第55話 決着、そして、その後
いよいよ書籍版2巻発売が近づいてきました。
合わせてお楽しみいただけると幸いです…… (懇願)
戦局は、トリスタン王国の圧倒的優勢だった。
空軍――飛行魔法を自在に操る魔導士たちによる、上空からの一方的な攻撃は、アトラ王国の艦隊に壊滅的な被害を与えていた。
「あ、あ、ありえない……!」
艦隊司令のグースは、刻一刻と悪化していく状況を前に、まったく対応できないでいた。
顔を青くし、ヒステリックに喚き散らすばかりである。
「う、嘘だ! ベルガリア大陸の連中は、無知で脳なしのサルばかりのはずだ! 我々が負けるなど、何かの間違いに決まっている!」
だが彼がどれだけ叫んだところで、現実はビクとも揺るがない。
アトラ王国の船は一隻、また一隻と沈んでいく。
……いつしか、グースの乗る船は鋼鉄の装甲船に取り囲まれていた。
そのどれもが、巨大な砲塔を積んでおり、すでに狙いをグースの船に定めていた。
トリスタン王国は空軍だけでなく、海軍も動かしていたのである。
この状況下で抵抗を続けるほど、グースは肚の据わった男ではなかった。
「ひ、ひ、ひいいいいっ! な、何でもする! 何でもするから、命だけは助けてくれ!」
グースは降伏した。
その顔面は涙と汗にまみれており、大艦隊の長とは思えないほど情けない様子であった。
だが懇願の甲斐あってか、ここで殺されることはなかった。
……そう、少なくとも、ここでは。
戦後、グースは戦犯として裁かれ、絞首台に上ることになる。
彼は死刑執行の寸前まで命乞いを続けていたが、トリスタン王国の者は誰も耳を貸さなかった。当然であろう。グースは、己の傲慢さゆえに報いを受けたのだ。
* *
ところで――
フィオリアは、途中からひそかに戦線を離脱していた。
空軍と海軍だけでこの場は十分であり、自分の力は必要ない。
そう見て取ると、単身、西方へと進路を取ったのだ。
向かう先は、アトラ王国である。
黄金の翼を翻して、飛翔する。
速度はすでに音速の壁を突破していた。
衝撃波が生まれて、海が真っ二つに割れる。
一時間もしないうちに、陸地が見えてきた。
海沿いに街が広がっており、やや内陸寄りのところに宮殿が立ち並んでいる。
「トリスタン王国に手を出したツケ、払ってもらいましょうか」
フィオリアは、黄金色の髪をかきあげた。
「悔い改めなさい。――《神罰の杖》」
天が裂け、ありとあらゆるものを浄化し消滅させる光の柱が大地に落ちた。
一度だけではない。
二度、三度、四度……。
無数の《神罰の杖》が、アトラ王国を焼き払う。
宮殿が、街並みが、港が――すべて、光の中へと溶けてゆく。
ただ不思議なことに、それは、人間にはいっさいの害を及ぼさなかった。
アトラ王国の「文明」だけを的確に消し去っていた。
「貴方達はベルガリア大陸に住む者のことを野蛮な未開人と呼んだわね。これは、その報いよ。天罰と心得なさい」
フィオリアが去った後には、ただ、荒野に投げ出されたアトラ王国の人々だけが残されていた。
彼らが誇りにしていた先進技術は何一つ残っておらず、石器時代に逆戻りさせられたのだ。
ただ幸いなことに、アトラ王国が隣国に攻め込まれることはなかった。
というのも、そもそも隣国が存在していないのである。
アトラ王国は、ベルガリア大陸の四分の一ほどの大きさの島ひとつをまるごと占める国だからである。
とはいえ――
この半年後、トリスタン王国の海軍がアトラ王国へと侵攻する。
もちろん、文明らしい文明を失ったアトラ王国がわずか六ヶ月で国を立て直すことなど不可能であり、まともな抵抗もできないままトリスタン王国に征服されてしまう。
そして、これを皮切りにして、フィオリアはトリスタン王国の拡大に乗り出す。
自分自身の圧倒的な戦闘力に加え、トリスタン王国軍の軍事力、みずからが教皇を務める新教会の威光などを背景し、あちこちの国々を併合していく。
結果、フィオリアはわずか3年ほどでベルガリア大陸を統一した。
だが彼女の歩みは止まらない。
かつて《黒き森》が存在した東側へと進出し――最終的に、それまで「東方」と呼ばれていた地域と、さらにその東側に存在する島国までも手中に収めた。
また、それとは逆方面……西側においても拡大政策を取っていた。
西の新大陸にはもともとトリスタン王国の領土があったが、さらに西へと探索を進めさせ――その果てで、トリスタン王国の“東側”にぶつかった。
どういうことかと言えば、要するに、この世界においても大地は丸く、ゆえに、“西の果て”と“東の果て”は繋がっていたのである。
かくしてトリスタン王国は、地上のほとんどを征服し、歴史に刻まれる一大国家となった。
このとき、フィオリアが目覚めてからおよそ15年が過ぎ去っている。
だが、彼女はいっさい年を取らず、17歳の若い姿のままだったという。
理由は分からない。
かつてアンネローゼに盛られた毒のせいか、あるいは、“黄金の女神”という綽名が示すように、神か何かの生まれ変わりだったせいか。
いずれにせよ、フィオリアは最後の日まで若くあり続けたという。
そして――
毒から目覚めて20年後が過ぎ去った朝に、突如として、姿を消した。
次回、最終回です。