここにたどり着き、狭い入り口をするりと抜けて神社の中に入っていった。ここの天井には、空気だまりがある。ここで、私たちを待つ。
私たちが、神社にたどり着く前に海中が青く光りだした。それが見えている私が動揺する。潔は、私がそうなっても、神社を目指す。美代子が、かばうように私を岩肌に押し付けた。私は、「大丈夫」と、首を縦に振り、先を目指す。
神社の中にいる健太郎は、空気だまりにいた。自分が浸かっている海水が青く光りだしたを見て、神社の窓から外を見た。眼下の難破船がはっきり見える。健太郎が、海守りになった瞬間である。
普通試しは、2回行われる。1度目は、日中で、ここにたどり着くことができたら、海守り代行になれる。そして夜中に、ここに来て、海が光るのを見て初めて海守りになる。健太郎は、一度にそれをなした。
私たち3人も、やっと、神社にたどり着いた。見届け人が健太郎の後ろに並ぶ。
海が光るのを見た健太郎は、阪本さんに言われ通り、朱雀の徳利に触れ、お供物の入った袋を神殿の台座から出ている太い鉤釘に縛り付けてお参りした。
どうか海が穏やかでありますよう
ご先祖様、見守ってください
海の恵みを授けてください
難破された方は、島に上がってお休みください
海中にいる方は、心、安らかにしてください
私達の海を豊かにしてください
ポポワ様、私達を見守っていただき感謝します
瀬戸の海をお守りください
豊かにしてください
海守りは、ポポワのことを知っていた。ここのご神体は、光る海、光るクジラのポポワだった。健太郎は、海守り代理から、お参りを受け継いだ。受け継いだ言葉をそのまま反復した。私達は、健太郎が、海守りになったのを見届け、朱雀の徳利に触って、口々に挨拶をした。後は、ミカとコンを待つだけだ。
私が、海中で、身動き取れなくなった時、海上では、さらに、大きな異変が起こっていた。
コンとミカとオズチ様は、石田の船に乗っていた。ミカは、オズチ様の毛皮の毛に捕まらせてもらっていた。多分、この船は、ポポワの中だ。
幸子と玉は、砂浜でこれを見ていた。幸子は、ポポワの潮吹きに耐えられない。玉が、幸子を守る。幸子の膝で寝そべっていた玉が、砂浜に降りて、二股のしっぽをピンと上げた。ポポワが浮上するのだ。
ミカ達に、ものすごい海鳴りが響く。塩じいも海上に出てきた。それにつられて、家族も浮上する。
「ぱーふぁー」
塩じいの声に家族が続く。
「ふぁーふーん」
「あーうん」
「ふぁーうん」
「ミカ、コン、わしに乗れ。塩じいの所に行くぞ」
ここが、ポポワの鼻の先になる。
クジラたちは、大合唱になっていく。
塩じいが啼くのをやめた。海面から、青い光の山が浮上する。
ばーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ミカ達に、低周波の大音量が、鳴り響く。あまりに圧倒的な大きさに、一度会っているミカが、オズチ様の毛をぎゅっと握りしめる。
「心配すな、じき収まる」
「はい」
「こぉーん」
阪本のおじいさんと勝司さんは、「チゴが、さわいどる」「ええ潮じゃ」と、口々に言うが、腕組みして、神社から目を離さない。
ポポワは、全身を浮上させた。しっぽは、幸子がいる砂浜まで到達している。
「ぱーーーーん、ぽーーーん」
今日のポポワはとてもうれしそうだ。
「ふぁあーーーーん」と塩じい。
「ポポワさーーーん」ミカも手を振る。
オズチ様が、ポポワの鼻先で浮かんだ。オズチ様の背中には、翼を持つミカと、コンを見ることができる。
