玉
土曜の朝9時、美代子とミカがやってきた。二人とも嬉しそうな顔をしている。
美代子は、肩から斜めにさげるカバンを持っている。これには、探険7つ道具が入っている。ノートや携帯電話、カメラなどだ。私のカバンではないから、中身を引っ張り出すわけにはいかないが、たまに、なるほどという物が出てくる。このカバンのときはズボンをはく。美代子はスカートもかっこいいのにと思うのだが、こっちの方が動きやすいからだそうだ。萌え系のミカと並ぶと、「あんた達、似合いのカップルか」と、突っ込みたくなるような感じになる。
すぐに出かけようと思っていたのに、良子さんが麦茶とお菓子を出すものだから、つい、出発が遅れてしまった。しかし、お菓子は後で食べると言って、とって置いて貰った。何となく、お菓子で祝杯をあげようという話しになったからだ。たぶん、城山の猫ちゃんとは、友達になれると思う。
城山の海側の道は明るい。スイッチバック式のようなジグザクの道路は、桜並木にもなっていて、若葉が眩しい。ジグザグの道を登っていくと、まっ平らになった頂上に到着する。桜の木に囲まれたこの頂上は、憩いの場で、土曜ともなると、人が大勢出てくる。サル山のサルたちも愛嬌をふりまいて、忙しそうだ。美代子と私は、サルと顔なじみなので、特にボスザルの太郎に手を振って「来たよー」と、挨拶しながら、猫ちゃんがいつもいるところを目指した。
猫ちゃんは、やっぱりいつもの所にいた。私達が来たのに気がついた猫ちゃんが、こっちを見る。私は、反射的に手を振っていた。
「猫ちゃんいる」と、美代子が、聞いて来る。
「うん、この間みたいに、こっちに向かって来るよ。今日は、美代子の方に先に向かってる」
「じゃあ、呼びましょうよ」と、ミカ。
「そうだね、せえの」
「玉」
玉は、キョトンとした顔をして、立ち止まった。
「玉なんでしょう。あなたの名前」と、私。
「こっちにいらっしゃいよ。たーま」美代子が誘う。
「玉さん、このあいだは、ありがとうございました」ミカも嬉しそうだ。
玉は、美代子の前に来た。
「みっちゃんしゃがんで、手を前に出して」
私は、慌てて声を掛けた。もう、美代子の目の前にいる。玉は、差し出された、美代子の手をなめた。
「あっわかる」
美代子は、なにかを感じたようだ。私は、玉の頭をなでた。ミカもしゃがみこんで、私がなでた辺りで、同じ仕草をした。玉は、喜んで、ミカの足に自分の体を摺り寄せた。
「私も分かります」
「麻衣、今、何所にいるの」
私が、頭をなでる格好をしたら、美代子もその場所でまねをする。玉は一回「うん」と云う感じで頭を縦に振った。
美代子が、頭の位置が高い事に驚く。
「やっぱり大きいね」
「エッと、こんな感じだよ」
私は、頭から背中にかけて手を滑らせた。玉は、大人しくしている。
「そんなに大きいの」
「ごめん、今のは尻尾も入ってる」
「色は分かります」
「ミカは見たんでしょ」
「だって、忘れちゃうから」
「そうね、白と茶色よ。玉こっち向いて」
玉は、にゃんとこっちを向いた。
「綺麗、青と緑の目をしてるわ」
「良かった、やっぱり玉ね」と、美代子。
ミカは、さっき私が滑らせた、背中辺りを触っている。
「さっき、なめられたの、分かったんだー」
「玉は、みっちゃんの事が、お気に入りなのかもね」
「私ら、長い付き合いだもん」
「今日、本当に仲良くなったのよ」
「でもさ、そんな感じ、しないじゃん」
「そうだね」
玉は、一頻り挨拶をしたと思ったのか、又、元のところに戻っていった。私達は、記念写真を撮る事にした。タイマーをセットして、思い思いのポーズをして1枚。今度は、カメラに近づいて、しゃがんで一枚撮った。2枚目の時は、玉も私達の前に来てくれた。残念だけど、後でもらったデーターに、玉は写っていなかった。
私達三人は、玉に手を振ってその場を後にした。お菓子があるから、私の家に帰ることになっている。帰りの道すがら、玉の話題で盛り上がった。
「最初、玉って呼んだとき、キョトンとした顔をしたんだよ」
「私はうれしいよ。玉を実感できたから。見えないけど確かに手を、なめられたんだ」
「私も、この間のお礼が言えて嬉しかったです」
「お礼って、鯨のこと」
「はい、玉さんが、鯨が出てくるって教えてくれた気がしたんです。にゃんって言うから、海を見たら、鯨が海から出てきて空を見上げて、本当に壮大でした」
「いいなーそれ、そうだ、こんど絵を描いてよ。憶えているんでしょ鯨」
美代子は、部活の課題を増やしてきた。
「私、そんなに絵がうまくないです」
「わたしも」
「いいのよ、私が、実感したいだけなんだから。でも、今から絵もうまくなってよ。そうね、麻衣は、玉。ミカは、鯨よ。いい」
「努力する」
「わたしもです」
「出来たら、玉にも見せようよ」
「本人に見せるの、それって、責任重大じゃない」
「まさか、本人に黙っているわけにも、いかないでしょ。モデルなんだから」
「そうだよね」
私達は、素直に従う事にした。もしかして、美代子が、隠れ部長。でも、玉は、写真に写らなかった。だから、せめて、絵にして残さないといけないと思った。ミカの方は、彼女なりに一大決心だったようだ。その晩、ミカは、絵を描くために飛んで、また、城山に向かった。その日、鯨は、出てこなかったけど、玉とは、もっと仲良くなれたそうだ。しばらくは、城山との往復の日々が続きそうだと言っていた。私は、画板を持って玉のところに押し掛けることにするつもり。どうせ、玉にも見せるなら、本人を直接見て描いたほうが、良いと判断したからだ。
玉と仲良くなった後、私の家に帰って、私達は、手話の練習をした。当然、美代子も巻き込んだ。美代子は、「私も一冊本を買うね」と、言ってくれた。そして、翌日行く葉子さんの話や、その時一緒に来る、私の従姉の、真理子の話しをして過ごした。




