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第6話 初恋の終わり

前回、ラストの描写を少し変更しています。(王都全体が暗い雰囲気に)


お忘れかもしれませんがジャンルは恋愛です。

「……なんだか暗い空気ね」


 謁見の日。

 宮殿に足を踏み入れたフィオリアは、ポツリとそんな感想を漏らした。

 20年前の宮殿はもっと煌びやかな雰囲気だった。

 けれど今は、まるでゆっくりと衰えつつあるような、枯死寸前の老人じみた気配に満ちていた。


 国王ヴィンセントとの謁見は、すこし変わった場所を指定されていた。

 いわゆる玉座の間ではなく、屋外。

 敷地の西にある庭園だった。


 子供時代のヴィンセントは聡明で知られていたが、それなのに、否、それゆえに両親から疎まれていた。

 国王夫妻は“きかん坊”のオズワルド、“暴れん坊”のマルスばかりを可愛がり、ヴィンセントとは言葉を交わそうともしなかった。

 どうにも居場所のないヴィンセントは王太后アナベラに懐いており、そのつながりでフィオリアと知り合った。


 この庭園は、ヴィンセントとフィオリアにとって思い出の場所でもある。

 時間のあるときはアナベラを交えて歴史や政治についての議論をしたものだった。


「久しいな、フィオリア」


「陛下もご壮健でなによりです」


 フィオリアは唯我独尊ではあるが、もちろん、礼節と言うものは弁えている。

 幼いころの遊び相手を務めていたとはいえ、こちらは公爵令嬢。相手は国王。

 過度に慣れ慣れしくすべきではないだろう。


「フィオリア・ディ・フローレンス公爵令嬢です。召喚状を受けて参内いたしました。早速ですが、イソルテ男爵の件についての顛末を説明させていただいてよろしいでしょうか?」


「いや、待て」


 低い、男性的な声で遮るヴィンセント。

 20年もの時間が過ぎたのだから当然だが、彼はすっかり大人になっていた。やや細くはあるが、均整の取れた身体つき。

 青色に近い黒髪は、雨に濡れた鴉羽のように艶めいている。

 整った顔立ちは彫刻のように美しいが、わずかながら子供時代の面影が残っている。

 射貫くような蒼い瞳は、相変わらず、吸い込まれるような魅力を備えていた。

 目が合っただけで恋に落ちる令嬢も少なくはないだろう。


「まずは謝らせてほしい。我が兄、オズワルドの愚挙のせいで、貴女から20年の時間を奪ってしまった。本当に、申し訳なく感じている」


 ゆっくりと、深く、腰を折るヴィンセント。 

 フィオリアに対して、頭を下げていた。


「公的な謝罪は後に行おう。だがその前に、一人の男として謝りたかった。……それだけではない。イソルテ王国の件まで貴方に押し付けてしまった。すまない。そしてありがとう。イソルテ男爵をめぐる状況はあまりに複雑で、俺でもなかなか手を出せなかった」


「謝罪は受け取りましょう。陛下、代わりに教えて頂きたいことがあります」


「俺に答えられることであれば、何でも」


「王家は現在どのような状況でしょうか。王都も宮殿も、まるで今にも崩れ落ちそうなほど脆く見えるのですが」


「……やはり、分かるか」


 ヴィンセントはどこか自嘲めいた笑みを浮かべる。


「あまり身内の恥を晒したくはないが、貴女には話しておくべきだろう。20年前の事件以来、先王アイザックは心の均衡を失っていた。……あの愚かな父のことだ。もしやするとアンネローゼの色香に惑わされていたのかもしれん」


 間違いなくそうだろうな、それを伺わせる手紙も残っている――語る声には、ありありと軽蔑が滲んでいた。


「それだけではない。アイザックは息子を可愛いがるあまり、オズワルドへの処分をひどく軽いものにしてしまった」


「時計塔に幽閉された、と聞いていますが」


「筆頭公爵家の令嬢を毒殺しかけたのだ。法に照らせば廃嫡の上で流刑となる。それをあの愚王は捻じ曲げた。……そういった諸々に加えて、イソルテ男爵の反乱にも弱腰の対応を取ってしまった。おかげで結果はこの通りだ。王家の権威はすでに失墜し、人心は遠く離れている。なんとか即位こそしたが、どこまで立て直せるかは分からん。あるいは俺が、最後の国王になるかもしれん」


