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起きたら20年後なんですけど! ~悪役令嬢のその後のその後~  作者: 遠野九重
第6章 黄金の女神、宰相の代行を果たす
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第49話 サイン伯爵の覚醒 (前編)

 今回は、フィオリアとモフモフの話。

 あと、みなさん、ケネスという男を覚えてますか。1章に出てきたアイツです。

 フィオリアは魔狼モフモフにこう零したことがある。


「私は何になってしまったんだろう」


 20年ぶりに目を覚ましてから4ヶ月が経とうとしている。

 成長期は終わっていないはずなのに、身長はピタリと止まったまま。

 どれだけ食べても体重は変わらず、日差しに晒されても肌は焼けない。

 夢のような身体ではあるが、同時に、奇妙さがつきまとう。


 だからこそ、疑問を抱かずにいられない。


 自分はほんとうに人間なのか。

 人間ではないナニカに変わってしまったのではないか。


 当時のフィオリアは、まだ、その答えを見出せていなかった。


 しかし、今は――



 * *


 


「ご主人、サイン伯爵にはどのような沙汰を下すつもりだ」

「……彼の態度次第かしら」


 コスイン市を出たフィオリアは、ゆっくりと街道を進んでいた。

 白い巨狼――モフモフの背に乗り、そよぐ春風に身を任せている。


「モフモフ、もうすこしスピードを緩めても構わないわ」

「サイン伯爵に時間を与えるつもりか。逃げられたらどうする?」

「決まっているでしょう。……ケネスのときと同じよ」


 逃げるのであれば、追いかける。どこまでも追いかける。

 その罪業に裁きを下すためなら、フィオリアは地の果てだろうと追ってゆく。


 たとえば、かつてケネスという男がいた。

 毒婦アンネローゼの取り巻きである。

 もともとは騎士団長の息子だったが、強盗や殺人に手を染めたあげく、元第一王子オズワルドの脱獄にも手を貸した。

 いわば、国家規模の大罪人といえる。

 彼はフィオリアを恐れるあまり、高速船に密航し、はるか西の新大陸へ逃げ込んだ。

 辿り着いたのはプエルリコの街。

 さらにそこから海路を経て、アトラ王国に亡命する……つもりだったが、その計画はもろくも崩れ去ってしまう。


 フィオリアが追いかけてきたせいである。

 ベルガリア大陸から、新大陸のプエルリコまで。

 ケネスの罪を裁く、ただそれだけのために。


「逃げるか、戦うか、泣いて慈悲を乞うか――サイン伯爵には、己の末路を選ぶ権利を与えましょう。願わくば、彼なりの意地を見せてほしいところだけれど」



 

 

 

 街道を進むこと半日。

 フィオリアとモフモフがサイン伯爵邸に辿り着いたとき、すでに日は傾いていた。

 まぶしい西日が、洋館に大きな影を落としている。


「……人の気配がしないな。サイン伯爵は逃げたのかもしれんぞ、ご主人」

「いいえ、いるわ」


 フィオリアは、じっ、と洋館の1点……3階のあたりを眺めていた。


「私への恐怖に震え、顔を真っ青にしながら――必死に歯を食いしばっている。屋敷のどこかに身を隠し、静かに息をひそめ、私を討つ機会を窺っている。……ふふっ」


 フィオリアの口元が綻ぶ。

 まるで純真な少女のような、朗らかな笑みだった。


「プライドばかり高くって、そのくせ小心者。ちょっとしたことで怒鳴り声をあげる、典型的なダメ貴族。……そんなふうに思っていたけれど、土壇場で化けたわね、サイン伯爵」


 声が弾む。

 胸の高鳴りを抑えられない。


 サイン伯爵、貴方、ずいぶん可愛らしいことをしてくれるのね?

