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センジイ

作者: 目262

 子供の頃、近所のアパートにセンジイという人がいた。戦争の話ばかりしている爺さんという意味でのあだ名で、本名は知っていたが、それも偽名だとの噂があったので、僕らはセンジイと呼んでいた。

 数年前にこの町に移り住んできたが、どこから来たのか誰も知らない。極端に小柄で、子供の僕らとそう変わらず、手足はひどい火傷でもしたのかように赤黒い。顔も同じように火傷をしているのだろうが、それを隠すために包帯で覆われており、ぎらつく大きな血走った両目以外は素顔を見たものは誰もいなかった。

 戦争のせいでそのような姿になってしまったのかはわからないが、戦後何十年も経っているのに、治療もせずに放っておくのはおかしな話だ。その不気味な風体と、次に述べる奇行でセンジイは地域の問題ごとになっていた。

 小学校の通学路にセンジイは毎度立っていて、下校時の僕ら子供に自らの戦争体験を無理矢理聞かせるので、僕らは迷惑していた。

 八月が近くなるとセンジイは落ち着きがなくなり、爆弾が降ってくるだの、家族や友達が撃ち殺されただのと、しわがれて奇妙に甲高い大声で喚いた。そして最後には決まって僕らにこう言うのだった。

「お前らのせいだ。お前らがしっかりしていないからこの国は滅んだ!俺の家族も友達も皆、死んじまったんだ!」

 何十年も昔の戦争を僕らのせいにされても困る。自治会で議題に上がり、同じ戦争体験者の老人会が相手をする事になった。だが、友達の家に遊びに行った時、開業医である彼の祖父が小言を漏らしていたのを聞いた。

「センジイは本当に戦争体験者か?飲みながら戦時中の話をしても、まるで噛み合わない。あいつの話はでたらめばかりだ!」

 センジイは結局、老人会からも嫌われ、孤独と戦争の恐怖から逃れようと酒と薬物に溺れていった。家賃の取り立てに来た大家が、自室で倒れている彼を見つけた時は手遅れで、凄まじい形相で、こと切れていたという。

 自治会はセンジイの葬式を出した。遺品の整理は僕も手伝ったが、持ち物は意味不明のがらくたばかり。その中でも極め付けは一枚の世界地図で、五大陸には至る所に大きな亀裂やクレーターがあり、日本がある場所には、小島がいくつか浮いているだけだった。

 後日、彼の死亡診断をした友達の祖父は周りにこう言っていたという。

「センジイな、死因が判らないんだ。体の中に人工臓器が一杯つまっていて、それらの故障だと思うんだが、どれも見た事もない物で。それに、尻に蒙古斑があったんだ……」

 果たしてセンジイは何者で、どこから来たのか。そもそも本当に老人だったのか。それは誰にもわからない。

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