 憂いの表情とともに、足元の花を摘むヴィンセント。

 綿毛をつけたタンポポである。

 ふっ、と息を吹きかけると、無数の綿毛が宙に舞った。


「フィオリア、昔、俺の言ったことを覚えているか? ……王になって、貴女を妻にする、と」


「少なくとも、今の貴方は国王ね。求婚でもするつもりかしら」


 やや砕けた口調で答えるフィオリア。

 私的な話であるし、フローレンス家公爵令嬢ではなく、ひとりの女性として答えるべきと考えた。


「いいや、それは無理だ。俺はオズワルドの弟、貴女を毒殺しかけた人間の血縁者だ。求婚の資格はない。フローレンス公爵家も反対するだろうし、民たちも認めん。……王家全体を『フィオリアの仇』として敵視する者も多いからな」


 20年前、フィオリアが残した功績はあまりに大きかった。

 16歳で領地改革を成し遂げたが、そのほか、麻薬組織の撲滅や魔物退治、王都のスラム民を引き取っての職業斡旋なども行っている。彼女のおかげで成り上がった者も多く、彼らが王家に向ける感情は、けっして暖かなものではない。


「フィオリア、貴方も嫌だろう。王族になってしまえば、あのオズワルドと関わることになるのだからな」


「……オズワルドのことはどうでもいいわ」

 

 実際、さほど気にしていない。

 オズワルドは所詮、いいように踊らされた道化人形なのだから。意識する価値もない。


「けれど、貴方と結婚するのだけは絶対に嫌よ。負け犬の目をしているもの」


 国王に対して、この物言い。

 不敬極まりないことは自覚しているが、それでも、言わねばならないと感じていた。


「貴方は何もかもを諦めてしまったのね、ヴィンセント。国を立て直すなんて言ってるけれど、本音のところじゃ、絶対に無理だと思ってるのでしょう?」


「…………っ」


 ヴィンセントは目を逸らした。

 それは無言ではあったが、あまりに雄弁な解答だった。

 フィオリアは深くため息を吐く。


「アイザックやオズワルドのせいで王家はすっかり没落してしまった。滅びるのは仕方ない。自分は悪くないし、むしろ貴女との結婚を諦める羽目になった被害者だ。同情してください慰めてください。……貴方の言葉、どれも言い訳にしか聞こえないのよ」


 言葉の刃でヴィンセントを抉る。

 そこには一片の慈悲も、手加減も存在しなかった。


「昔の貴方はどこにいったのかしら。情熱に燃えて、とても魅力的だったのに」


「……誰もが貴女のように強く在れるわけではないんだ、フィオリア。人は変わっていく。もう、あの日の子供はどこにもいない」 


「私はそう思わないわ」


 フィオリアはその手を伸ばす。

 彼女自身もなかなかの長身だが、それでもヴィンセントのほうが頭一つぶん大きい。

 少しだけつま先立ちになり、彼の黒髪に触れる。


「人間は変わるわけじゃない。生きるうちに色々なものを蓄えていくの。幼いころの自分は、その中に埋もれているだけ。……捨てた夢があるなら、もう一度、拾って歩き出せばいい。胸を張りなさい、ヴィンセント。貴方はきっと貴方の人生を乗り越えられる」


 ――だって貴方は、私が見込んだ男なのだから。


  

 

 


 ヴィンセントはしばらく目を伏せていた。

 やがて、つう、とひとすじの涙が流れ落ち……堰を切ったように、泣き始めた。

 まるで母親にすがる子供のように、恥も外聞もなく。


 両親からは疎まれ、兄弟とは憎みあう。

 貴族たちはおざなりな敬意を向けてくるばかり。

 最後に温かい言葉をかけてもらったのは、いつだろう?

 最後に励ましてもらったのは、いつだろう?

 

 滂沱の涙は止まらず――その中で、ゆっくりと。

 初恋の残骸が溶けていくのを、ヴィンセントは感じていた。

 







 


 そして泣き止んだ後、ヴィンセントは告げる。


「フィオリア、俺は貴女を妻に迎えることはないだろう。俺は国王だ。国を揺るがすような真似はできん」


「後悔はない?」


「ない」


 決然とした表情で答えるヴィンセント。


「素敵な初恋をありがとう、フローレンス公爵令嬢。

 …………では、イソルテ王国についての報告を頼む」


「承知しました、陛下」






 二人は再び『国王と臣下』という枠へ戻る。

 その距離は、生涯変わることはなく――


 フィオリアと過ごした少年期は、ヴィンセントにとって一生の宝物になった。









ヴィンセントとの物語はこれで終わりですが、決してただのビターエンドではありません。

次回、フィオリアの(わずかではありますが)変化にご期待ください。

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