 あんまりにも可愛すぎて、少し、遊びたくなったじゃない。


《神罰の杖》なんて無粋なものは使わない。

《開闢の黎明》で大天使を呼ぶのも、《雷霆の剣》で叩き潰すのもやめておくわ。

 

 貴方の決意、愛でてあげる。

 どんな策を張り巡らせているか知らないけれど、真正面から受け止める。

 真正面から受け止めて、すべて踏み越えて――貴方の末路を、滅びの華で飾りましょう。




 


 * *






 豪奢な紋章が刻まれた正面扉を開く。

 フィオリアは、玄関に足を踏み入れた。

 

 その、途端。


「ふうん」


 足元の床がはじけた。

 内部に火の魔法石を仕込んだ、魔法地雷。

 ひとつではない。

 ふたつ、みっつ、よっつ――。

 無数の爆発が重なり合って、フィオリアを消し炭に変えようとする。


 地雷の恐ろしさは、熱波と衝撃だけではない。

 地雷の外殻や、爆発に巻き込まれた物体の破片。

 そのすべてが鋭い凶器となり、フィオリアの身体を貫かんと迫る。


「素敵な歓迎ね、サイン伯爵」


 だが黄金の女神には微塵の動揺もない。

 口元を綻ばせ、余裕の表情のままに魔法を発動させる。


「《深淵の渦(ディジェネレイト)》」


 それは闇の魔法。

 詠唱とともに空間そのものがグニャリと歪み、虚空に孔が穿たれる。

 “むこう側”に広がるのは無限の暗黒。

 光さえも届かぬ闇が、その(あぎと)を広げた。


 すいこまれてゆく。

 爆炎も、烈風も、破片も。

 フィオリアを脅かそうとするものはすべて、孔の向こうへ呑まれて消えた。

 二度と戻ってくることはない、一方通行の深淵。


 あとに残ったのは、無残に焼け焦げた玄関と――


「闇魔法も、やろうと思えば使えるものね」


 フィオリア・ディ・フローレンス。

 その白い肌は相変わらず艶やかで、ドレスにも綻びひとつない。

 無傷のまま、悠然と立っていた。


「無事か、ご主人」


 白い魔狼が、気づかわしげに声をかけてくる。

 フィオリアは穏やかな表情のまま後ろを振り返った。


「ありがとうモフモフ。案ずるに及ばないわ」

「分かっている。だが油断は禁物だ」

「もちろんよ。いまのサイン伯爵は、何があっても不思議じゃないもの」

「どういうことだ?」

「サイン伯爵はとても臆病な男だったわ。私に睨まれただけで腰を抜かす。そういう、小さな人間。……けれど今、彼はこの私に立ち向かおうとしている。覚えておきなさい、モフモフ。人間はね、追いつめられた時にこそ奇跡を起こすのよ」


 命が輝きを放つ。

 そう言い換えてもいいわ。

 私は、そんな人間を眺めるのが大好きなの。


 フィオリアは呟く。

 翡翠の瞳は、どこか遠く、超然とした色合いを湛えていた。

 さながら、天上の存在のような――。


「ご主人は、不思議だ」


 モフモフは、そっと軽く、フィオリアに寄り添った。

 

「『黄金の女神』。それが綽名に過ぎないことは分かっているが、時々、本物の神のようにさえ思える。……このごろは、特に多い」

「でしょう、ね」


 フィオリアは、ぽん、とモフモフの背に手を置いた。


 慈しむような手つきで、ゆっくりと撫でる。

 やわらかな毛並み。

 暖かな体温。


 その心地よさに、ふふ、と笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「私はきっと()()なの。人間みたいに振る舞うことも、神様みたいに振る舞うこともできる。どちらでもあって、どちらでもない。


 その曖昧さに戸惑ったりもしたけれど……もう、答えが出たわ。


 私には、人間めいた部分と、神様めいた部分がある。

 両方を持つ者として、この世界をより善い方向に変えていく。

 両方を持つ者だからこそ、この世界を変えていける。


 それで十分。

 それが、フィオリア・ディ・フローレンスという存在なの。

 私は、私自身をそう定義した。


 だったら、もはや疑問を持つまでもないでしょう?


 いいえ、それ以前に――

 ねえ、モフモフ。

 私が神様だったとして、それで貴方の忠誠心が揺らぐものなの?」


「……いいや、否だ。ご主人が何者であろうと、オレの心は、永遠にご主人のそばにある。いずれ肉体は老いて滅びるだろうが、魂は常に寄り添うことをあらためて誓おう」


「ありがとう。これからも頼りにしてるわ。私のモフモフ。

 ――それじゃあ、行きましょうか?」



 フィオリアは、颯爽とした足取りで屋敷の奥へ向かっていく。

 すぐ隣に、白き魔狼を従えて。


 モフモフの命が尽きるまで……否、絶えた後も続く、永遠の主従の姿がそこにあった。



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