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起きたら20年後なんですけど! ~悪役令嬢のその後のその後~  作者: 遠野九重
第6章 黄金の女神、宰相の代行を果たす
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第50話 サイン伯爵の覚醒 (中編)

お待たせしてごめんなさい、本作の書籍化作業に取り掛かっておりました!

 サイン伯爵の屋敷には、たくさんの魔法地雷が仕掛けられていた。


「……これで12回目、さすがに飽きてきたわね」


 フィオリアは退屈そうに黄金色の髪をかきあげた。

 何度となく地雷の爆発に晒されているにも関わらず、翡翠色のドレスには小さなほころびすら見当たらない。

 

「油断するなよご主人。気を抜けば、20年前のようなことになるかもしれん」

「……そうね、それこそがサイン伯爵の狙いかもしれないわね」


 フィオリアは深く頷くと、優しげな手つきでモフモフの背を撫でる。


「ワンパターンな罠で油断を誘って、私を討つつもりかもしれない。ありがとうモフモフ、気をつけるとしましょう」

「そうしてくれ。……ご主人の強さは理解しているが、万が一、という可能性もありうる」

「大丈夫、私は負けないわ」


 フィオリアは、ふ、と口元を綻ばせると、軽やかな足どりで階段を上る。

 すでに1階と2階の探索は終えている。

 残るは3階のみ。

 3階のどこかでサイン伯爵は息をひそめ、フィオリアを討つ機会を窺っているのだろう。


「さて、クライマックスと行きましょうか」


 階段を上り、廊下を真っ直ぐに進んだ先には、黒塗りの重厚な扉があった。

 フィオリアはそのドアを、コンコン、とノックする。


「サイン伯爵、入るわよ」

「……好きにしろ」


 中から聞こえたのは、サイン伯爵の低い声。

 緊張のためか、ひどく重い響きを伴っている。

 フィオリアはドアを押し開くと、部屋の中へと足を踏み入れた。

 どうやらここはサイン伯爵の書斎らしい。

 部屋の奥には執務机があり、椅子には禿げ上がった頭の、痩せた中年男性が座っていた。

 サイン伯爵だ。


「ずいぶんと屋敷の中を歩き回っていたようだな、フィオリア。寄り道などせず、まっすぐワシのところへ来ればいいものを」

「貴方に猶予をあげたのよ。私が寄り道をしているあいだに、一発逆転の策が思いつくかもしれないでしょう?」

「なるほど、そういうことか」


 サイン伯爵は、クク、と皮肉げに肩を揺らす。


「大した余裕だな、フィオリア。――だが」


 笑っていられるのも今のうちだ。

 サイン伯爵は昏い声で呟くと、鋭い視線をフィオリアへと向けつつ、椅子からサッと立ち上がった。

 右手には銀色に輝くL字型の物体が握られており――


 パァン、と。


 何かが破裂するような音が響いた。

 それとほぼ同時に、フィオリアの右頬のすぐ近くを、熱い何かが走り抜ける。


「へえ」


 フィオリアは翡翠色の瞳を意外そうに見開くと、興味深げな視線をサイン伯爵の右手へと向けた。

 銀色の、L字型の物体。

 それが何なのか、フィオリアはよく知っている。

 前世の記憶に出てくるし、この世界においては東方の国で発明され、フィオリアによってベルガリア大陸へと輸入された。


 ――銃。


 サイン伯爵が持っていたのは、さほど大きなものではない。

 サイズとしては、片手で扱えるくらいのもの。

 いわゆるピストルだった。

 

「ねえサイン伯爵、そんなオモチャで私をどうこうできると思っているの?」

「どうだろうな」

 

 サイン伯爵は真剣な面持ちを崩さぬまま、ゆっくりと引き金に指をかける。


「無駄よ。――《深淵の渦(ディジェネレイト)》」


 フィオリアはブラックホールを生み出し、その中に弾丸を吸い込もうとした。

 ……だが。


「あら?」


 予想外の事態が起こった。

 魔法が発動しなかったのだ。

 銃弾はフィオリアのスカートのすそを貫き、厚い床板にめりこんだ。

 

「この部屋には、少しばかり細工をしている」


 二度、三度と銃を撃ちながら、サイン伯爵は呟く。


「古代の文献に記されていた、神殺しの結界だ。この部屋において、神と神に近しい存在はその力を発揮できん。貴様もここまでだ、フィオリア。ぐ、ぅ……っ!」


 結界の維持にはかなりの負担がかかるのだろう。

 サイン伯爵の額には脂汗が浮かんでいた。

 そればかりか、口の端から血のすじが、つう、と垂れて床に落ちる。

 

 サイン伯爵は、己の命を代償にしてでも、フィオリアを倒す覚悟だった。

 差し違えるつもりだった、と言ってもいい。


「ご主人!」


 このときモフモフは部屋の外で待機していたが、フィオリアの危機を悟ると、その巨体で入口のドアをぶちやぶり、迫る弾丸の前に身体を晒した。


 モフモフは、ただの魔獣ではない。

 黄金の女()に仕える従僕(しもべ)である。

 そのせいだろう、結界の中に入ったとたん、モフモフはひどい虚脱感を全身に覚えた。

 普段なら銃弾のひとつやふたつでビクともしないのだが、今回ばかりは別だった。

 直撃すれば血肉を抉られ、場合によっては致命傷になるかもしれない。結界の効果はあまりにも絶大だった。


「ここはオレに任せて逃げろ! 早く!」


 モフモフは必死に叫びながら、やがて訪れるであろう銃弾の痛みに身構えた。

 ……だが、その瞬間が訪れることはなかった。


「いいえ、それには及ばないわ」


 結界の影響下にも関わらず、フィオリアは、軽やかにモフモフの巨体を飛び越えた。

 着地とともに床に手を衝き、いや、分厚い床を手で突き破り、そのまま強引に床板を引きはがした。

 フィオリアは女性でありながら、リンゴを軽々と握り潰せるほどの握力を持つ。そんな彼女だからこそできる芸当である。

 引きはがした床板を盾に、銃弾という銃弾を受け止める。

 畳返しの西洋版、というべきだろうか。

 

「な、っ……!?」


 驚愕に目を見開くサイン伯爵。

 焦って続けざまに銃を撃つが、分厚い床板の盾に遮られ、フィオリアにもモフモフにも届かない。


「魔法は使えなくても、鍛えた体は裏切らないみたいね。こればかりはお母様に感謝、かしら」


 フィオリアは、くす、と微笑むと、一気にサイン伯爵へと肉薄した。

 

 右の手刀で、サイン伯爵の手から拳銃を弾き飛ばした。

 続いて足払い。

 サイン伯爵の身体が宙に浮かんだところで、その顔を左手で鷲掴みにして、そのまま持ち上げた。


「チェックメイトよ、サイン伯爵。さあ、裁きの時間を始めましょうか」


 すでにご存じの方もいらっしゃるかとは思いますが、本作が書籍化されます。

 発売日は12月12日(火)、レーベルはアリアンローズ。

 挿絵は『おかしな転生』『聖女の魔力は万能です』の珠梨やすゆき先生です。


 大幅書き下ろしを加え、フィオリアの活躍だけではなく、糖度マシマシな展開も多くなっております。

 よろしければお買い上げくださいませ!



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