「急がして済まんが、もう、海守りと3人は、神社の中じゃ。潮吹きを頼む」
「ほーーーーーーー」
ポポワとの打ち合わせで、オズチ様が、ポポワの青いフィールドの中に入った。ここは、ポポワの頭上に当たる。ポポワは、青海島の棚側に浮上していた。このまま、東端の神社に向かって、潮を吹く。
ゴ、ゴゴゴゴ、ゴー と、潮吹き穴から、潮が噴き出してきた。
コンは、ポポワの上に降りて立ち尽くし、ミカは、オズチ様の上で、目いっぱい羽を広げて瑞光を受けた。
ミカは、祈るように両手を胸の前に、結んだ。羽は、バンと広がり金色に輝きだす。
「コン、わしの気じゃ、受け取れ」
オズチ様は、コンの白いオーラに輝きだし、コンを後押しする。そして、更に瑞光を受ける。
2艘の漁船に乗っている人々は、海が光りだしたのに驚いた。海中の魚、貝、プランクトンに至るまで、ポポワの瑞光を浴びて、青く光りだす。
「海が光っとる」
「勝司にも見えるんか」
「義正、わしにも光る海が見えたぞ」
「あほ、わしらに見えるんじゃ、他のにも見えとるわい。ずさ神社が、本来の神社に戻る言うことじゃ」
年寄り二人は、軽口を交わしている。
今だと、海中の深いところまでよく見える。
「難破船が見えるぞー」
そう、最初に声を発したのは、綾瀬隆だ。
クジラの巣より北側、海流が青海島にぶつかって、海流の空白地帯になっているところが、海溝の深いところにあたる。そこに、おびただしい数の難破船が漂着していた。海の墓場は、とても冷たそうな青色に滲んでいる。
漁師をしている桂木雄一が、手を合わせる。
白門神社と城山神社の兄弟もそうだ。
この時、紗江子は、つい、ミカとコンのことを心配して、空を見てしまった。それに釣られて良子が。良子は、見たこともない巨大な羽をもつ天使と、それに寄り添う白虎を見止めた。
「見て!」
コンが、白虎になって、咆哮を上げる。
「がおーーーん」
「コン、先に行くぞ。ミカしっかりつかまっとるんじゃ。わしから離れるな」
返事がない。ミカは、祈るポーズのままオズチ様の背中につかまり、目をつむってもう、離さない。朱雀のことを思っているのだろう。心を込めていた。
「まあ、ええ。気が充実しとる」
巨大な羽をもち、祈るように手を結んでいる黄金に輝く天使が、ずさ神社んむかってダイブするのを、ここに居る全員が目の当たりにする。
そして、真っ白い狐のような巨大な犬が、天使の後を追う。足には、白い炎が、頭には、一本の短い角が見える。
コン、お願い
紗江子も、ミカと同じようになって祈る。そこに、穏やかな声が聞こえた。
「さえご、さえごさん」
「はい」
阪本のおじいちゃんかと思って、振り向くと、そこには、着物姿の漁師と、その家族が居た。
「ありがとうのう。わしゃ、石塔真差直じゃ。やっと島のもんに、顔向けできる」
「あっ!」
5百年前の倭人海賊団首長で、朱雀を連れ去った張本人がそこにいた。
「ほがのもんにゃ、見えん。わしら、ぎょくに、言われてきた」
「たま、ですよ」
後ろにいるのは、奥さんだろう。
「そうじゃった」
「とう、見とどけんと」
「わぁっとる。礼、言わんで、どうする」
紗江子は、言葉がない。
「さえごは、わしらの遠縁じゃ、その内、調べてみるとええ」
確かに、炎のオーラを出している。紗江子は知っているという顔をした。三人は、ポポワの瑞光を浴びてここに来た。よく見ると、船の周りと言わず、海の上に人がいっぱいいる。全員、朱雀を心配していた者だろう。中には、難破して、海中深く眠っていた者も出てきていた。彼らは、ポポワの瑞光で、光色限界を超えそうだ。




